第3話 鍬を鋤を持ち立ち上がれ
「世直しの為、打ちこわし致し候」
男達は、鍬を、鋤を手に立ち上がった。
村役人を振り切って近くの町へと向かい、要求に応じない店の土蔵、物置を打毀した。
「エイエイオー、エイエイオー」
呆然として座り込む店主の脇で、一揆勢は声を張り上げている。
その中に、鉢巻をして、ノコギリを持った少年の姿を認めた紋次郎は、慌てて駆け寄った。
「おい、冬吉。ここは子供の来る所じゃない。早く家へ帰れ」
肩を掴み、目を見て伝えたが、冬吉はプイと横を向く。
「俺は子供じゃない」
小声言う冬吉に、紋次郎は眉間に皺を寄せる。
「そうだな、悪かった。しかし村には若い奴が少ないから、留守を守って欲しいんだ」
紋次郎は宥めた。
「 俺だって、世の中を変えたいんだ。晶のような女の子が、端金で売られていくような世を終わりにしたいんだ」
そう言った冬吉の眼差しは、確かに一人前の男のもので、紋次郎は次に言おうとした言葉を飲み込んだ。
「分かった。一揆は次第に大きくなっている。……自分の身は自分で守れよ」
溜息ついてそう言った紋次郎に、冬吉は深く頭を垂れた。
紋次郎たちが始めた世直し一揆は、瞬く間に武蔵一帯に広がり、多くの村々の百姓をはじめ、さまざまな階層の生活困窮者がこれに加わった。
膨大な数に膨れ上がった一揆勢は「世直し」の旗印を掲げ、要求に応じない家々を破壊しながら拡大を続けた。
が、遂に幕府が動いた。
幕府陸軍奉行が指揮を執り、軍や農兵による鉄砲隊が加わると、一揆は鎮圧されていった。
紋次郎達も徐々に追い詰められ、散り散りになっていた。
紋次郎と冬吉は建物の影で、幕府軍をやり過ごそうと身を潜めていた。
「俺が合図したら、反対側に走れ」
少しずつ近づく敵の気配に、紋次郎は冬吉に指示した。
冬吉は首を振った。
「俺が始めた事だ。俺が出て行くのが筋だ」
「違うよ、村のみんなで決めた事だろう? それに、こんなことになったのはそもそも幕府のせいっ」
紋次郎は、冬吉の頭をわしゃりとなでた。
「辛いことがあっても、誰かのせいにするんじゃないぞ。生きている限り道はある。自分の力で切り拓け。お前にはやらなきゃな等ねぇ事が沢山ある。村を頼んだ。それにな、お晶を救えるのはお前だけだ。だろう? 行けっ」
久々に見る紋次郎の笑顔は、太陽のように強く温かくて、冬吉は涙が溢れた。
紋次郎に背中を押され、冬吉は反対の通りに駆け出した。
遠くで紋次郎の叫び声と、幕府軍と思われる発砲音が聞こえた。
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