第20話 少女ふたり
カスピアが、七年前にセレイラと生き別れた『ウル』その人だった。
それを知ってからというもの、チームの三人はお祭り騒ぎだった。ドラセナは革命軍やミストラルの将来に胸を躍らせ、エミリアとアローシャはパーティーを開くと言って聞かなかった。
二人がその準備に明け暮れている間、少女ふたりにドラセナを交えた三人が夜のバルコニーに集っていた。
「で……ウルってのは、カスピアの仮の名前なんだな?」
ドラセナの問いかけに、カスピアは頷いた。
「うん、そうなの。わたしの本名はカスピア・ウルナウト。モスクワにいるときは、自分の素性がバレないようにしてたってだけ」
カスピアの両親は、タタール人の一派、ウルナウト氏族を統率する王族だった。彼女の話によれば、はるか中央アジア、アラル海のほとりに故郷を持つらしい。
「じゃあ、お前も偽名か?そのルフィナって名前も」
ドラセナがなんのけなしに尋ねると、セレイラは一息おいてから答えた。
「違う。ルフィナの方が、セレイラの本当の名前だ」
彼女はドラセナと出会って七年目にして、初めてそのことを口にした。
彼は仰天した。
「えっ、そうなの!?セレイラって本名じゃなかったの?」
「ああ。本当は知られたくなかったんだが……この際、隠しておく意味もなくなった」
彼女は自分の素性を誰にも明かしていない。
長い間ともに過ごしているチームのメンバーでさえ、知っているのはセレイラという呼び名と年齢、没落貴族の出身であることぐらいだ。仕事柄、素性の知れない者がミストラルの一員となるのは難しい。しかしドラセナは、信頼できる人間であれば、その背景を明かせない人物であっても仲間に入れてくれる。実際に、セレイラはアローシャの生い立ちも全く知らなかった。
「わたしにとっては、ルフィナの名前の方がしっくりくる」
カスピアが言った。二人はさもありなん、というふうに頷いた。
「俺はどっちで呼べばいいんだ?セレイラ、お前はどう呼ばれたい?」
「セレイラ。私はセレイラだ」
彼女はきっぱりとそう言った。
カスピアは、なぜかがっかりしたように肩をすくめた。
セレイラには、それの意味するものが分からなかった。
「王様の娘とシュラフタの娘が、俺のチームにはいるってわけか。運命ってのは、粋なことをするもんだな」
「そういうあんたはどうなんだ?」
セレイラが水を向けると、ドラセナはにんまりと笑った。
「俺はただの平民の出さ。親の片方はアジアの生まれだしな」
彼の浅黒い肌は、夜空の下でいっそう暗く見えた。ドラセナは意地の悪い笑顔をセレイラに向けた。その表情は、悪戯小僧そのものだった。
「それにしてもだ。全くお前ときたら、またとんでもない爆弾を持って帰ってきやがったな。しかも今度は二つ、サプライズ付きだ」
彼がそう冷やかすと、カスピアもつられて笑い出した。
セレイラは膨れっ面で言った。
「ふん。私だって、好きこのんでトラブルに首を突っ込んでいるわけじゃない。問題は私じゃなくて、むしろカスピアにある」
「え、わたし?」
突然の指名に泡を食うカスピアに、セレイラはすまし顔で言い放った。
「前にも言っただろ。あんたといると、私は碌な目に遭わない」
「これは心外な!フロル機構を励起させてまで助けてあげたのに!」
カスピアは身を乗り出した。ドラセナは笑い転げた。
「まあいいさ。『一月派』については、また後で対応策を考えるとしよう。今はそれよりも、お前たちの再会を祝うべきだ」
セレイラは保安局の動向やイラリオンのことについて、知りたい気持ちで山々だった。が、とりあえずは彼の言うとおり、そのようなことは考えないようにした。
「あんたが言っていた一月派の意味が、ようやく分かったよ。一月の誕生石はガーネット。ミハイロフ王国のシンボルストーンだ」
「ご名答」
彼女の推理に、ドラセナは満足げに頷いた。
セレイラはカスピアに顔を向けた。
「それで、あんたはどうなんだ?元気そうに見えるけど……容体は?」
大丈夫だと言いかけるカスピアよりも早く、ドラセナは愉快そうな目をした。
「お、心配なのか?この間は『様子がおかしければ殺す』なんて言ってたようだけど」
「それはカスピアがウルだと知らなかった時の話だ」
セレイラはきまり悪そうにそう返すと、含み笑いを浮かべるカスピアに言った。
「それに、あんたはルブリンで私に借りがあるだろ。約束の場所にいなかった分と、馬を一頭しか用意しなかった分だ。死なれたら、それを返して貰えなくなる」
「ふーん。で、本当は?」
ドラセナが見透かしたような笑みを浮かべる。
「そうそう。ほんとのことを教えてよ。確かに借りは返すつもりだけどさ」
カスピアにも追い詰められ、彼女は死地に立たされたような気分だった。二人から目を逸らすと、もじもじしながら言った。言い逃れはできないと悟った。
「疑ったこと……あやまりたい。あれは私が愚かだった」
「はい、よくできました」
二人は顔を見合わせて笑った。
セレイラは恨みがましい視線を彼らに送る。
「まったく……こんな仕打ちを受けるぐらいなら、もう一発撃たれた方がマシだ」
「もう、意地張っちゃって。でも無駄だよ。わたしのことが心配で夜通し看病してくれたって、ドラセナから聞いちゃったもん。ありがとね、ルフィナ」
「ち、違う! ……いっ、いや、違くないけど違うの!」
セレイラは慌てふためいて叫んだ。
顔がかっと熱くなるのが、自分でも分かった。
「うわ、分かりやすっ。耳まで真っ赤じゃねえか。お前もそんな顔するんだな」
「そうそう。ルフィナは可愛いのだ」
二人に冷やかされ、彼女は穴があったら入りたい気分だった。もはややけくそだった。
「ああもう、私だって本当は嬉しいんだよ! こんなところでお上品に喋ってないで、世界中旅行して、朝まで遊び明かして、二人で同じベッドで寝てやるんだから! 覚悟しときなさいよね! あと、このことは他言無用だぞ。さもなくば撃つ! 本気だからな!」
有明のプロメーテウス 水色鉛筆 @atp0210
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