第4話 夜明け
朝夕の冷え込みが、季節の変化を伝えてくる。
紋次郎は荒い息を吐きながら、獄のムシロの上でうっすらと目を開いた。
(秋になったか? 少しは米は取れたのか? 皆は冬は越せるだろうか?)
いくら心配しても、それを確かめることができない事を、紋次郎は悟っていた。
指ひとつ動かせず、酷かった体の痛みを今日はもう感じない。
(この薄暗い牢獄の天井が、最後に見る景色か)
紋次郎は静かに目を閉じた。
瞼に浮かぶのは秩父の嶺。
錦のような山河に、黄金色の田。
(体は動かすことはできなくても、泣くことはできるのだな)
二度と戻れぬ故郷を思い、涙が頬を伝った。
(ふるさとよ。俺は何かを残すことができたのだろうか)
感覚が薄れていく紋次郎の耳に……声が聞こえた。
(そうだ。俺たちは自分たちの足で進んだ。不満や苦しみを誰かのせいにして嘆くだけの時代は終わった。俺たちは、何ができるのか問い、行動した。そして、同じ時代を生きている俺たちの声を世の間に響かせたんだ)
紋次郎は、体中が温かいもので包まれ、軽くなるのを感じた。
(……ああ、鬨の声が聴こえる)
幕末最大規模の一揆「武州世直し一揆」は蜂起から鎮圧まで、わずか7日間のうちに関東一円に広がり、十数万人が参加するまでに発展した。
鎮圧後、紋次郎、豊五郎の2人は首謀者として捕らえられ、その年の秋に紋次郎42歳、豊五郎は44歳でいずれも獄中で亡くなった。
10年後
紋次郎、豊五郎の墓を綺麗に磨き終えた男女は、花を供えるとしばらく手を合わせていた。
だいぶ大きくなってきた腹を庇いながらゆっくり立ち上がった女の腰を支え、男は柔らかく微笑みかける。
「行こうか、晶」
清々しい水色の空の下では、たわわに実った黄金色の穂が揺れていた。
黎明の鬨 碧月 葉 @momobeko
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