第21話 見習い魔女とご近所付き合いの悩み
再び魔力を失った俺は色々調べた。
なんだか小難しい最新の論文やら過去の文献なども読み漁り、母校の日本魔女大学にも足を運んだ。
にも関わらずわかったのは、赤の他人に快楽を与えたり笑顔にしてから殺すと、ほんのちょっぴりだけ世界のどこかに魔力が発生するかもしれないというふざけた研究結果のみ。
なんで俺が知りもしない他人を笑顔にしなけりゃいけないんだ。そういうのは魔女の領分じゃない。自分だけがとことん笑顔になるために全力を尽くすのが魔女ってもんだ。
俺はやる気が完全になくなってしまった。だから仕方なくふて寝を繰り返していると、いつのまにか
「白緑よ、我としてはずっと側にいられて嬉しいのだが、その……」
「なんだ?」
ソファに寝転がり、ぼーっと昼前の風に揺れるカーテンを見ていたら、なにか言いた気なジャックが見下ろしてきた。
思えば
「我に身を委ねておるし、毎日下着姿でダラダラと過ごしていて眼福ではある。それに出かけるのも夜中に樹液を吸いにいくだけで、我はこの上なく幸せだ。だがな、そろそろまともな生活をだな……」
なんだよ。やる気が無いときはこうするのが一番なんだ。薬局の仕事は代わりに良司さんに行ってもらってるし、見習いの仕事も声がかからないんだから、まともじゃない生活だろうが別に問題ない。仕方ないじゃないか。
「ジャック、あなたは白緑にすべてを捧げる契約をしたのです。なにも言わずただ白緑に従っていればいいんですよ。ああ、ワショク、次は辛口の日本酒。つまみはエイヒレで」
『そうだよぉジャック。一日中ネトフーリで動画見ながらおやつを食べることが今のぼくらの仕事なんだもん。あ、チューカくん、ごま団子と
俺の代わりにペンギンの可愛らしさを捨て去った酒臭いシラーと、最近妙にテカリを帯びてきたベリーがふわふわ浮かびながら返事をする。
醜く肥大化し過ぎた二人はことあるごとに何かにぶつかるため、ついに生活圏を空中に移したのである。もちろん浮力はジャックの力。浮かび上がっているのに堕落しているという、言葉にするには少々難しい光景だな。
ああはなりたくないものだ。
かくいう俺もダラけてはいるものの、最低限の自己管理はできている。主にワショクさんのお陰なのだが。
「うむ。だが、さすがにこの状態は良くない。不潔かつ不健康、なにより迷惑だ」
ネクロマンサーでゴキブリの肉体をもつヤツがなにを言ってるんだろう。お前はそういう環境を好む種族じゃないか。それに存在するだけで世界中に迷惑をかけているのはそっちだろ。
だいたい俺は不潔でも不健康でもない。シラーと違って毎日風呂に入ってるし、ベリーも洗濯してもらっている……まあ、ぬるぬるするからあまり着る気にならないんだけど。
「良司のこともだ。最近ますます反抗的になっているではないか」
確かにそうだが、良司さんの感じから察するに、俺を困らせて楽しんでいるというか、かまってもらって嬉しいみたいな感じだからなぁ。多少鬱陶しくても慣れれば案外可愛く思える。
ヤマザクラ君の樹液ジュース飲みつつそう言うとジャックは心底驚いた顔になった。
「職場の薬を盗みだし、毒薬を調合してこの家も含め近所にバラ撒いている行為が可愛いと言うのか?」
「ブッ!!?」
な、なんだって!?
