創作AIはビスクドールの夢を見るか見ないか

柴田 恭太朗

序章・終章

「令和の世はAIが小説を書く時代じゃて。そこでわしも三題噺ミキサーを作ってみた」

 博士が助手にドヤ顔をする。

「三題噺って落語の? さっすがですね」

 助手はそつなく褒めておく。一緒に研究をしているのだから、知らないわけがないではないか。茶番と思いつつ、博士の期待通りの返答をし、期待通りの行動をとる。しかも間髪入れず迅速にだ。これが博士との関係を良好に保つコツと理解している。長い助手生活の賜物だ。

「じゃろう? 落語じゃないがな。このミキサーは与えられた三つのテーマを使って小説を創作することができるのじゃ。今回のお題はどれどれ? キンモクセイ、ビスクドール、引き出し、と」

 博士は白いボードに手早くペンで書き込みながら、ガチャコーン、ガチャコンとお題をミキサーに投入していく。

「最新の創作AIって、マン・マシンインターフェイスは意外に大時代的おおじだいてきなんですね」

「そこがわしのこだわりよ。スチームパンクとか大好きでの」

 博士はウインクしてから、床から突き出したスタートレバーを力いっぱい引く。レバーはかつて白ペンキが塗られていたのだろう。今は錆だらけだ。どこかで重たい蒸気機関が唸りだし、ギアの噛み合う音が続く。プシ、ガチ、ガチャン

 AIによる物語がつむがれ始めた……


  ◇


「ひっひっひ。闇鍋パーティへようこそ」

 薄暗い洞窟の中で、魔女が大鍋をかき回していた。

「あれぇ、女子会って話じゃなかった?」

「だよねぇ、私の知ってる女子会となんか違う。なんか騙されたかも」

 集まったのは魔女を含めて四人。女子大生A・B(三題噺ミキサー注・命名モジュール未実装のため仮称で記述)、それに上品な老婦人。確かに女性しかいないけど、これは断じて女子会じゃない。

「さて皆々方。ご存じ闇鍋とは、真っ暗闇の中で行われる食事会。具材に何が入っているかは、お楽しみ。食べられないものもあるかも知れんでな…… ふるまわれた食材は食べきることが条件じゃ。ただし、どうしても食べられないと思ったときは、その具材にまつわるエピソードを皆に披露しなければならない。それがこの闇鍋パーティのおきてじゃよ。ひっひっひ」

「ひっひっひ、ばっかり」

「ボキャ貧かも」

「皆々方よろしいか? ひーひひっひ」

「あれ、リズム変えてきたよ、この魔女ひと。今の笑い方、付点音符あったよね」

「参加者コメントに気を遣ってるのかな、鍋パの主催者として。感心感心。魔女と飲みに行ったらなんか楽しそう。昔はおしゃれな魔女とか、奥様魔女なんて自称してブイブイ言わせた時代があったかも。ナッツつまみながら悩みとか打ち明けあいたいかもー」


 女子大生Aの前にスープ皿が置かれた。

「さあ、どうぞ召し上がれ。ひっひ」

 すでに洞窟の中は明かりが消され、真の闇だったから、正確には皿が置かれたがしたのである。

「何だろうこれ。煮えてない葉っぱみたいな。口の中がゾワゾワする」

 Aはひとさじスープを口に含んでから、そっと吐き出した。誰にも見えてないから気が楽だ。

「食べられないかえ? では、その具材にまつわるエピソードを話すのじゃ」

「わたし、この香り知ってる。あれよあれ! よくトイレに置いてある芳香……」

「キンモクセイじゃい!」

 魔女は語気鋭く女子大生Aの言葉を遮った。プロの闇鍋料理人シェフとしての誇りを何かから守りたかったのだろう。

「キンモクセイのエピソードですかぁ。そういえば小学生の頃、通学路に一軒のお屋敷があって、その庭からキンモクセイの良い香りがしてたわねぇ」

「それから? 何が起こったのじゃ?」

「そんだけ。おしまい」

 あっけらかんとAは言い放った。


「……。ではお次の方は、いかがかの。召し上がれ。ひぃ」

 可哀そうにナイーブな彼女は魔女笑いのバリエーションを気にするあまり、笑い声がひきつるようになっていた。

「なんかガリガリジャギジャギしてるかも。変な味」

「食べられないかえ?」

「ううん、半分食べた」

「でー!! それビスクドールなんですけどー!! 食べちゃったのかえ?」

「まだ半分残ってますよう。半分よりちょっと多く残してますよう」

「そこじゃないんじゃが心配しているのは。丈夫な胃と歯じゃな……まあよろし。ビスクドールに関するエピソードを皆に語るのじゃ」

「わたしもね、中学校の通学路に、それはそれは立派なお屋敷があって、窓際に可愛いビスクドールたちが並べてあったのを覚えてるなぁ。それとね、そのお屋敷の表札が変わってるの。なんて読むのか分からないけど、ヒキデみたいな苗字だった。インシュツだったかも」

