第3話 【断罪】

 ―カーン!カーン!

 鐘の音がどんどんと近づく。見えてきたのは噴水を中心とした大広場だった。そこには既に鐘の音を聞きつけた天使が続々と集まっていた。

 「もう皆居るみたい」

 自分達よりも早くに来て居た天使を見ると少し焦り気味に加速し着地する。すると周りからいろんな声が聞えてくる。

 「なぁ、またどっかのエンジェルがヘマしたのか?」

 「さっさと仕事に戻らないと今日中に終わらないぞ…」

 「なんでも今回の召集内容はかなり重大らしいぞ」

 「まさか十一大天使全員集合ってことないよな?」

 「いやいや、さすがに大天使アークエンジェル全員は洒落にならんって」

 「おい!言葉に気を付けろよ!目を付けられたらどんな目に合うか分かってるだろ…」

 その言葉に周りが凍り付く。未だ手を握ったままのミクからもまるで痙攣しているかのように細かな振動が伝わってくる。

 「ミク、大丈夫?」

 「…え、ええ」

 狼狽うろたえながらも返答するミク。普段の大人びた性格の彼女からは全く想像もつかない姿。それもそのはず、大天使アークエンジェルは同じ下位天使であるがその差はまさに天地。単純な力だけではない、一介天使エンジェルには与えられない特殊な能力を全員が備え持ち、その力は神にも匹敵するかもしれないのだから。

 そして、今では私達が仕えている者である。


 しばらくしてアークエンジェルの主がその姿を現した。いや、厳密にはまだ姿は見えていない。しかし、彼ら彼女らはこの恐ろしい感覚をその肌でこれまで幾度いくども感じていた。だからこそいくら人混みで見えなかろうと、声が聞えなかろうとその接近が分かった。

 「やぁやぁ諸君!こんな昼間から集合をかけてすまなかったねぇ!」


 ―あぁ、この妙に気直悪い声はまさしく使だ。

 「いやなに、少しばかり重大な報告があってねぇ?優しい僕はそれを皆に伝えてあげようと思ってさ!」

 上機嫌で現れたカマエルだったが天使達は恐怖と不安で微妙な顔であった。

 「って!!何で神である僕がわざわざ君たちに声を掛けてやっているのに、君たちはそう不快そうな顔をするんだ!僕が来たんだよ??笑顔で拍手を僕に送るべきじゃないのぉ?」

 その言葉にちらほらと拍手を送る。だが、未だ顔は変わらなかった。

 「チッ!全然笑顔じゃないじゃないか!おい、ガブリエル!!」

 「はい、カマエル様」

 凛とした声がカマエルの後ろからする。

 『神の前にひざまずきなさい』

 その声が聞えた瞬間。

 

 ――ドサッ

 体が押し潰されるような感覚に襲われる。あらがおうとしても立っていられない重さに負け次々と周りのエンジェルが崩れ落ちる。同時に群衆に隠れていたカマエルが見えた。醜悪しゅうあくな表情をしたカマエルのその姿は熾天使してんし様しか持たない六翼を生やし、神を表徴する白い服に身を包んでいた。

 「くぅぅ…!」

 「…み、ミク、大丈…夫?」

 重さに耐え切れず息を切らしながら地面に手を付くミクに声をかけるも自分も思うように声が出せない。

 「カマエル様、準備が整いました」

 カマエルの横に居座る彼女は同じく六翼を生やした使おとうさまに代わりかみとなったカマエルは天界の主に君臨し、全ての天使を支配する。だからこそガブリエルは己の力、『神の言葉を伝えるコントロールワード』を発動し私達の自由を奪うことができるのだ。

 「ご苦労様ガブリエル、さっ本題に入ろうか!」

 そう言うとミカエルとガブリエルは苦しむ天使を横目に広場の中央へ歩き出す。そこでようやく気づいた。彼らの後ろの恐ろしい光景、恐れていた事態に。受け止めたくないその事実を誰も口にしない。しかし、徐々にその姿が見え受け止めせざる負えなくなった。


 「あぁ、十一大天使が…」

 誰かが声を絞り出して言う。寒気などぬるい感覚ではない。全身が凍え、さらに息苦しくなるのが分かる。本能が危険だと知らせるも逃げ出すことはできない。眼をらすことも出来ない。その光景をただ見ているしかなかった。

