第2話 【日々】

 強い日差しが殺風景な部屋に差し込む。そこで私は―ハッと起きる。直ぐさま部屋の外にある時計塔を見て時間を確認する。与えられた仕事をする時間までまだ少し猶予ゆうよがあるが私はバタバダと着替えを済ませ台所へと足をやる。まだ重い頭を意地で保ちながら自分のアレンジレシピを思い浮かべ朝食を作る。他に誰も居ないので鼻歌を歌い眠気を覚ます。そうして出来た朝食を綺麗にお皿へ盛り付け席につく。慣れた手つきでフォークに一番好きな自家製野菜を突き刺し、口いっぱいに頬張る。

 「うん、美味しい!」

 一言感想を述べてまた頬張る。あっという間に平らげ使った食器を洗い出かける準備を行う。玄関から出る途中。

 「いってきます!」

 自分以外に誰も居ないと分かっていてもついつい口にしてしまう。そうして彼女の一日が今日も始まる。


 外へ出ると同時に隣の家の扉が開く。

 「あっ!おはようミク!」

 出てきたのは自分よりも大きな胸を持つ友達のan39b2。呼びにくいから私は皆を呼称で呼んでいる。

 「あら、an82a2。今朝も早いのね」

 彼女は足元まで伸びる白色の翼を軽く広げて言う。そう彼女は一介天使エンジェルだ。

 「ねぇミク、そろそろ私もあだ名が欲しいんだけど?」

 「あだ名って言ってもねぇ…。そもそもあなたしかそんな呼び方してないじゃないの」

 「だからこそだよ!私達だけ特別みたいで良くない?」

 「そうかしら?おとうさまが与えて下さった真名まなが一番特別じゃない」

 「それは…」

 言葉に詰まる。確かに彼女の言う通りおとうさまが下さった真名は一人一人違うし、あだ名はそれを否定するみたいでちょっと気が引ける。意味は分からないけど、きっと凄い意味があるんだろう。でも、呼びにくいなぁ。

 そうこうしているうちに次々と隣近所の家の扉が開きエンジェルが出てくる。

 「ほら、そんなこと言ってないでさっさと持ち場に行くわよ」

 「あっ、待ってよー!」

 早々と話を切り上げ飛び立たんと翼を大きく広げる彼女に置いて行かれまいと自分も小さな翼を一生懸命に広げた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 自分達の仕事場に着いた彼女らはせっせと他のエンジェル達と一緒に働く。すると担当リーダーのan20k6が近づいて話しかけてきた。

 「やぁ、an82a2。もうここの仕事はお手の物だね!」

 「あっ、カロさん!はい!先輩方のお陰でもうお手の物ですよ!」

 「そうかそうか!そりゃぁ良かった」

 大きな返事で頷く彼女に満足そうな彼は彼女の背中をバンバンと叩く。

 「ってそれよりも!カロさんも私をあだ名で呼んでくれないんですか?」

 「ん?あだ名って…何で?」

 「だって私達一緒に天界を生きる仲間じゃないですか!あだ名は、絆みたいな?カロさんはそういう特別な関係って興味ないんですか?」

 「はぁ…そうかい?誰ってのが分かればそれで良いと思うが」

 「もう、夢がないなぁー」


 ―ドンッ

 彼女の頭に何かが落ちてきた。

 「いった!」

 「ほら、なにan20k6さんを困らせてるのよ!すいません友達が…」

 そう横からミクが作業の手を止めてカロさんへ会釈えしゃくをするのが前髪の隙間から見えた。どうやら私の頭に落ちてきたのはミクの手刀だったようだ。

 「もー!何するのよミクぅ!」

 「あはは!君たちは本当に仲がいいな!」

 「腐れ縁なだけですよ」

 そう言うも、仲がいいと言われ少し照れ臭かったのかミクの声のトーンが高くなった気がする。

 「いやいや、普通は他人の為に頭を下げには来ないよ。みんな自分の事しか考えていないからね」

 「うぅ…」

 痛いところを突かれうなるミクの姿を見れてつい顔がニコニコしてしまう。

 「えへへ、ミクったら私の事大好きなんだから!」

 「な、なに言ってるのかしら!そんなことないからね!?」

 言葉とは裏腹に彼女の頬はどんどんあかくなる。

 「もう照れちゃってぇ」

 「何なのよもう!…あっ、そんなことよりan20k6さん?」

 彼女が自分の話から逸らそうとカロへ話を振る。

 「何で別の持ち場にいた私達をここへ派遣したんですか?ここって力仕事だし、どっちかと言えば男型だんせいのほうが効率いいだろうし…」

 そう、ほとんど能力が無い一介天使エンジェルといえど男型だんせい女型じょせいとでは力に差があるのだ。だからこそ力仕事は男型、事務作業は女型と神が定めていた。

 「まぁふたりは結構力強そうだしね!」

 「「えっ!?」」

 思いがけない言葉に驚き、ミクと声が揃った。

 「そんな理由で私達呼ばれたのですか??」

 「あはははは!噓うそ!冗談だよ!まさか真に受けるとは思わなかったよ」

 「なっ…!?」

 ミクの鋭い眼光がカロを刺す。

 「…少々笑いすぎですよ?」

 「ふふ。いやすまなかった」

 「で、本当の理由は何ですか?」

 「あぁ、まぁ確かに君の言う通り男型にやらせるべき作業なんだけど、、」

 カロは言葉を選んでいるのか少し考えて答えを出す。

 「おやじが亡くなった事で俺たち下位天使以外は全員死んじまって…元々ここの担当してた中位天使たちの埋め合わせでどうしても人数が足りないんだよ」

 「…そう、でしたね」

 神は死んだ。地上との大戦から10年後の年に何の前触れもなく。

 「まぁそもそも俺達にはおやじの声を聴くことも姿形を見ることもできなかったから、亡くなったと言われても正直実感が湧かねぇんだけどな」

 「おとうさまの存在を確認できるのは一部の上位天使様だけですものね」

 「私もおとうさまに会いたかったなー」

 「確かに。だがもう叶わねぇからそんな夢を語るだけ無駄さ。それに今は―」


 ―カーン!カーン!カーン!

 カロの言葉を遮るように突然甲高い鐘の音が天界中に響き渡る。

 「……はぁ、またか」

 「最近多いですよね…」

 「そうね。それじゃさっさと行きましょう」

 「おいお前ら!今やってる作業は中断して準備しろ!」

 カロの声掛けで作業していた天使も一斉に手を止めて飛び立つ。

 「ねぇ、ミク…」

 「……はー、はいはい。仕方ないわね」

 そう言うとミクは私の方へ手を繋ぎやすいように出してきた。やっぱり親友だ。

 「じゃぁ行くわよ?」

 「うん」

 手をしっかりと繋ぎ今朝と同じように羽ばたく。


 ――鐘の音がする方へ

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