Final ──決勝──
スリップストリームに入る。しかし今度は抜けない。
第1コーナーでも、無理はしない。
第2コーナー。龍一はヴァイオレットガールのインをうかがうが、ラインを閉められる。
次は連続S字区間。まず中速右コーナー、ヴァイオレットガールはインを閉める、アウトに飛び込むかと思われた龍一だが。しかしやめた。
次の左中速コーナー。ぴったり張り付く。インは閉められている。そのアウト側に並ぼうとする。
次の右中速コーナー。連続S字区間の最後、ヴァイオレットガールは素早くインを閉ざしラインを潰す。龍一はインに並び損ねた。
少し直線で加速し、減速。直角右コーナー。変動なし、3台ともクリアしてゆき。次の直角右コーナー、最終コーナー。コースとしてでなく、レースそのものの、最後のコーナー。
龍一はヴァイオレットガールに迫る。フィチも龍一に迫る。追突しそうなほど、テールトゥノーズ。
インは閉ざされているから並べない。最終コーナーを曲がって、クリアし、メインストレートに飛び込む。加速する。モーター音が唸る。スリップストリームに入る。
レースを観ているすべての人々は固唾を飲んでフィニッシュを見届けようとする。
龍一のマシンが伸びる。うまくスリップストリームに入れた。ヴァイオレットガールのマシンと並ぶ。フィチも並ぶ。
3台並んだ。
ラインが近付く。
龍一のマシンがフロントスポイラー分抜き出た。
ラインを超えた──。
「ドラゴン、ドラゴンがトップでチェッカーを受けました!」
「昨日の絶不調が嘘のような逆転です!」
(……え?)
ディスプレイにはチェッカーフラッグが表示され、1st! とでかでかと表示されている。それが最初は理解出来なかった。世界が止まり、身体が石になったみたいだった。
肩に手を置かれた。誰だろうと意識する前に、ほっぺに柔らかな感触。
「え、え、え!?」
ヴァイオレットガールだ! 彼女の笑顔が間近に迫り、めちゃくちゃどきっとした。
龍一に敗れたとはいえ、ライバルの勝利を祝福し、ほっぺにキスをしたのだ。一気に身体全体が過熱する。
ワーオ! と囃し立てる声がこだまする。
そこでやっと、レースが終わり。自分が勝ったことを意識出来た。
フィチが手を差し伸べ、その手をつかんで立ち上がる。
ソキョンと優佳たちウィングタイガーのスタッフに、チームヴァイオレットのスタッフたちに、レインボー・アイリーンにカール・カイサたちをはじめとする他のチームの選手やスタッフも、もろ手を挙げて拍手しながら龍一の勝利を讃える。
アレクサンドラは、伴侶は残念な結果だったが、好レースを観られたことを喜び、ショーンの手を取って一緒に拍手をし。カール・カイサの家族もディスプレイを前に、拍手をし、龍一の勝利と選手たちの健闘を讃えた。
「全然動かないんだもん、ちょっと心配したよ」
と、3位入賞のフィチ。
「ああ、まさか君が勝つなんて、チームとしてはいいけど、僕は悔しい。次はリベンジさせてもらうよ! ああ、悔しいなあ」
と言いつつ、肘タッチをする。
「あ、ああ、うん……」
龍一は、ややテンパってもいた。顔も真っ赤なままだ。
「私も悔しいわ。でも、ドラゴン、あなたはすごかったわ!」
フィチの通訳を介してヴァイオレットガールの言葉が伝えられる。
思わずほっぺを触れる。こうして人前で女の子からほっぺにキスをされるなんて、嬉しさを突き抜け、照れくさいにもほどがある。
「うん、その、ありがとう……」
と応えるのが精一杯だった。
この様子はウェブを通じて世界中にライブ配信されている。
龍一の両親は目が点になって、「あいつ、勝ったんだ」と、息子の勝利を喜ぶよりも圧倒されて言葉が出ない感じだった。
フィチの両親は、まあでもよく頑張ったよねと頷き合い。
コスプレコンビはウィングタイガーの躍進に喜びをあらわにしつつ、龍一がヴァイオレットガールにほっぺにキスされたことをきゃっきゃと囃し立てた。
ソキョンはご満悦だ。自チームの選手が1位と3位。スポンサーも喜んで予算を増やしてくれるかもしれないと、心が弾む。
表彰式があるが、その前に、上位3名へのインタビューがある。
フィチは、3位は正直悔しい、次の機会では勝ちたいと言いつつ、チーム全体として好成績を残せてよかったですと応え。
ヴァイオレットガールも、率直に悔しいけど、ドラゴンはすごかったと勝者を讃え。
そして龍一。
マイクを差し出されて。優勝おめでとうございます、今のお気持ちをと言われて、噛みしめるように、じっくり応える。
「あの、オレは、人見知りする性格で、うまく言えないけど。フィチにカースティちゃん、アイリーンさんたちは、そんなオレと仲良くしてくれて。切磋琢磨して。そのおかげで、頑張れて、勝てた。上から目線かもだけど、みんなには、感謝している。……ありがとう。サンキュー。謝謝(シェシェ)。カムサハムニダ」
言い終えぺこりとお辞儀をすれば、インタビュアーは感心してかやや目を潤ませ笑顔で頷き。
龍一のコメントが同時通訳されるや、万雷の拍手が鳴り響いた。
終わり
Sim Racing Novel Faster Fastest 赤城康彦 @akagiyasuhiko
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作者
赤城康彦 @akagiyasuhiko
物書きです。 公開作品をお読みくださり、まことにありがとうございます。 小説家になろうとエブリスタでも公開しています。 1974年生まれ。高知県出身。 もっと見る
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