第4話

それから、イイノセと名乗ったその青年はここにしばらく滞在することに決めたらしく、おじいちゃんと何やらヒソヒソと話し込んだり、暇を持て余して私の畑仕事を手伝ったり、のんびりと日々を過ごしていた。


少しかわいそうだとも思ったけれど、私はイチノセさんをほとんど居ないものとして扱った。会話は必要最低限に留め、素っ気なさを全面に出して接した。


原因としては、初対面からくる苦手意識ももちろんあるけれど、それ以上に、パッと見同年代の子が、いきなりやって来て、おじいちゃんと親しげに話しているのを見て複雑な気持ちになったから、というのもやっぱりあった。


悪い人ではないんだと思う。


まあ、だからといってこちらが配慮する謂れはない。


だけど、青年はめげずに、根気よく私に話しかけ続けた。

晴れの日も雨の日も風の日も、私の生い立ちから好物まで。尋ねられることはなんでも。


そんなことだから、私も疲れてしまったのだろう。三日目の夜、ついに彼の呼びかけに答えてしまった。彼の問いかけに三日も耐えたというのは、私にしては良くやった方だと思う。



「良い加減にしてくれませんか」


「おっ、やっと返事してくれた」



イチノセさんは私からまとも反応が帰ってきたこと自体を喜んでいるようだった。



「うんざりしただけです。どうしてそこまで私を弟子にしたがるんですか?」



私がため息混じりにそう聞くと、イチノセさんは少し考えてから言った。



「君が才能に溢れているから…じゃあ、納得しないだろうね」


「はい」


「うーん、そうだな。一番大きいのはやっぱり師匠に頼まれたからかな」


「そんなに、おじいちゃんはあなたにとってすごい人なんですか?」



私と彼の視線の先には、食後の居眠りとばかりに盛大に口を開けながら椅子の上で眠りにつくおじいちゃんの姿があった。



「…昔はすごい人だったんだよ」「昔は」


「あの人は、巷じゃ『炎剣のエーデル』って呼ばれて、有名だった」



そう言って、彼はおじいちゃんの昔の武勇伝を聞かせてくれた。


なんでも、ある盗賊団を一人で壊滅させただとか、炎の精霊を呼び出せただとか、大男数人を身に担いで千里を駆けただとか…まあ、俺も師匠から聞かされただけだけど…そう話す彼の横顔は、とても嬉しそうだった。


その話は私がおじいちゃんの昔話で聞いて、聞き飽きたものだったけれど、彼の口からその話を聞くと、なんだか本当におじいちゃんがすごい人であるような気がしてきて、奇妙で、そして可笑しかった。



「…強くて気高く、最後まで諦めない執念深さを持っている人だ」


「だから、あなたはおじいちゃんを慕っているんですね」


「ああ」



いくらかおじいちゃんの事を話終えた後、青年はふとこちらを見て尋ねた。



「君は、おじいさんと数年間旅をしていたそうだね。君の体術はその時?」


「ええ」



過去の事を思い出すと、自然と視線が落ちていく。



「旅の合間に、少しずつおじいちゃんから学びました。…まだ、腰が悪くなかったから」


「魔力操作は?」


「基礎はあらかたやりました。あとは毎日の基礎トレーニングくらいです」



ふと、違和感を覚えた。

先程まで特に気にしていなかった彼の視線が、どんどん鋭くなってくる。

それに若干の居心地の悪さを感じながらも、彼の質問に答えていった。



「主な武器は?」


「短剣です。おじいちゃんが、女ならその方がいいと」


最後にそう答えると、私は堪えきれないという風に彼に詰め寄って尋ねた。


「あの、どうしてそんなことを聞くのですか?」



イチノセさんはそれには答えず、ブツブツと何かを考え込んだ後、いきなり立ち上がって私にこう言った。



「これから、君と模擬戦をする」

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異世界卒業物語 @yaminabe4

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