#3 木くらげ

その少女は山のことに詳しいようで、食べられる木の実や景色の良い高台、更には猪が使っている獣道の事なんかも教えてくれた。幼少の僕は感動に眼を輝かせ、少女の話を熱心に聞いていた。

やがて彼女はこう言った。

「木くらげって知ってる?木みたいに地面から生えた、大きなクラゲがいるのよ。」

騙されないぞ。と僕はすぐに思った。キクラゲが本当は何なのか、当時の僕は既に知っていたのだ。

キクラゲは木に生える茶色いキノコである事を僕が得意気に訂正すると、彼女は笑って、そのキクラゲとは別に木のようなクラゲがいるのだと言った。

木のように大きなクラゲが山にいるはずがない。と僕は彼女の言う事を信じなかったが、彼女も決して引かなかったので、遂には二人で実際にその“木くらげ”を見に行くことになった。

数十分、山を歩いた。

帰り道のことを考えてふと不安になっていた時、ついたよ、と少女が言った。

顔を上げると、薄水色の大木があった。

山にあるどの木よりも大きく、そして太い。

幹や枝はカリフラワーの白い茎の部分を薄水色のゼリーで覆ったような外見で、そのゼリーが葉や蔦を形作っていた。特徴的なのはその蔦で、髪の毛くらいの細さの蔦が枝葉のある高いところから地面すれすれまで伸びて揺れているのだった。その様相はまさしくクラゲで、しかし幹があって山に生えているそれはまさしく“木クラゲ”だった。

僕は呆けた様子でそれを眺めていた。

ほらね。あったでしょ。と、少女は得意げだった。

しばらく眺めていると、蔦の所々に黒いものが点々と引っかかっている事に気が付いた。なんだろう、と眼を凝らしていると、とつぜん風が吹いて少女の被っていた帽子が吹き飛ばされる。

少女は咄嗟に帽子を捕まえようと手を伸ばす。

少女は帽子を捕まえて、



二、三度、電気が流れたように痙攣すると、倒れたきり動かなくなった。


伸ばした腕には、あの薄水色の蔦が絡まっていた。

彼女の目はどこも見ていなかった。

また風が吹いて、揺れる蔦が少女に絡みつく。

思い出していたのは、いつだったかテレビで見たクラゲの映像。クラゲが小さな魚を捕まえる時の様子。

一瞬前まで元気に泳いでいた魚が、クラゲの触手に触れた途端びくっと震えて、それきり疲れたかのように動かなくなってしまう。あの時の魚の目と、少女の目が重なる。

確か魚はあの後、ゆっくり傘の部分まで引き上げられて_____ 。


上を見る。さっき見ていた黒いものは何なのか。

また風が吹いて、“触手”が揺れる。

全身に鳥肌が立ち、来た道を全力で駆け戻る。少し離れれば何も危険は無いはずなのに、一秒でも早く家に帰りたくて堪らなかった。何度も転びながら山を駆け降りて、やっと家に辿り着く。その後のことはよく覚えていない。少女の事やクラゲの事は全て話したらしいのだが、この村の近くにそのような少女は住んでいないし、大木のようなクラゲの事など村の誰も知らないという。しかし只事ではない僕の様子を見て何人かの大人が捜索のため山に入ったらしいが、結局何も見つけられずに帰ってきて、それきり何もしていないそうだ。


それ以来、あの山には入っていない。

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おはなし・ひとくち(たぶん) 亥洟 スミカ @ino_s3ca

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