 『武器を自在に扱うウエポンマスター』を持つ使

 『治癒を司るコントロールヒール』を持つ使

 『状況打破するブレイクシチュエーション』を持つ使

 『公平と調和を司るコントロールバランス』を持つ使

 『神の裁きの代行者サブスティチュート』を持つ使

 『夢幻の支配ドリームルーラ』を持つ使

 『愛と美ラブアンドビューティー』を持つ使

 『制約で縛るコンストレイント』を持つ使

 『癒しを与えるヒーリングスピリット』を持つ使

 そしてガブリエルにカマエル。それが十一大天使。


 「さぁさぁ諸君!―っと、そんな不安そうに見つめるなよ、別に今日の集まりは一介天使君たちに用があるわけではないんだからさ」

 その言葉で安堵するも直ぐに召集理由が分からず表情が強張こわばる。

 「諸君も知っての通り、約15年前に我らの天界は地上じごくから攻撃を受けた」

 全天使が息をのんだ。なぜそんな話しを今になってするのか理解できない。だが、考えるよりも先にカマエルは話しを続ける。

 「あの大戦で魔物を率い我らを蹂躙せんとした愚かなサタンはそこのミカエルによって討伐され消えた」

 カマエルの言葉に自然とミカエルへ目が移る。その姿は大きく力強そうな翼を持った美しい女型じょせい。白銀の鎧は幾つもの傷跡がついてはいるが、彼女の丁寧な整備のおかげか未だ輝きを放っている。片手には盾、腰には剣を装備しておりいつ何時敵が現れてもいいように備えている。その姿に男型だんせいは勿論、女型からの憧れが強い。

 ミカエルは群衆の目に当てられてか少しだけ顔を天へ背ける。カマエルは続ける。

 「その後、神が授けた世界樹の種をアリエルが地上の地に埋め育て、成長した世界樹によって魔物は残らず浄化された」

 次にアリエルへと目が移る。淡い青色の髪がふわりと肩先まで伸びており、ハニエルの次に美貌という言葉が似合う女型じょせいで、その姿と優しさからか熱狂的なファンクラブが出来るまでだ。自分にも話が振られるとは思っていなかったのか少々の動揺を見せるも、胸に手を当て私達に静かに一礼した。

 「そして、その10年後。ちちは死んだ」

 もちろん天界でこのことを知らぬ者は誰一人としていない。だからこそ、だから何なんだと一介天使エンジェルはおろか側近のガブリエルを除く大天使アークエンジェル全員が疑問の念を抱いた。


 「諸君の疑問に答えよう。ちちが死んだ後の地上を諸君は知らないだろう?なんせ毎日毎日ちちが与えた役目を休むことなく続けているんだから、知るはずがない」

 そうだ。私達はおとうさまが与えて下さった役目を絶やすことなく毎日行っている。それが私達が生きる理由。それだけが残された私達の使命。他はない。趣味でやっている家庭菜園だってただの暇つぶしに過ぎない。だけどこの生活が退屈だとも思わない。それが普通の暮らしで何の疑問も抱かない。もし欲をかけば問答無用で天界から追放され二度と帰ってこれないと知っているから。

 「だが僕は知った!この『神の力ゴッドパワー』を持ってちちから神の座を受け継いだ僕はこの目で!」

 声高らかに翼を広げ――



 ――…え?

 辺りが騒然とする。言葉の意味を理解するのが遅れていたことを周りの様子で気付く。それほどまでに脳が混乱していたのだ。今この瞬間まで天使の外敵となる生物など居なかったのに。否。外敵の存在を確認できていなかっただけだったことに恐怖した。神が死んだ後でも平和が続くと安堵あんどしていた。しかしそれは大きな間違いであった。私達は何も知らず、何も見ずに平和だと誤認し暮らしていたのだ。だが後悔してももう遅い。魔物がいてきは現れ今か今かと私達の世界に刃を向けているかもしれない。そう思うと大きく身が震えた。

 「諸君、これを聞いてどう思う?恐怖、絶望。大いに結構!しかし、僕が思うのはそこじゃない。という疑問しか浮かばなかった」

 そしてカマエルがさらに信じられない疑問の答えを言う。


 「これは大天使ミカエル、大天使アリエルのによって引き起ったことだ!」

 ――ッ!?

