第22話 見習い魔女とご近所さん救出作戦

 目指すはご近所さんの学校。その名も日本退魔師大学附属聖ロキロキロ学園。


 伴奏はすべてマイナーメジャーセブンスコードの高速連打という個性的な校歌をもつ、小中高一貫の聖職者育成学校である。校訓は悪魔討つべし魔女殺すべし。

  

 何故か魔女を目の敵にしているけど、俺には全然気付かないんだよなぁ。


 というのも、実は校庭の樹木や学食目的で何度も忍び込んたことがあるのだ。ベリーの言っていた気になる食堂ってのがここの学食で、三〇円のぎりぎり定食という色んな意味でギリギリの定食がコスパ最高。


 これを買うと同い年かちょっと歳下の学食のおばちゃんがサービスしてくれるし、生徒の皆もおかずを分けてくれる。さすが心優しき聖職者の卵たちとその関係者。

 でもまあその度に「貧乏な新入生可哀想」みたいな目をされるが俺はまったく気にならないし、嘘も言ってないから心も痛まない。俺自身が貧乏なのは事実だし、ちゃんと入生ですって自己紹介したからな。意味を勘違いしたのは奴らの方だ。


 そんなわけで先ずは忍び込み慣れてる高等部からにしよう。


「ベリーはいつもみたく制服になってくれ。シラーは財布だ」

『オッケー』

「それはかまいませんが、中身が空というのはリアリティに欠けますし財布のプライドとしてどうかと思うので一万円……いえ、三千円でいいので入れといてください」


 は? 馬鹿かこいつ。猫ばばされるとわかっててそんな大金入れるわけないっての。ていうか財布のプライドってなんだ。基本的に五〇〇円しか入れてない俺の財布がプライドなしだとでも言いたいのかこいつ。


「三〇〇円だ」

「やれやれ、ケチ臭いですね」


 ケチなもんか。それだけあれば 一ヶ月は満腹を維持できるだろうが。あっちの世界と違ってこっちは砂糖がすこぶる安いんだ。三〇〇円もあれば砂糖水という素晴らしいご馳走を毎日楽しめてお釣りまでくるっての。


『ていうかいい歳のおじさんが高校生に変身ってどうなの? 図々しくない?』

「図々しくない。俺は老けない体質だから実質高校生だ。それにばれにくいだろ。全生徒の顔を覚えてるヤツなんていないんだから」

「せめて稼ぎだけは歳を重ねて欲しいものですね。なんですか三〇〇円って。まったく嘆かわしい」


 うるさいな。っと、今はそんなことどうでもいい。とにかく毒薬を探さねば。


 ほぼ無い魔力を泣く泣く使って魔法を発動、くるくる蓑虫を召喚する。こいつをぶら下げておけば、探し物が近付いた時にくるくる回って教えてくれるんだ。


『うわわわ! なんてもの喚び出してんのさ!』

「うるさいですよ。高校生の三半規管がちょっとばかしぐちゃっとするくらいなんだっていうんですか」


 ベリーが騒いでいるのは、くるくる蓑虫が回ると近くの生き物も感覚がくるくる回るからだ。遠心分離機よろしく、そうやって感覚から分離させた獲物の運を食べるのだ。もちろん召喚者である俺にもそのおこぼれがある。


「先ずはいつもお世話になってる学食からいくぞ。あそこに被害が出るのは困るからな」


 財布シラーをポケットに押し込んで、人のいないだろう特別教室近くの窓から校舎へ侵入する。北向きだからか空気が冷んやりとしている。


『白緑、僕はわかってるんだからね』


 誰もいない魔女解剖室第一理科室の横を進んでいるとベリーが耳打ちしてきた。


 チッ。やっぱり勘づいてたか。魔力を節約するため、くるくるの対象外なのが俺だけだということに。

 仕方ないからこいつもくるくるの対象外にする。その為にはくるくる蓑虫をベリーに持たせなくてはならない。嘆かわしいとか楯突いてきたからシラーはそのままだ。


「っ!? 壁に擬態だベリー!」


 危うく階段横の男子トイレからスマホ片手に出てきたおっさんと鉢合わせするところだった。歳の割りに若々しく、いつも朗らかな笑みを浮かべるザ・聖人といった風体のこいつは要注意人物の教頭。


「痛じゃないです――」


 声を出すんじゃない馬鹿ペンギン! 


