第2話 魔女って一体何なの?
ミレからのお願いに恐怖を覚えた私は、気合で起き上がるとすぐに自宅に向かって走り出した。契約で魔女になるなんて悲惨な最後になるイメージしか思い浮かばない。そう言うアニメばかり見てきたせいでもあるけど、そもそも契約と言う言葉自体が怖かったのだ。
だって、契約したら取り返しがつかないような気がするじゃない?
走りながら背後を振り返ると、そこにミレの姿はなかった。まだそこまで距離は離れていないのになと思いながら視線を前に向けると、いつの間にか先回りしていた彼女が私の目の前に現れる。
「お願い、今魔女界がピンチなの! このままだと魔女がいなくなっちゃう」
「私には関係ないーっ!」
「あなたは魔女になるべきなの! その才能を生かして!」
ミレの必死さに軽い恐怖を覚えた私は、何とかあきらめてもらおうと作戦を考え始める。彼女が必要としているのは魔女だ。なら、私が魔女じゃないと証明出来ればいい。そう結論が出たところで、すぐに作戦を開始する。
「じゃあ、私、この杖で魔法が使えるの?」
「使えるよ!」
即答だった。ミレは自分の考えによっぽど自信を持っているのだろう。私はさっき杖を振っても何も起こらなかった事を反芻しながら、今度はほんの少しだけ本気で魔法が使えると思い込みながら杖を振った。
「えーい!」
「うわっ、何?」
思い込んだ事が影響したのか、振った瞬間にミレは周囲の空間から発生した謎の泡に包まれてプカプカと浮いてしまう。彼女もまたこの展開は想定外だったようで、泡から逃れようと必死に藻掻いていた。ただ、それだけではどうする事も出来ず、そのまま際限なく上昇し続けていく。
しばらくはその様子を目で追っていたものの、見えなくなってしまったので私は改めて握っていた魔法の杖を眺めた。
「本当に魔法が使えたよ……」
とにかく、厄介な喋る猫もいなくなったと言う事で私は家に帰る事にする。歩きながら、さっき起こった出来事は夢か何かだと自分に言い聞かせた。魔法を使えた事も記憶の奥底に封印しよう。普通の女の子に魔法は必要ないもんね。ただ、杖は気に入ったので記念に持って帰ったけど。
家に着いた私は自分の部屋のドアを開ける。視界に広がる見慣れた景色。そこにはひとつだけ違和感があった。
「お帰りなさーい」
「み、ミレ? どうやってここに?」
そう、部屋の真ん中で動く黒い生き物。さっきの黒猫が私の帰りを待っていたのだ。この状況に、私の頭は現実を受け入れられないでいた。
ミレは後ろ足で器用に自分の頬を掻きながら、大きく口を開けてあくびをする。
「私も魔女だからね。このくらいチョチョイのチョイよ」
「猫の魔女?」
「こっちの世界では人の姿になっちゃいけなルールがあんのよ。で、猫を選んだ訳」
ミレの話によると、彼女は普段はこことは別の世界にいるらしい。そこでは人間の姿をしてるのだとか。こっちの世界で人の姿になると世界を歪める危険性があるとかないとか。で、唯一ハロウィンの日だけは人の姿に戻ってもいいのだと――。
そんな聞いてもいない事をベラベラと一方的に喋るので、私は聞く振りをしながら部屋着に着替えた。
「私、こう見えて200歳なのよ」
「ふ~ん」
着替え終わった私は椅子に座る。そうして、少しはこの話に付き合ってもいいかなと思い、得意げに話しているミレに向き合った。
「魔界は魔女が少ないの?」
「魔界じゃなくて魔女界ね。少ないわよ。今は100人くらいかしら?」
魔女界がどのくらいの規模かは分からないけど、仮にも世界と言うのだからそれなりの広さはあるのだろう。それで全人口が100人と言うのは確かに少ない。高校のクラスで言うと3クラス分くらいかな。ただ、最初から少なかったのか、何かがあって少なくなってしまったのか……。そこはハッキリさせないといけないだろう。
彼女の話に興味を持った私は、すぐにその疑問を追求する。
「何でそうなったの?」
「魔女は突然変異だし、魔女の子供が魔女とは限らないからね。つまり、魔女が生まれなくなったのよ」
またしてもミレは即答。それにしても魔女って謎な存在だなぁ。彼女の話が真実なら、数が減ったから私みたいなのでもスカウトに来たって事なのだろう。だからって、私が魔女にならなきゃいけないって事にはならない。
強引に迫られたらキッパリ拒否しようと思いつつ、膨らむ疑問を解消しようと私は更に質問を続けた。
「魔女になったらその魔女界で暮らさないといけないの?」
「そんな事ないよ。この世界で暮らせなくなった魔女が魔女界で暮らしてるって言うだけ。この世界で人間と共に暮らしている魔女も多いよ」
「猫の姿で?」
「いんや。許可を得れば、こっちでも人の姿のまま魔女をしていけるよ」
ミレの話の通りなら、魔女自体はこっちの世界にも割といる感じのようだ。じゃあ人口問題って実はそこまで深刻じゃない? それに、数が減るのがそこまで深刻な問題でもないような気がしてきた。減ったら減ったでそれに合う生活をすればいいんじゃないのかな?
そんな感じで私が話にずっと付き合っていたので、ミレはニタリと笑いかけてきた。
「魔女に興味持った?」
「でも、契約とか怖いんだけど」
「契約って言うのは住民登録みたいなものよ。魂を売るとか、何か特別な制約があるとかそう言うんじゃじゃないから」
彼女は私が魔女になるのに乗り気になったと思ったのか、優しい声でセールストークを続けてきた。安心させようと甘い言葉をささやくのは詐欺の常套手段だ。勿論ミレの言葉に嘘はないと思いたいけど……。
もっと情報を得たいと思った私は、更に質問を続ける。
「魔女になったら私も200歳とか長生きになるの?」
「魔法を使う度に体が適した変化を起こすのね。10年も魔法を使っていれば身も心も魔女になるわよ」
なんと、魔女って魔法を使う事で体質が変わってそうなるものらしい。体はそうなるとしても、心も魔女って言うのが引っかかった。考え方が人間離れしていくって事なのだろうか。
でも考えてみたら、寿命が無茶苦茶伸びたら人間のままの精神じゃ持たないのかも知れない。私は以前読んだSF作品のオチを思い返して納得する。
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