「ゲホッゲホッ、良司さんそんなことしてるのか!? なんで!?」
良心を司る良司さんはどこいった。
「理由など知らぬ。が、原因には心当たりがある」
「原因ってなんだ?」
「其方たちだ。魔女の使い魔とは、主や側近使い魔の影響を色濃く受けるのであろう。其方たちの生活態度の悪化が良司を凶行に走らせているのだ」
凶行。その言い方はすでに犠牲者が出ているのでは……これは不味い。良司さんが無差別大量殺人鬼で捕まろうが知ったこっちゃないが、そこから俺に繋がって魔女見習いだとばれれば、魔女協会の御偉方からしこたま怒られる。
「ちょっとご近所さんに挨拶して回ろうかな」
挨拶と見せかけて毒薬の回収をしなければ。
だがソファから体を起こして気が付いた。ご近所さんて学校しかないじゃないか。一般家庭をターゲットにする無差別大量殺人鬼よりも、若者だけを狙う方が世間的にはよりヤバさが増すのではなかろうか。いや、知らんけども……。
つか良司さん! なにやってるんだ本当に!!
「放って置けばいいでしょう。
『そうそう、使い魔も同じ扱いなんだからさ。ていうか家から出るの面倒臭いんだよね。ねぇ~、おやつまだかなぁ~』
堕落した二人は世の中を舐めきった腐った瞳を向けてくる。なんと醜悪なことか。
堕落するならば他者もそれに巻き込む存在にならなければいけない。
そして堕落させたもののすべて、享受するはずだった幸せも快楽もなにもかも奪い、さらに自らの堕落を極めるべし。ただ堕落するだけのものはクソだ、と教わっただろうに。
まったく、なにが仕事なんだもん、だ。そう言うならちゃんとしろっての。
「……なるほど、そういうことか。こやつらも白緑の堕落にあてられた結果なのだな。我の眷属たちが同じような有り様なのも其方ら三人ではなく、白緑の仕業か」
きちんと仕事をしない使い魔に対するお説教を近くで聞いていたジャックが、俺を見てため息をつく。
「吸血鬼の亜種である白緑はこうやって強奪や吸収系の力を使うのだな。何十年と四六時中の行動を見ていたが、知らないこともあるものだ」
「亜種!?」
確かに
「訂正を要求する。俺は吸血鬼の亜種じゃない」
「そんなことはどうでもよい。今すぐその力を止めてくれ。危機感が薄れ動きの鈍った眷属たちが次々と殺されているのだ」
……それは………良いことなんじゃないか?
さすがに口にはしなかったが、思わぬ二次的効果があったなと嬉しく思う。
「おい、出かけるぞ」
「だるっ……」
『はぁ……』
浮かぶ肉塊と、ぎとぎとにテカるローブに声をかけたが、一向に動く気配がない。
「力を奪いここまで堕落させられるとは」
ジャックが無反応の肉塊を見て呟く。
ただジャックは勘違いしている。なにもすべてを強奪しているわけではない。堕落させたもののすべてを奪う、その効果を利用して俺はシラーとベリーの魔力だけを吸収してきた。
本当なら堕落の程度は俺と同等。つまりこの堕ちっぷりは二人の意思なのだ。
それに吸収率はとても低い。この魔法は自分の堕落の程度とその期間によって吸収率が高まっていくのだ。おまけに
しかも
「シャキッとしろこの馬鹿」
叩いても揺さぶってもやる気を出さない。
見かねたジャックが浮かべるのを止めても、ドスンっと床に転がってテーブル下に見つけたお菓子のカスを舐めとっている。
まさに堕落。
「まったく、ジャ◯ンバみたいに太りやがって。せっかく吸収した分の魔力を使わせるんじゃない!」
俺は仕方なく二人に牙を立て、二日酔いを治したときのようにする。結果、できあがったのは脂肪が百倍になる錠剤が二つとアル中になる軟膏、鉄の意思を持ってひたすらダラダラするようになる目薬。
ふむ、買い手がつきやすいものだ。不本意に魔力を使ったが結果オーライとしておこう。
「白緑の為とはいえ、ダラダラする演技も楽じゃありませんね」
『ホントホント。ああ~今回大変だったなぁ』
正気を取り戻した二人が白々しいことを言うが無視。
俺は急ぎベリーを羽織って変身すると、昼食の時間になったご近所さんへ忍び込むことにした。
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