「あー、それよそれ! キンモクセイのおうちもインシュツさんだった」

「私たち同じおうちのことを話してたんだね。不思議~」

「あのう……引き出しひきだしです」

 それまで黙って話を聞いていた老婦人が口を開いた。

「え?」

「へ?」

「ひぃ?」

「引いて出すと書いて、ひきだしって読むんです。変わった苗字ですけどね。お嬢さんたちがお話していた家、それ私の家なんですのよ」

 とても上品な語り口だった。

わたくしたちには跡継ぎがおりません。そこで、どなたか私たちのことを記憶していてくださるかたに遺産を残したいと思いまして。今のお二人のお話を伺って、どちらかお一方ひとかたにお譲りしたいと思います」

 シンと静まる一同。

 引出家、いや引出邸は都内の一等地に広大な地所を構える白亜の豪邸。相当な資産家とみえる。

 なぜ引出婦人は一人だけに譲ると言っているのだろう? 話の流れによっては、取返しのつかない凄惨な事件に発展するやもしれない。


 張り詰めた緊張の静寂しじまを破ったのは女子大生Aだった。

「でね。さっきの魔女飲みの件だけどさ。誰誘う?」

「魔女とあたしら二人でいいじゃん。初回は」

「あのう、どちらか遺産に興味ありませんか? 土地付き庭付き一戸建て。駅からたったの徒歩5分。今ならもれなくキンモクセイついてます。魔女さんも仲立ちしてくださいまし」

「わしは闇鍋専門での。あいにく弁護士業務は請け負ってないのじゃよ。ひぃ」

「何着て行こうかな……そうだハロウィーンの衣装とかどう? で、プチ魔女パ」

「魔女パ! ワクワクするかもー」


あのう、キンモクセイとビスクドールでお馴染みの引出ひきだしですが、お話聞いてもらえます? ひひーひひっひ闇鍋じゃ 去年行った麻布の店はどう? 小料理屋? いいね一品料理がおいしかったとこ ジュモーのスーパーレアなビスクドールもお譲りしますけど。総資産は三十億ありますのよ 闇鍋 魔女さん東京タワー見たことある? ヘイ闇鍋 ほうきに乗ってライトアップした東京タワーの周りを飛んでほしいわぁ それ素敵! ホウ鍋鍋 あなたたちがもらってくれないと困るんです。まるっと三十億 ハッ闇鍋……


  ◇


「博士! 博士! 地の文とカギカッコと改行が消えました! どれが誰の発言やら…… 魔女にいたっては会話のおじゃましかしません。地の文がなくて分かりにくいけど魔女のヤツ、手を叩きながら踊ってますよ。これ絶対」

「大丈夫。読者はそのヘン気を利かせて読み飛ばしてくれるから。ほれ例の夢野久作は『ドグラ・マグラ』のチャカポコ部分な、さすがの君もチャカポコは読み飛ばしたじゃろ? ん?」

「あぁ~あ、なるほど納得です。でもどうしてこんな事態に?」

 助手は、三題噺ミキサーの内部を覗き込んでいた博士に詰め寄った。

「やはりな。前回流したお題『他人ひとの話を聞かないヤツ』がミキサーの中でひっかかっておる。いかん、三題噺ミキサーにテーマを四題インプットしてしまったぞ、このままではオーバーヒートしてしまう。原子炉がもたん。助手クン、緊急停止スクラムレバーを引きたまえ! そっちの赤い方は自爆レバー、決して触ったらいかんぞ」

 長年の助手生活で鍛えられた彼の反射神経は、野生動物のように俊敏で従順だった。

――緊急停止スクラムレバーを引く。そっちの赤い方。

 そこまで聞いた彼は両手に力をこめ、ためらいなく自爆レバーを引いた。


ちゅ、どおおおおおおおん


 絵に描いたような優等生的キノコ雲とともに、すべてが塵芥となってキラキラと宙を舞った。


  ***


 自爆ボタンが誤って操作される確率は、事態の緊迫度に正比例する。かもね。

  ――――エドワード・Z・マーフィー・ジュニア

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創作AIはビスクドールの夢を見るか見ないか 柴田 恭太朗 @sofia_2020

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