 ベリーが制服から壁になったせいでポケットから床に落ちて痛かったのはわかる。でもだからって喋るな。今お前は財布なんだぞ。リアリティはどうした。今こそ財布としてプライド見せる時だろうが。普通の財布は喋らない。当たり前のことじゃないか。


 役作りの手助けとして踏んづけるも、もがもが言うせいで教頭が不思議そうにしている。おまけに一〇〇円玉が擦れる音も聞こえる。ったく、三〇〇円も入れたせいだ。


 全力で踏みつけてようやくシラーは静かになった。


『危なかったね』


 教頭の姿が見えなくなってから擬態を解除したベリーが呟く。


「そうだな。あいつだけは全生徒の顔を覚えているって話だし」


 改めて制服になったベリーに返事しつつ、物言わぬただの財布になりきった・・・・・シラーを拾おうとしたらまたトイレから人が出てきた。


 今度はがっつり目が合う……ん、なんだこの気まずさは。


「あ、お、お前、いつからそこに……」


 妙に狼狽えているこいつを俺は知っている。


 魔女滅殺科の二年生、陸上部で槍投げをやっている阿叢あそうフィックス。父がドイツ系アメリカ人の牧師で母は神主というバリバリの神職一家だ。


 心優しきこの男は学食で俺を見付けると必ず唐揚げやらトンカツやらを奢ってくれる……そういえば昼飯はまだだったな。


『毒薬探しは一時中断だ。先にご飯を食べよう』

『え? うんまあいいけど、被害者が……いや、なんでもない。腹が減っては乳房ちぶさも吸えぬっていうもんね。ご飯にしよう』


 なんだ乳房も吸えぬって。聞いたことない。それを言うなら悪さもできぬ・・・・・・だろう。ていうか腹が減るから吸うんじゃないか……ん、待てよ。乳児じゃなくて大人の話か?


「おい聞いてるのかよ!?」


 おっと。ベリーが変なこと言うから阿叢あそうのことを忘れてた。にしてもこんな余裕ない感じは見たことないな。まあ学食以外で会わないからどういう人間なのか知らないけど。


「え、ああ。聞いてます聞いてます。さっき来たばっかりですよ。それより学食行きません? お腹ぺこぺこなんですよ俺。あ、今日はイベリスフランク食べたいです、えへへ」

「っ!? お前……ちょっと来い!!」


 怒ったような焦ったような、それでいて泣き出しそうな顔になった阿叢あそうに手を引っ張られる。


「え? あの先輩、学食はこっちじゃないですよ」

「黙ってついて来い!」

「は、はぁ……」


 どうしたんだろうか。まさかその歳で、学校でウンコしてたのばれて恥ずかしいとかじゃないよな。


『違うよ、えへへなんて言うからだよ。すっごく気持ち悪かったからねあれ。オッサンが使っていい言葉じゃないんだから。いい加減年相応になろうよ』


 うるさいな。見た目が若いんだから年相応だろうが。それに吸血樹鬼アルボルヴァンパイアの四十六歳なんて人間で換算すればまだまだ幼児だ。ばぶばぶ言ったって何の違和感もない。


『あ、そう。じゃあオムツになってあげようか?』


 続けて精神は人間と同じ早さで成長するくせに、とぼやかれた。


 何て言い返そうか考えていたら阿叢あそうが止まり振り返った。どうやら北校舎裏の駐輪場に来たようだ。


「お前、上反り・・・フランクだなんてどういうつもりだ? 脅してるのか?」


 ……はて? 俺がおねだりしたのはイベリスフランクであってそんなヤル気満々な雰囲気のフランクじゃないんだが。


 なんて困惑していると阿叢あそうの睨みが一層鋭くなった。その殺意バシバシさは、さすが滅殺と名の付く学科に在籍しているだけある。


「上反り? え、どういうことですか? 俺が食べたいのはイベリスフランクなんですけど」

「だからそれは上反りフランクじゃないか!」


 まるで意味がわからない。そもそも上反りフランクをおねだりしたからってなんで脅しになるのか。


「お前も教頭みたいに俺を脅して無理矢理――」


 ええっ!? 


