#2 悪魔友達

私には友達がいない。


それは目の前の彼女も例外ではなく、私が彼女と話したのは数時間前の昼休みが初めてだ。

いきなり話しかけられた私が上手く話せるはずもなく、半ば圧倒される形で放課後に話すことを了承し、そして今に至る。


「でさ、」

からん、と音を立ててグラスに積みあがった氷が崩れ、ストローが揺れる。目の前の二人掛けのテーブルにはアイスコーヒーが二つ、汗をかいて並んでいた。

「あんた、アクマバライ?ってやつ、やってんでしょ?」

私は頷いて、小さな声でうん、と返す。あまり大声でアクマがどうとか言わないで欲しかった。

高校生にもなってアクマだってさ、的な周りの視線が想像できてそれだけで痛い。どこが痛いかっていうと皮膚より外側にあるパーソナルな領域みたいなやつが痛い。

しかし、こちとら大真面目なのだ。私の家系は本当に悪魔祓い。そして私も見習いとは言いつつも確かに悪魔祓いをやっていて、今目の前でストローをちゅーちゅーやりながら上目遣いでこっちを見ている彼女はただ高校で同じクラスというだけのナントカさん。名前が分からないのは私がクラスメイトと碌に関わっていないからで、それは現在私に友達がいない理由に直結する。

「これなんだけど。」

そう言って彼女はスマホの画面を私の方に向ける。

そこには、変な模様が刻まれた石の写真が映っていた。

「ウチの庭にあったの。なんだと思う?」と彼女が聞いてくる。

十中八九、悪魔のものだろう。小さい頃、父の仕事に付いて行った時に似たようなやつを見たことがあった。詳しいことは思い出せないけれど、とにかく悪魔に関するものだったことは確かだ。

「見たことある。多分、悪魔のやつだと思う。」

「やっぱり!?…ねえ、今からウチ来てくんない?」

今日は最初からそのつもりだった。だって暇だし。

…クラスの子に話しかけられて、更には頼りにされちゃってつい嬉しくなっちゃったとかでは断じて無い。と思う。

「分かった。これ飲んだら行こうか。」

「まじ!?ありがとぉー大好き!!私、夢沢あかり!よろしくね!!」


…撤回しよう。私は今、友達ができたことをとても喜んでいる。



「ついたよ」とアカリが家の前で立ち止まる。

アカリの家は駅前から少し離れた、小さな山の麓にあった。

ここに来る途中、「友達なんだからさ、アカリって呼んでよ。」なんて言われたものだから私のテンションは中々の上昇具合を見せていた。表情には出さないけど。

空は既に暗くなり始めていたので、今日は悪魔祓いだけさっさと済ませて帰ることにした。お喋りは明日から、学校に行けば好きなだけできるのだ。

悪魔の呪いを破るのに例の石に触ったりする必要はなくて、私はただアカリの家の前で目を瞑る。

コツは脳みその真ん中あたりに第三の目みたいなのを想像すること。それからむむむ、と念じるとアカリの家を空から見下ろしたようなイメージが湧いてくる。そこまできたら後はえい、と頑張るだけ。えい。


ぱき、と音がして、見に行くと例の石が真っ二つに割れていた。

その後はアカリに散々感謝されてから明日学校でね、と別れて、私はウキウキで家に帰った。



その日は珍しく両親の帰りが遅く、そして夕食が少しだけ豪華だった。

私は何となく、父に理由を聞いてみることにした。

「何か良いことでもあったの」

「祝勝会みたいなものだよ。この辺で一番大きい悪魔の一件が片付いたんだ。張られていた結界が強固でね。この辺りの悪魔祓いでは誰も手出しできなかったんだが、どこかの誰かが破ってくれたみたいだ。あの結界が破れるなんて、すごい悪魔祓いもいたもんだなあ。」


──頭の中で、ぱき、と音がした。

小さいころの記憶が、父の声が、鮮明に蘇る。

「これは悪魔の結界と言ってね、悪魔が自分たちの住処を守るためにおまじないをするんだ。これがあると手出しできないから、私たち悪魔祓いはまずこれを破るんだよ。」

「おまえも立派な悪魔祓いになるんだぞ。」

そう言って父が幼い私に見せた石と、ついさっき見た石が、頭の中で完璧に重なった。


「お父さん、その、結界って、どこにあったの。」

「え?あぁ、駅前から少し行ったところの、山の麓の家───


そこから先はよく覚えていない。両親の前では必死に平静を装ったから、その日は何事もなく終わったのだろう。

次の日、学校に彼女は現れなかった。

交換したばかりのメッセージアプリには「よろしくね!」と「よろしく。」の二つのフキダシだけが並んでいる。私の送った緑色の「よろしく。」に、既読はついていない。

彼女はたぶん、何も知らなかったのだと思う。人間社会に溶け込むために、大人になるまではただの人間として育てられる悪魔も多いそうだ。

そして私も、何も知らなかった。

例の結界を破ったすごい悪魔祓いの正体が私であることは、父には言えなかった。

褒められてしまったらもう生きては行けない気がした。



私には友達がいない。

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