現代的な「ミステリ」ではない「探偵小説」

殺戮オランウータンのVS大賞受賞作ということで読ませていただきました。

「VS大賞」受賞作ということで、かのシャーロック・ホームズがバリツでオランウータンで戦ったように(ホームズに対する熱い風評被害)、日本を代表する名探偵である金田一耕助が軍隊仕込みの体術で血で血を洗う戦いをする話かな? と思っていましたが、そのような話ではありませんでした。

一方で、この作品が現代的な「ミステリ」を期待して読む作品かというと、そのような作品でもありません。したがって私は敢えて敬意を込めてこの作品を「探偵小説」として評価したいです。

戦前、戦中にかけての時代、本邦における探偵小説は、現代のミステリとはだいぶ趣きの異なるジャンル小説でした。それは現代でいうミステリのみならず、ホラーやSFなどの近接ジャンルや犯罪実話、または都市伝説めいた「奇談」なども含めた、より範囲の広いジャンルでした。

たとえば日本SFの始祖とされる海野十三の作品群はSF的なトリックが多く使われていましたし、夢野久作の名作「ドグラマグラ」も、現代の読者が読めばこれのどこがミステリなのか、という印象をもつでしょう。

江戸川乱歩や、金田一耕助の生みの親である横溝正史にもそういった作品は存在します。

この作品は、そうしたまだ「ミステリ」として洗練される前の懐かしい「探偵小説」の匂いを強く残した作品です。探偵小説の時代、探偵小説の舞台だからこそ許される物語の魅力を楽しむことができました。