 その言葉にミカエルとアリエルが目を大きく見開きカマエルへ視線を向ける。

 「なッ!何を言うカマエル!!私が、私達がちちうえを裏切っただと!?」

 「そ、そうよ!何を根拠に私達がそのようなことをしたと言うの!?」

 何が起こっているのかまるで分らない。次から次へと疑問が頭を巡りショートしそうな勢いだ。

 「はッ!しらばっくれても無駄だ!そもそも最初から僕はおかしいと思っていたんだ。何故大天使アークエンジェルごときにサタンがやられ、何故世界樹はちちの手に戻る前にあんな地上じごくに根付いたのか!それも全てお前たちの計画だったのだろう??」

 「貴様…なにを言って、、」

 「貴様ぁ??いつからお前は神である僕をそんな上から目線に呼ぶような立場になった!!」

 カマエルの𠮟責しっせきがとぶ。一瞬萎縮するミカエルだったが、自分にかけられた偽りの罪を拭おうと必死に訴えかける。

 「だ、だがカマエル!それは早計な考えだ!私達は確かにサタンを魔物を浄化しつくした!そうだろうアリエル!!」

 「ええ!間違いないわ!!勿論、おとうさまにも確認して――」

 「では何故上位天使でもないお前らがちちの言葉を聞き、意見を述べられた!!」

 「そ、それはちちうえからの――!!」

 『黙りなさい!』

 ガブリエルが『神の言葉を伝えるコントロールワード』を発動しミカエルの口を閉じさせる。しかし尚も強い目線でカマエルに訴える。

 「なんだその目は?それが付き従う主へ対する態度なのか?まさかお前は神の意見が間違っていると言うのか??」

 「で、であればカマエル!そう言うあなたはどうなの!」

 「何?」

 アリエルがここぞとばかりに言い返す。

 「何故あなたはおとうさまの力を手にし、何故神の代行者を名乗るの!私達の神はおとうさましかいない!付き従うというのであればそれはカマエル、あなたじゃないわ!!」

 アリエルの放った言葉は力強かった。あんなに優しくおっとりした性格からは想像できないほどの力強い声。しかし、カマエルはそれを笑い飛ばした。

 「何を言うかと思ったら…。お前は阿呆なのかアリエル?僕の力は『神の力ゴッドパワー』!!その名の通り神のどんな力も扱える!つまり、僕は神にもなれる存在ということさ!」

 「そんなのはおとうさまが与えて下さった力に過ぎないわ!」

 「ではガブリエルの能力についてはどう説明する??そこの無礼な奴に使った『神の言葉を伝えるコントロールワード』は本来ちちの言葉を我ら下位天使に伝える為の力。だが、今その能力は僕を対象として発動している!つまりこれは神を僕だと世界が判断したと言っておかしくないだろう!!」

 「そ…れは…」

 アリエルの反論が止まる。カマエルの言う通り神が与えた力がカマエル自身を神と認識し発動している時点で、それは神だとちちが証明していることと同じ。意を唱えることはできない。

 カマエルの力説により二人に対する疑いが更に強くなる。未だ口がきけないミカエルは唇を嚙み今にも怒りが爆発しそうなほどオーラを出し威圧する。アリエルは他の大天使に助けを求めようとするが…。

 「……」

 誰も二人へ目線を合わせようとしない。

 「なんでみんな何も言ってくれないの?どうし…」

 そこで気付いた。大天使達の様子がおかしいことに。皆目の光が無くどこも見ていなかったのだ。まるで人形。

 「ガブリエル!貴女、まさか皆にも力を使ったの!!」

 アリエルは再び吠える。こんなことができるのはガブリエルしかできないと。

 「あら、何のことかしら?」

 「こんなして、いったい私たちにどんなうらみがあるの!!」

 「怨みなんて無いわよ?少なくとも私わね。でもカマエル様のお願いだから」

 「そ、そんな横暴、ここに居る一介天使エンジェルだって認めない!」

 「何を言っているの?『神の言葉は絶対。何もおかしいことはない』わ」

 「あっ――」


 瞬間、一介天使エンジェル達は言葉に溺れた。ガブリエルの言った通り、何もおかしくはない。おかしいのは神に意見する彼女らのほうだと。

 「そうだ。それでいい」

 天使達の様子に満足そうに笑うカマエル。

 「さて、君らにはもう退場してもらおうか。この天界から。永久に!!」

 カマエルがミカエル達に指差し合図を送る。それを感じた大天使サリエルは動き出す。背丈以上の大きなやりを構える。確実に仕留める為に腰を低くしただ一点、彼女らの心臓を。

