第6話 旅立ち

「……なら、お前を私の下僕モノにしようか」


 メルクがそう言い終わると、急に意識が朦朧としてきた。今まで彼女はこうして下僕を作ってきたのだろう。眠ってしまっては終わりだと必死にまぶたを上げているものの、そんな抵抗は無駄だと自分の本能が告げている。眠っちゃダメだ。ダメ……。


「ふふ、なりたての魔女が抗えるものか」

「そうはさせない!」


 私が落ちかけたその時、別の魔女がメルクの前に立ちはだかった。手にはすごそうな大きな水晶のついた本格的な杖を手にしている。その魔女が割って入ってきてくれたおかげで、さっきまで私を襲っていた強烈な眠気は嘘みたいに消えた。


 意識のはっきりした私は、助けてくれた魔女に注目する。身長は私よりかなり低い。雰囲気的に言えば小学校高学年くらいだろうか。そんな少女がサイズに合わないくらい大袈裟な杖を手にしている。後ろ姿だから顔は分からないけど、髪は淡い紫色で背中まで伸びたロングヘアだ。それと、メルクと同じような魔女服を着ている。


 ――そんな彼女の声は、とても聞き慣れたものだった。


「もしかしてミレ?」

「サポートするって言ったでしょ」


 本来の姿に戻ったミレはくるりと振り返る。幼い顔で優しく微笑む彼女は、どことなく黒猫の時の雰囲気を残していた。頼もしい助っ人の登場に緊張の糸が切れた私は、その場にぺたりと座り込む。

 一方、この突然の抵抗勢力の乱入にメルクも戸惑いの色を隠せない。


「ミレ……。お前、また私に歯向かう気かい?」

「そうよ! 私は私の判断で動く!」

「やっぱりお前はあの時見捨てておけば良かったよ」

「あなたに助けて貰った事は今でも感謝してる。でもそれとこれとは別!」


 ここまでの会話を聞く限り、ミレとメルクには何か込み入った事情があるみたいだ。メルクにミレが助けられたって、師匠と弟子みたいな関係? それとも義理の親子的な? 

 どちらにせよ実力的にまるっきり役に立てないので、私は大人しく傍観を決め込んだ。


「その杖、大事に使ってるじゃないか」

「おかげさまでね!」

「ミレ、どうしても引くつもりはないのかい?」

「それはこっちのセリフ!」


 2人共どちらも魔法を使う事なく、にらみ合いは10分以上続く。これって、格闘技の試合とかでよくある先に動いた方が負けってやつ? 2人の間に漂う緊張感が私にも伝わってきて喉が渇く。うう、よく冷えたスポドリが飲みたい。この際、水でもいいや。

 長い長い沈黙の後、厳しかったメルクの表情が突然柔らかくなる。


「はぁ……。強情なのは変わらないわね」

「それはあなたの教えでしょう?」

「分かった。負け負け。私だってここでミレとは戦いたくないもの」


 メルクはそう言うとまたふわりと空中に浮いて、そのまま幻のように消えていった。その瞬間、私を縛り付けていた呪いのようなプレッシャーも消滅。それで、私もようやく起き上がる。

 そうして、ずっとメルクが消えた地点を凝視しているミレに近付いた。


「やったじゃん。流石はボディーガード」

「ゆかり、ごめん。ちょっと怖い思いさせちゃったね」

「本当だよもう。で、メルクはアレでいいの?」

「さっき王室にも連絡をしたからね。もう派手には動けないよ」


 ミレはそう言って笑う。どうやら私の胸から降りて本来の姿を現すまでの間に、色々と根回しをしていたらしい。これで本当に不安材料がなくなって、私は改めてベンチの方に視線を向けた。

 眠っていた2人も、ここでほぼ同時にゆっくりと目を覚ます。


「あれ……?」 

「周りが真っ暗……何で?」

「かおり、あかりー!」


 私は戸惑う2人に抱きついた。かおりもあかりもだんだん記憶が蘇ってきたようで、3人でしばらくそのまま抱き合う。

 そうして、ある程度落ち着いたところでかおりが事情を話し始めた。


「ゆかり、聞いて! すごい背の高い魔女のコスプレをした……あれ? あの人は?」

「うん、追っ払った」

「え? すごい。ゆかりがやったの?」

「いや、それはこの……」


 私が今回の功労者を紹介しようと視線を向けると、そこにいたのは見慣れた可愛らしい黒猫が一匹。それで大体の事情が飲み込めた私は、思わす笑ってごまかした。


「あ、あれー。さっきまでいたんだけどなあ。あはは……」

「ゆかり、大丈夫?」


 かおりは不思議そうな顔で私を見る。このまま説明を求められ続けたら、どっかでボロが出ちゃいそうだ。私はこの危機を回避すべく、頭脳をフル回転させる。


「それよりほら、かおりもあかりも早く帰らないと。もう9時をとっくに過ぎてるんだよ!」

「うわ、ヤバ! じゃあ帰るね!」

「またね~」


 こうして事件は無事に解決して、私も家に帰る事にした。戻ったら私の不在に気付いた両親に問い詰められたけど、ミレが突然逃げ出したので捜していたと言う事にして2人の怒りの雷を回避。かおりやあかりは……大丈夫だといいな。



 友達を助けるためとは言え、私は魔女になってしまった。ミレの話によると、魔女になると一旦は魔女界で修行をしないといけないらしい。なってしまったものは仕方がないと、ミレと一緒に私は両親を説得する。

 最初は全く信じなかった2人も、私が杖を振って魔法を見せたところで態度が一変。快く旅立ちを許可してくれた。


「ゆかちゃんの魔法、すごかったわ。出来れば修行が終わったら帰ってきて欲しいけど、あなたの判断に任せるわね」

「ゆかり、辛かったらいつでも帰ってきていいんだぞ」

「有難う、お母さん、お父さん。行ってきます」


 こうして、私は魔女界に向かって出発する。向こうでは何があるか分からない。でもミレは変わらずサポートしてくれるって言うし、多分大丈夫。大丈夫だと思う。大丈夫なはず。大丈夫だったらいいんだけど……。

 いかんいかん。弱気になっちゃダメだぞ私。考えたら負けだ、うん。


 あかりとかおりには、事情があって海外の親戚のもとに行く事になったって伝えた。2人共何となく察してくれたみたいで、湿っぽい別れにならずに済んだのは良かったな。


 玄関を出ると、まぶしい陽射しが出迎えてくれた。私が目を細めていると、前を歩いていたミレがくるりと振り返り、可愛い顔で見つめてくる。


「じゃあ、行こっか」

「うん」


 ちょっとだけさよなら、私の地元。一人前の魔女になってまた帰ってくるからね。



(おしまい)

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