 ま、まさか、そういう……だから上反りとかフランクに敏感………嘘だろ。こんな聖人を育成しますみたいな学校の、それこそ聖人のような教頭が生徒に……はっ!?


「ちょ、まっ、先輩! なんで手に霊力集めてるんですか!?」


 ちょっと信じられない量の霊力が圧縮されていてバチバチ、バリバリ嫌な音が鳴っている。


『え、なんで? 白緑なにしたの?』

『何もしてない。こいつが勝手に勘違いして勝手にキレてんだよ!』


 あああああ、これはあれだ。ヤられてるのがばれたから殺りにきている。きっと槍を作ろうとしてるんだ。阿叢あそうは槍投げの選手だからな。


「優しくしてやったのに最低だなお前」


 ほら見ろ。殺意増し増しの霊槍を作りやがった。しかも喉元に突きつけてきたし。ていうか最低なのは俺じゃなくて教頭だろ。誰かあいつを呼んでこい!


『うん、わかった』

『あ、おい! ふざけんな!』


 くっそう、逃げやがったなあのクソローブ。春とはいえこの季節にパンツ一枚は肌寒いし防御も心許ない。


「いきなり服を脱ぎ捨てるなんてどういうつもりだ」


 阿叢あそうが槍の先を喉にブスッとしてきた。痛い。血も出てきた。なんてことするんだよ。


 つーか勝手に優しくしといて都合が悪くなったら最低とかなんなんだこいつ。俺がいつ優しくしてくれなんて言ったよこのクソやろう!!


 しかしこのままではまずい。こういうときは俺の力を存分に発揮するしかないな。あまり気は進まないが背に腹は代えられん。


「お、俺っ、俺もなんです! 俺も教頭に脅されて無理矢理体の関係を迫られて……だから、先輩も同じだって知ってなんていうか、その、心強かったんです! 服を脱いだのは教頭に付けられた尺犬の印を見てもらいたかったからで……」


 下着で隠れるギリギリのところをすっと下げて下腹を見せる。そこには如何わしい模様のタトゥーが。ふふふ、変身の応用で体に模様を浮かべたのだよ。毛がないのもその方が強制されてる感が出てリアルかなと思ったから引っ込めたのさ。


 どうだ、この同じ被害者だから一緒に乗り越えよう作戦。なにより俺の色気を存分に発揮してメロメロにしてやる。そうすれば少なくとも命を狙われることはなくなるだろう。男子高校生なんて年中大発情の性欲お化けみたいなもんだからな。


 あまりにもイケメンすぎる俺は苦労が多い。だが使い方次第では天下を取れる可能性もあるのだ。現に県や市のお偉方を誑かして、竜胆白緑の男と女両方の戸籍を入手してるわけだし。


 変身してるとはいえ見た目の整い具合はさして代わらない。さあ少年、俺の虜となるがいい。


「……」


 阿叢あそうが俯き小刻みに震え始めた。きっと仲間が見つかって喜んでいるんだ。しかもその仲間がド級のイケメンとくれば……どわっ!?


「お、お前っ! そんな酷い目にあってたのか!?」


 涙目の阿叢あそうにガバッと抱き締められて、背中をぽんぽんされる。それからわんわん泣いて、辛かったなとか、よく打ち明けてくれたとか言うし、心の底から元気付けようとしてくれる……あ、あれ? なんか変だぞ。


「つい出来心で上反りフランクを食べたことを親に秘密にする代わりに、代々我が家に伝わる秘薬を融通してくれって脅されてた俺なんかとじゃ、全然比べ物にならない。殺そうとして悪かったな。首は痛くないか?」


 ……は?


「あの教頭、許すまじ!!」


 阿叢あそうの目には憤怒の炎が宿り、告発すべきだと強く強く俺の手を握ってから、取り出したスマホでどこかに電話し始めた。


 いや、え、ちょっ……なに勝手に話進めてんだよ!

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