第4話 愛花と歩、ふたりの約束



 真っ暗な空に向かって、ほぅっと息を吐く。

 気温が下がってきたからといってもまだ白い息が出ることはなく、私が吐いた息は色付かぬまま、静かに夜の闇に溶けていった。



 配信が終わった直後、スマホを開くと歩からメッセージが入っていた。

『夜からごめん。この後会えないかな?あ、もう寝るとか何か用事があれば別にいいんだけど』


 そんな文面を見て、きっとさっきの配信が原因なんだろうなぁ、と思った。


 犬養桜は、暫くの間配信活動を休止する。


 これは前々から事務所にもマネージャーさんを通して相談していたことだ。まさか活動休止するライバーに3Dお披露目を配信させてくれるとは思わなかったが、そこは事務所からのはからいらしい。  


『犬養さん、色んな人に愛されているから』

 マネージャーさんに言われた時は、正直照れとコミュ障が発動してしまい、なんとも陳腐なお礼の言葉しか返せなかったけど。


 配信コメント欄は大荒れだった。

 とはいえ、批判的なコメントではなく、みんな兎に角何かをコメントしなきゃ、って感じの焦っているやつ。


『うおおおおおおおーーー!!!???なんで!?』

『さくちゃん、もしや引退…?誰かになんか言われたのか!?』

『俺が犬養守るから!』

『こらこら、休止って言ってるでしょ。てことは戻ってくるってことだ。で、それっていつ?明日?(希望)』

『最近配信減ってたもんね…何か理由があるんだよね。戻ってくるのを待ってる!!!!』


 余りにもみんなの焦りが伝わるからか、逆に私は笑ってしまって、冷静になれた。


 受験だなんて馬鹿正直には言えないし、言いたくなかった。

 だから、理由はいえないけれど、今が私にとって大事な時期だということ、でも他者とのコラボは呼ばれたら参加するし、SNSの更新頻度も減るけどおこなっていくということを説明した。


 正直、活動休止は怖い。


 戻るつもりだけれど、戻った時に私の戻る場所はあるのだろうか。

 ぶんぶんと頭を左右に振りながら歩き、歩との待ち合わせ場所である公園のベンチにたどり着いた。


 正直、今のこの状態で歩とうまく話せる自信はあまりない。配信が終わったばかりの高揚感とテンションで乗り切るしか無い。


「愛花」

 ふいに、背後から大好きな人の声がした。


 振り向くと、走ってきた歩にぎゅっと抱きしめられる。

 ぎゅっ、ぎゅっ、と苦しいくらいに締め付けられる。

 反面、後ろに回った手は私の頭を優しく撫でてくれた。


 ――これは、慰めてほしい、ってわけじゃない、のかな。


 正直、今日は犬養桜の3Dお披露目配信で、目で追う余裕もそんなことを考える暇もなかったけれど、絶対に歩も観ていたはずだ。


 だからきっと、彼女は今きっと動揺しているハズで。

 それを慰めるために私は呼ばれたハズで。

 でも、これじゃまるで、――私が慰められてるような。


 抱きしめられたまま、ほぅっと息を吐く。

 吐いた息は色付くことはないけれど、明らかに先程よりも温度が増していた。


「私さ、本気でがんばるよ。愛花と一緒にいるために。愛花が好きなことに打ち込める環境を、私がつくる」

「え?なん……」


「私がいるからね」


 身体を離した歩が、それでも私の両肩に手を置いたまま、強い眼差しでそう宣言する。

 そう、宣言。誓い。決意表明。

 どれもそんな言葉が当てはまるような、そんな雰囲気。


 なにこれ。どうした。

 配信を観て私とさくたんを重ねちゃったのかな。

 それとも。


 思いがけずにが思い浮かび、いやいやいやいや、それはないと否定する。


 気付いているハズはない。

 たぶん、おそらく、きっと。


「ちょ、歩、意味わかんな……」

「愛花、大好きだよ。どんな愛花も好き。全部ぜんぶ、あなたの全部が好き」


『バレちゃうと世界が終わるっていうか…』

 小動物のようにびくびくしていた、宮城さんの言葉がフラッシュバックする。

 分かる。

 本当にこの世が終わるわけなんて無いけど、秘密が周囲の人にバレたら、私の人生は終わる気がするのだ。


『でもさ、身近な人には秘密は打ち明けたいと思ったりする?あー、例えば、吉谷とかにもさ』

 いつもいつも気遣ってくれる、さっちゃんの言葉を思い出す。


『……言う必要、あるのかな』

 そして、私が返した答えも。


 呼吸が浅くなる。

 歩は、私の全部が好きだと言ってくれた。

 その全部って、どの全部なんだろう。


 私も、私の全部を、歩に好きになってほしいと思う。


「あ、あゆ…む」

「ん?なぁに?」

 透き通った目で歩が私を見る。

 何でこのタイミングなの、とか、何でそんな嬉しいこと言ってくれるの、とか、聞きたいことが沢山、沢山浮かんでくる。

 その言葉って、どこまで本気なの、とか。


 ……私だって、ずっとずっと、本気で好きだった。


 くんくん、と愛しい人の匂いを吸い込む。

「ちょ、なんで匂い嗅いでるの、もしかして臭い!?走ってきたんだから嗅がないでよ!」

「あはははは」


 私がふざけていると思ったのか、少しむっとした表情で睨まれる。そんな顔さえも愛おしいと思うのだ。

 もうだいぶ、私はこの子にやられている。


「あのね、受験がおわったら、話があるんだ」

「え?話ってなに?」

 きょとんとした顔で、歩が首を傾げる。

 流石に何かに勘づいていると思ってたけど、違うのかな。

 いや、多分、勘づいててもちょっとズレてるこの子のことだ。別の話だとも思っていそう。


「内緒。だからちゃんと大学受かってね」

「えーー。わかった、がんばって受かる」


 あんまり素直に頷くもんだから、「別にこれは、不合格は期待してないからね。そういうフラグじゃないんだからね」と釘を差しておく。


「わかってるよ!そういう伏線回収はしないよ!だから……本気でがんばるよ。受験」

「……うん。約束」


 私の3Dお披露目配信が終わった夜。

 活動休止を発表した夜。

 歩に私の全部が好きだと言われた夜。

 ぼんやりとした月明かりが照らす夜の公園で、私達ふたりは指切りげんまんをした。



 第7章おわり

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ガチ恋相手のVtuberは、実は同じクラスの親友だった―そうとは気づかず、今日も推しへの愛を呟いています― ちりちり @haruk34

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