 「神の裁きを下す」

 「み、ミカエル!!」

 「くッ―!」


 一連の流れをただ淡々と見る天使。今にも放たれそうな槍。もはや誰も助けに入るなどここにいる誰も思っていない。カマエルは最後の合図を送る。

 「殺れ!サリエr――」


 「おかしい!!」

 刹那、その叫び声がする。an82a2が立っていた。


 「「…………」」

 有り得ない光景に言葉を失い沈黙が流れる。ミカエルもアリエルもガブリエルも。言葉を遮られたカマエルも。同時に最終合図が遮られたサリエルは槍を投げ飛ばす寸前で制止する。ミカエルを殺しそこねた。だが、そんなことは今はどうでもいいとカマエルはガブリエルを見る。しかししっかりと力は発動していると大きく首を横に振る彼女を見て更に理解できなくる。

 ――『神の言葉を伝えるコントロールワード』は絶対に発動している!では何故奴は、あの一介天使エンジェルは立っている!?分からん、何がどうなっている!ガブリエルの力は絶対ではないのか?条件がある??いやそんなはずはない!断じて!!ガブリエルの裏切りだとも考えられん。ということは、まさか奴自身が力を遮断しているのか?どうやって!?

 思考を巡らせる。だが理由が皆目見当がつかない。

 「あの者、何者なんだ…」

 「あの子って一介天使エンジェル…よね?」

 もちろんミカエルもアリエルも知るわけがない。


 「おかしいですよ!何でミカエル様とアリエル様がおとうさまを裏切ったて言いきれるんですか!お二人は私たち天使の誇りなんです!希望なんです!目標なんです!それなのに…」

 an82a2はミクの手を離さず訴えかける。その手は震えながらも力強く握る。その力を半分意識がないミクは感じていた。


 「……異常だ」

 カマエルは―ポツリと言葉をこぼすと考えるのを止めた。

 「こんなことあってはならない!サリエル!奴を殺せ!!」

 答えは簡単。こんな異常な存在は何も考えずに処分すればいい。それで無駄な悩みを生まなくて済むならそれでいい。

 直ちにサリエルは標的をan82a2に変え構えなおす。

 「まずい!避けて!!」

 アリエルの声が届く前に槍が放たれる。槍は一直線に彼女へ向かう。


 ――あぁ、私、なんで立っちゃったのかな…。ここで死ぬのかな。

 彼女は走馬灯かの如く槍がスローモーションで迫ってくる様に見えた。だが体も動かない。

 ――でも、もういいのかも…。どうせ生きていてもこれまで通りの生活を永遠に送るだけ。暇つぶしでやることにも限界が来る。そのときに死ねないなら、いっそここで…。



――ドン!!


 衝撃が体を襲う。これまでに感じたことのない痛み。暖かい、でも寒い。不思議な感覚。これが死の感覚?体の自由が奪われ地面へ倒れこむ。何処から叫び声が聞こえる。しかし声も次第に遠くなる。視界が眩む。油断すると一瞬で永遠の眠りにつきそうな重いまぶた

 ――はぁ、けっこう痛いなぁ…これ。できれば苦しまずに死にたかったのに、これじゃぁ死ぬまでずっと痛いじゃん……。


 彼女はただ死を待つ。死の痛みを感じながら。でも、何かおかしいのだ。彼女は地面に倒れ体を動かすことは不可能なはずなのに、体が揺さぶられ視界が小さく揺れている。脳を強く打っておかしくなったわけでもない。だが、未だに揺れる。

 ――な、なに?誰が揺らしてるの??

 視線をずらす。


 ――ッ!?

