第23話 見習い魔女のご近所トラブル

 どうしよう。パトカーが来た。阿叢あそうが通報したのだ。

 あたふたする俺を放置して警察にタレ込む糞野郎……ていうか来るの早くない?

 阿叢あそうが電話を切ってからまだ一分も経ってないぞ。サイレンが止んだから、じきにここへ来るのだろう。


「もう大丈夫だ。この国一番の正義の味方に任せておけば何も問題ない」


 良いことをしている。可哀想な人を助けている。そんな気持ちが透けて見える阿叢あそうの顔。これっぽっちも悪気はないのだろうが、それこそなおタチが悪い。


 俺が助けてくれと一言でも言ったか?

 いや、言ってない。

 しかもかなりデリケートな告白だったはずだ。それを本人の了承もなしに秒で大事おおごとにするとは何事か。

 まあ全部嘘だからいいものの、もし本当のことだったら俺のメンタルはめためたになって二度と元に戻ることはなかったかもしれない。


 ご飯をくれるからっていい人だと思った俺が馬鹿だった。こいつはエゴの塊だ。


 ていうか警察だなんて急展開すぎる。

 こうなったからには嘘をまことにする他ない。悪いが教頭には社会的に死んでもらおう。そうだ、いっそのこと毒薬ばらまき事件も教頭の犯行にしてしまえ。


 お、そう考えれば結果オーライかもしれないな。不思議と阿叢あそうに対する怒りが感謝へ変わっていく。こんなチャンスをくれてありがとう、と。


 そうと決まればパンツの下にいくつかキスマークでも浮かび上がらせておこう。

 そうだな。あとは乳首にピアスを開けられたってことで穴を作るか。さらに尺犬とは別に、服従の証として彫られたていのタトゥーなんかも腰に描いてみた。


 教頭の趣味は知らないが、社会的に抹殺するならこれくらい……いや、もう少しいくか? 


 貞操帯、はベリーがいないから無理だ。他は……う~ん、思い付かない。

 しかしよく考えたら貞操帯はできるんじゃないかと思えた。あそこを変型させるようにして、器具の部分だけ色を変えたら……お、できた!


 よし、準備は万端だ。

 さあ来い警察官、俺の演技力で見事教頭に冤罪を着せてやろうじゃないか。


「ここです! 助けてください竜胆さん!」


 ……ん? んんん? 聞き間違いか? 今、竜胆さんて言わなかったか?


 ここ我らが日本、日の元の国に竜胆姓は一血族のみ。何故なら母の紫が父の勝三と結婚し、竜胆を名乗ることとなったうん百年前に、全国の竜胆さんを花に変え摘み取り、延命の薬にしてしまったからだ。

 余談だけど漢方で使うようなものには、似たような由来のが結構ある……。


 とにかく廊下の向こうから歩いてくるのは、竜胆家の誰か……うわっ、よりによって靑弐あおふただ。


 竜胆家長男にして、父勝三の血を最も色濃く受け継いでいる鬼のようなヤツ。七歳のときからお茶の間を賑わせている、今をときめく偽イケオジ俳優だ。そして正月に「ん!」と圧をかけてきた三つ子の父でもある。


 精神感応能力テレパシーとエグい催眠能力ヒュプノシスを得意とし、それを画面越しでも発揮できる、道徳ゆるゆる、倫理ゆるゆる、ついで下半身もゆるゆるな極悪魔眼能力者だ。


 そういえばこの間も深夜の通販番組で力を使いぼろ儲けしていた。


 ティッシュで作った紙縒こよりが、一つ二九八にーきゅっぱの二万九千八百円で超お買い得とかほざいていた。

 おまけに、今なら二つ買えばペットボトルの蓋が付いてきて六万五千円とかいう、ふざけた抱き合わせ商法にも拘わらず、なんと三十分で完売。売上は驚異の百五十億円を突破したらしい。


 取り分は靑弐あおふたが九で番組が一。羨まし……いや、けしからん。


 おや?

 それなら来年は三つ子にお年玉をあげる必要なんてないな。むしろ俺が靑弐あおふたからお年玉をもらって然るべきだ。こちとら可愛い末っ子だぞ。

 

 なんて考えながら阿叢あそうチラ見してみれば、それはもう目を輝かせてうっとりしている。


 こいつには靑弐あおふたがさぞ立派な警察官に見えているのだ、ろ……う………や、ヤバイ。靑弐あおふたが近付けば近付くほど、俺にも正義感溢れる超爽やかな凛々しい警察官に見えてくる。


 目を擦り頭を振っていると靑弐あおふたは俺たちの前までやって来て、優しく微笑み阿叢あそうの肩に手を置いた。


「連絡ありがとうフィックス君。そして君が――っ!?」


 はい気づかれました。そりゃあ血の繋がりはなくとも兄弟ですから。幼い頃から修羅場を共にし、時には互いを化かし合い切磋琢磨してきた。靑弐あおふたの力を掻き消す際の癖やなんかも直ぐわかるんだろう。


「なんてことだ!! ああ、可哀想に。未来ある若者が教育者の顔をした変態の餌食になるなんて」


 大袈裟な動作で嘆いてみせて『俺の島でなにやってんだこの野郎が』なんてテレパシーで文句を言ってくる。


 言い訳事情は思い浮かべるだけでいい。勝手に読み取ってくれる。にしたってこの演技はどうなんだ。素人丸出しの大根じゃないか。プライベートはほぼ無口の癖に役者なんてやるからだ。声だって全然魅力的じゃない。声帯死んでんじゃないのかとさえ思える。


「さぞ辛かっただろう。だがもう大丈夫だ。僕が来たからにはなにも心配いらない、よっ」


 んぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!

