第4話 事件発生

 やがて日は暮れて、私達は夕食を済ませる。時計を見ると20時を過ぎていた。いつもならバラエティ番組を見て笑う時間だけど、今夜に限ってはそんな気持ちにはなれない。私は部屋から出ずに、ずっとミレの顔を見つめる。


「ハロウィンイベントが盛り上がってる頃ね。ゆかりは街に出なくていいの?」

「いいの。夜の街を私達だけで出歩くのは早いよ」

「じゃあ保護者同伴で……」

「やめてよ! 子供じゃないんだから」


 私のスマホには、少し前からハロウィンを楽しむ友達2人からのメッセージがひっきりなしに届いていた。かおりは魔女のコスプレで、あかりは魔法少女のコスプレをしているようだ。2人共中々似合っている。商店街も賑やかそうだった。

 スマホの画面を見ていると、ぬうっとミレが覗き込んできて私の顔を見上げる。


「あなたの友達の方が魔女になりたがってるわね」

「いやこれコスプレだから。魔女願望があるとかじゃないから。多分」

「ゆかりも一緒に楽しめばいいのよ。怖いなら私がボディーガードしてあげる」

「いや、そもそもコスプレ衣装用意してないからね?」


 イベントが始まってからいきなり飛び入り参加って、そんなの無理に決まってる。まぁ制服を着れば『女子高生のコスプレ』で押し通せない事もないけど、それはそれで逆に恥ずかしいし。

 話の流れがおかしくなってきたところで、私はミレの設定のひとつを思い出した。


「あ、そうだ。ミレって今日は人の姿になれるんでしょ? なんで猫のまま?」

「この家じゃ私は猫って事になってるからね。いきなり元に戻ったら驚かせちゃうじゃない」

「あ~」


 そんな感じで雑談に花が咲いていると、時間もあっと言う間に流れていく。気がつくとイベント終了の21時を過ぎていた。つまり、私が魔女になるかどうかを決めなくてはいけないその期限まで残り3時間を切ったと言う事だ。

 雑談に夢中でその現実を忘れていた頃、不意にスマホの呼び出し音が鳴る。急いで取ると、聞こえてきたのはかおりの母親の声だった。


「夜遅くにごめんね。かおりがそっちに遊びに行ってない?」

「え? 来てませんけど?」

「おかしいわね。あの子ったらまだ家に帰ってきてないの。連絡もつかなくて」

「嘘でしょ?」


 かおりがまだ家に帰っていない。そう話す電話口の彼女の母親の声は震えていた。電話を切った後にかおりに連絡を取ろうとするものの、確かに電話は通じない。それはあかりも同様だった。

 嫌な予感を感じた私は、護身用に魔法の杖を持ち出すと急いで家を出る。ミレもすぐに私の後をついてきてくれた。流石はボディーガード。彼女の魔法を私はまだ見た事はないけど、きっと困った時には役に立ってくれると信じたい。


 家から商店街までは、思いっきり走っても20分以上はかかる。私に追いついたミレは、並走しながら話しかけてきた。


「目的地をイメージして!」

「う、うん」

「よし、じゃあ飛ぶよっ!」


 彼女がそう言った瞬間、私達は商店街まで一気に転移していた。魔法を使ったんだと思うけど、私にはいつそれが使われたのか分からなかった。気付かない内に魔法を使うだなんて、ミレ、恐ろしい子っ!

 とにかくそうやって商店街には着いたのだけど、そこには不思議な光景が広がっていた。それが目に飛び込んできた瞬間、私は思わず足を止める。


「ちょ、何あれ……」


 イベントも終わり、お店の灯りも消えて人通りの少なくなった淋しい商店街。その入口付近に魔女がいたのだ。しかも彼女はふわふわと空中に浮いている。魔女は身長が2メートル近くもあるような長身で、夜なのとフードを深くかぶっていたのとで顔はよく分からない。

 しかも付近を歩いている人はこの魔女の存在にまるっきり気付いていないのだ。自分だけがこの異常に気付いていると言う事に、私は軽い恐怖を覚えていた。


 そうそう、この事態に気付いていたのはもう1人いた。一緒についてきたミレだ。


「嘘でしょ……」

「知り合い?」

「知ってるも何も……」


 やはりミレはあの魔女の事を知っているらしい。彼女がその魔女の正体を口にしかけたところで、私は魔女の背後に何かが浮かんでいる事に気付く。目を凝らしてよく見ると、それが人である事が分かった。しかも、見慣れた2人だったのだ。


「ああっ!」

「ちょ、どうしたの?」

「あの後ろで浮かんでるの、かおりとあかりだよ!」


 そう、まだ家に戻っていなかった友達は、コスプレ衣装のまま2人共魔女に捕らわれていたのだ。見つかったのは良かったものの、どう考えても普通の状態じゃない。今すぐ助けに行きたいけど、あの浮いている魔女の実力が分からない事には迂闊には動けなかった。

 私はすぐにミレを抱き上げて、その小さな体を魔女のいる方に向ける。


「あの魔女の事を知ってる?」

「知ってるよ。あれは禁忌の魔女のメルク」

「禁忌って?」

「メルクは魔女界のしきたりを変えようと、王家に逆らったのよ……」


 ミレ曰く、メルクは約100年前に閉鎖的な魔女界に反旗を翻して反乱を起こした人物らしい。それはやってはならない事。そんな禁忌を犯したから、禁忌の魔女と呼ばれるようになったのだとか。結局その反乱も失敗に終わって捕らえられ、本来は異空間に封印されているはずなのだとか。


「後300年は出てこられないはずなのに、どうして……」

「そんなのはどうでもいいよ! なんでかおりとあかりがあそこにいるの? メルクは何をしようとしているの?」


 私はミレに強い口調で迫る。彼女は前足を顎に乗せて考え込み始めた。こうしている間もメルクは商店街の入口で浮遊しながら通行人を品定めするように眺めている。動きが少ないと言うのもすごく不気味だった。

 背後に浮かんでいる2人は意識がないように見える。ただ気を失っているだけなのか、それとも――。

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