おはなし・ひとくち(たぶん)

亥洟 スミカ

#1 はたけ そうめん なつやすみ


「素麺は野菜だわ。だって畑に生えてるもの。」


彼女は唐突に現れて、唐突にそう言った。

突っ込み所が多すぎた。

素麺は野菜ではないし、畑に生えてもいない。ついでに言えば畑に生えているからといってそれが野菜だとも限らない。

一体どこから突っ込めば良いのか分からなかったが、彼女に対して僕が何も言えなかったのは何よりそこに人がいたことに吃驚したからだった。

白いワンピースに、リボンのついた麦わら帽子。夏の田舎が良く似合ってはいたが、この村に同い年くらいの女の子がいるなんて聞いたことはない。

僕が何も言えずにいると、彼女はくるりと横を向いた。白いスカートがひらり、と回り太陽の光を辺りに撒き散らす。彼女は畝から伸びる緑色の葉を掴むと、そのまま躊躇いなく引っ張り上げた。

土から引き抜くような力みもなく、ただ落ちたものを拾うかのような気軽さで引き上げられたその葉の根元、たった今まで土の中に隠れていた部分がするすると地上に引き出されていく。

ガラスの器がよく似合う、涼しげな素麺の姿が、そこにはあった。

「え、何、してんの。」

ようやく声を出す。

しかし彼女はそんな僕を無視して畑の隅にある小川へと歩いていく。今度は一体何をするのかと思えば、彼女はそのまま手に持った素麺を小川にざぼ、と浸して洗い始めた。

数秒して彼女が持ち上げた素麺は、茶色く濡れていた。

「やっぱり、素麺にはめんつゆがなくちゃね。」

呆気に取られる僕を尻目に、彼女はその採れたて素麺をあっという間に平らげた。

「君は食べないの?」

彼女に言われ、足元の草を見る。素麺の部分を食べ終えた彼女の手の中にある物と同じ形の葉。瑞々しく夏を謳歌するその葉を、訳も分からないまま掴んで引っ張り上げる。手応えは殆ど無かったが、彼女が持っていたものと同じものが手の中にはあった。小川へ歩いて行き、素麺を洗う。流れる水は冷たく、そして濃い茶色だった。

どれくらい洗えば良いだろうか。彼女に聞いてみようと後ろを振り返る。

「ねえ。これってどのくらい___ 」


彼女はどこにもいなかった。

いつの間にか空は薄暗く、うるさかった蝉の声も寂しげなヒグラシに変わっていた。

ご飯だよー、と呼ぶ声がして、遠くから祖母が歩いてくるのが見えた。

近づいてきた祖母が「畑の手伝いかい。ありがとねえ」と言って、「さ、帰ろっか」と歩き出す。

「ねえ。おばあちゃん。」

素麺、畑で作ってるの。と聞こうとして、もう一度手に持っている物を見る。


水でびしょびしょに濡れた、根の長い雑草が握られていた。

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