 こ、こいつ……ちょっと悪口を考えただけじゃないか。なのに全力の催眠能力で、頭の中に硫酸を注がれてる痛みを与えてきやがった。可愛い末っ子になんてことを。イカれてんの――ぎゃぁぁぁぁぁ!!!


 く、くそう。俺じゃなかったら即死してたぞ。

 催眠は恐ろしいんだ。強力な催眠は現実のそれと同じ。言葉はちょっと違うけど、お金に執着してるゴーストスイーパーの●神先輩もそう言ってた。


 つーか阿叢あそうは心配そうな顔すらしないな。

 きっとこいつには、のたうち回る姿ではなく感謝の涙を流して靑弐あおふたに抱き付いているように見えてるんだろう。


 薄情者め。聖職者の卵なんだから悪の力くらい軽く打ち消して俺を助けろっての。


「さて阿叢あそうヨハネス・・・・君。まさかフィックス君の弟である君まで、あの教頭の犠牲になっていたなんて」


 あ、そういう感じでいくのね。


「先ずは証拠だ。最近じゃ写真も動画もAIだなんだって煩いから、このまま警察に行って皆に見てもらおう。記者会見も開くからフィックス君はご両親に連絡してくれるかい? できれば顔が見える通話で」

「はい!」


 電話を終えると、すぐさま靑弐あおふたに腕を掴まれ阿叢あそう共々校舎から拉致、ぐぐっとパトカーの後部座席に押し込まれる。


 運転席には危ない宗教の信者みたいな目をした警察官がいた。


「先輩、こいつらが犯人ですか?」

「いやこの子は被害者だ。署で保護するから戻ってくれ」


 靑弐あおふたが言い終わるや否や、運転席の警察官がアクセル全開、サイレン全開で公道をかっ飛ばしていく。


『どういうことだよ』

『役作りの為に警察に潜入してたんだ』


 そっちじゃない。そっちはそうだろうと思ったよ。俺が聞きたいのは阿叢あそうのことだよ。


『こいつは獲物だ』


 うぉーーーーーい!! 何やってんだコイツ!!


 乱子と通ずるところのある靑弐あおふたのことだ。獲物ってそういうことだろ。阿叢あそうとセック……未成年だぞ! アウト中のアウトじゃないか!


『それにしてもナイスタイミングだ白緑。関係がバレて脅されててな。怠いから二人とも消すつもりだったんだが、白緑がいるなら楽できる』


 二人!? いや阿叢あそうは助けてやれよ。被害者だぞ。


『勘違するな。セフレは教頭の方だ。さっきだって我慢できないからって呼び出されてたんだぞ。腕二本でも足りないって、そりゃもう凄かった』

『……は?』


 教頭と、だと?

 え、ちょっと待って、どゆこと? つか、え、学校で? 腕二本? フィ●トかよ!!


 靑弐あおふたも大概だが教頭もなかなかヤバイな。あんな聖職者丸出しの顔してエグすぎだろ。


 じゃあ関係がバレて脅されてたってのは……そんな馬鹿な。


『俺じゃなくて教頭が、な。最中に教頭が阿叢あそうに呼び出されから、始末しようと思って画面越しに催眠かけたんだよ』

 

 ははぁ~ん。だからか。

 いや、おかしいとは思ってたんだよ。イベリスフランクを食ったからって教頭に脅されるとか。情緒も不安定だったし、阿叢あそう靑弐あおふたのせいでちょっと錯乱してたんだな。


 パトカーが異常な速さで到着したのも納得。敷地内にいるんだからそりゃ速い……あれ? ならなんで教頭に罪を擦り付ける方向にいってんだ?


『俺は聖職者が肉欲に飲まれて堕ちていく様が好きなんだよ。仕事中に俺を呼び出すようになっちゃあ、もうおしまいだろ。それにあいつはストーカー気質だからな。殺さないならブタ箱にぶち込むくらいが丁度良い』


 続けて靑弐あおふたは、俺の変身能力があれば証拠を捏造するのも簡単で、大勢に年単位の催眠をかけなくて済むと言う。


『ところでいつも一緒の二人はどうした? また喧嘩でもしたか?』


 あ、シラー拾うの忘れてた。ベリーも逃走してそれっきりだし……嫌な予感がする。

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見習い魔女竜胆白緑は四十六歳 173号機 @173gouki

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