 意識が一気に蘇る。そこに映っていたのはさっきまで手をつないでいたミクが片腕を無くし、血まみれの状態で必死に自分の身体をゆすって起こそうとしていたのだ。

 「起きて!起きてってば!!」

 「み、く…」

 「あ、あぁ…よかった……」

 ミクは彼女が意識を取り戻してくれたことに喜んだ。

 「ねぇ、ミク。血だらけだよ…。なんで」

 「そんなことよりあなたの方が心配よ!なんでこんな無茶して…。あぁ、貴女の綺麗な翼が」

 ミクに上体を起こされ先ほど自分が居た背後が見える。そこには私を庇ったミクの片腕と私の片翼が散らばっていた。

 「どうして私なんかを庇って…」

 「当たり前でしょ。私達は友達なんだから!」


 ――あぁ、私はなんていい友達と巡り会えたんだろう。それなのに私は、友達を置いて死のうだなんて…。

 「早く治療しなきゃ」

 ミクはそう言うと私に手を差し伸べ立たせようとする。意識がはっきりしてきたことで体に力が戻り、差し伸べられた手を再び力強く握る。

 「ありがとうミク」

 「どういたしまして」


 ――ズシャァ


 血が飛び散る。

 「…ミク?」

 ミクが静止し口から血が吐き出る。

 「ミク!!」

 ミクはゆっくりと痛みのする胸元を見る。先ほど投げられた槍が貫いていた。

 「チッ、面倒かけやがってよぉ!まぁ、どうせこれで終わりだ」

 カマエルの声で我に返る。目の前の事に集中しすぎてサリエルが狙っていたのに気付かなかったのだ。


 「う、うそ…噓噓噓!!」

 ミクは全身の力が抜け倒れそうになるも必死に耐える。

 「ねぇ……」

 今にも消えそうな声でan82a2に話しかける。

 「しゃべっちゃダメ!血が止まらない!!」

 「もう、、無理よ……」

 「無理って…!」

 「私、貴女の友達でよかったわ。……貴女といると、毎日――ゴホッゴホッ。いろんな、ことが起こって。…楽しかった」

 「お願いもういいから口を閉じて!どんどん傷口が開いちゃう…」

 涙が溢れ嗚咽おえつしながら刺さった槍の周りを一生懸命に抑える。だがミクは口を閉じなかった。

 「…貴女は私にとって、、特別な存在。だから、ミクって名前……案外、気に入っていたの。だから――ゴホッ。私も、最後に。お返ししなきゃね……」

 「えっ…?」


 

 「貴女の名前は。それが私が大好きな友達の名よ――」



 ――グシャッ

 ミクに突き刺さった槍がカマエルによって無理やり引き抜かれる。同時にもうほとんど血が出なくなったミクは地面へ叩きつけられる。死の恐怖で震えていたはずの彼女は力を振り絞り友達へ最後の言葉を残して奇麗な笑顔で死んでいた。

 「……いや、、、イヤァァァァァァァァァ!!」

 叫び声をあげる。傷に響こうが関係ない。ただ目の前の、大好きと言ってくれた友の為に泣いた。だがそんな彼女を嘲笑あざわらうかのようにカマエルは死体になった彼女を何度も突き刺した。

 「この出来損ないの一介天使スクラップが!!」

 それはもう原形を留めていなかった。

 「あぁぁ……」

 アリアは言葉を失った。友が身代わりになってしまった罪悪感が彼女を押し見ていることしかできなくなった。

 「これでもう邪魔できないだろう。さて、君も直ぐに殺してやるから動くなよ?」


 ――刹那。

 「調子に乗るなよ偽神ニセモノが!!」

 目にも留まらぬスピードでミカエルはカマエルの背後に接近し、腰に装備してあった剣を振り脇から背中を切断した。

 「あ"が"ぁ"!!」

 カマエルが苦しむ声を聞く間もなく。

 「後に続けアリエル!!」

 そういうとアリアを抱え全力で飛び去る。

 「分かってる!!」

 ミカエルの行動を予測していたアリエルも既に猛スピードで後続する。


 「カマエル様!!」

 「ガブリエル!は、早く"回復さ"せろ"!!」

 『ラファエル!!』

 ガブリエルがカマエルを治療しようとラファエルの名を叫ぶ。同時に大天使ラファエルは負傷したカマエルへ『治癒を司るコントロールヒール』を施す。


 「か、カマエル様!大丈夫ですか!!」

 「ガブリエル!!お前にはこれが大丈夫に見えるかァ!!」

 「も、申し訳ありません!私が先の者に気を取られていなければこんなことには…」

 「言い訳は聞きたくないね!!」

 「本当に申し訳ございません!!」

 地面に額をこすり当て謝るガブリエルを無視しミカエルが逃げた方を見るがそこには何もなかった。

 「逃げられた…僕にこんな傷を負わせて自分たちはさっさと逃げたというのか!?許さん。絶対に許さんぞミカエルゥゥゥゥ!!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 冷たい風が突風となって体を襲う。

 何故かも分からない。

 痛い、苦しい。

 脳裏にはミクのあの笑顔が浮かぶ。

 だが涙はもはや涸れ一滴も流れない。

 あの手のぬくもりが、今まで支えてくれたあの子はもういない。

 その絶望が頭から離れない。

 これからどうすればいいのか考えようにも頭の中が真っ白だ。

 

 ――私は今、何処に向かっているの……?


 その心の声が白い雲の中へといった。

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一翼の天使アリア 乃爲 @noi2021

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