第34話 最終話 墓守


 その数日後、彼等との別れの日がやって来た。

 船乗り場には真っ黒い船が現れ、多くの物品が運び込まれていく。

 そして船の周りには、これまた多くの人々が集まっていた。

 まぁ、それも当然だろう。

 王族を送り出す場なのだから。

 とはいえ、些か一般人やウォーカーが多すぎる気がしないでもないが。


 「また長い船旅になるであろうが、無事を祈っておるよ」


 兵に囲まれる中、ウチの王様が両国の女王と握手を交わす。

 本来なら、これで終わる筈の光景。

 このまま綺麗に別れて、去っていく船を見送るのが俺達の様な一般人の役目。

 何てことを思っていれば。


 「あぁ~その、そんなに長くないんですよね、船旅。ウチの国の匠が……船も改造しちゃいまして」


 「なに!? 前よりももっと早いのか!? ちょっと儂も船に乗って、この身で体感しなければ――」


 「王様いけません! お止めください!」


 アロハ爺が乗組員と共に乗船しようと暴れまわり、兵士達が取り押さえる。

 その光景を見て、両国のトップは静かに笑う。

 いや、普通にあり得ないだろ。

 もう少し普通に別れを交わす事は出来ないのか、この国は王様は。


 「相変らずですねぇ、ウチの王様は」


 「コレで良いのか……」


 ユーゴの立場もあり、一般人よりもずっと近い位置で見送りを許された俺達は、ただただ呆れた視線を向ける他なかった。

 これは酷い。

 見送りくらい、もう少し年相応に大人しく出来ないのかと思ってしまったのは俺だけじゃなかった筈だ。

 爺達がそんな事をやっていれば、その間にこちらへとやってくる“悪食”達。

 そして俺達の目の前で並んでみれば……非常に威圧感がある。

 まるで黒い壁だ。

 こんなのに囲まれたら、敵意が無くても慌ててしまうかもしれない。

 今だからこそ、もう慣れたと言える訳だが。


 「お疲れさん、楽しかったぜ」


 「俺らは暴れ回ってただけだもんなぁ、おっつかれい」


 「“守人”の皆が頑張ってくれたんだよね。お疲れ様、若いのに凄いね」


 そんな言葉を紡ぎながら、彼等は随分と緩い気配を放ってくる。

 兜を被っているから直接表情は見えないが、多分微笑んでいるのだろう。

 全く、最後まで良く分からない連中だった。


 「俺達は仕事をしただけだ」


 フンッと鼻を鳴らしながら、担いだシャベルで肩を叩いてみれば。


 「おぉ、これは将来有望ですね。こんなに若くして自信たっぷりとは」


 「中さん、アレは厨二病。不治の病」


 前に話しかけて来た燕尾服の男、ナカジマが声を上げれば、すぐさまシロが釘を刺す。

 言葉の意味は分からないが、何故だろう。

 イラッと来た。


 「直接皆の戦闘が見られなかったのは残念だなぁ」


 「“上”から見ていましたけど、中々良い動きでしたよ? 今後に期待、と言う所ですね」


 そんな事を呟くサイドテールの女性に、時計塔の上から魔法を放ってきた魔女。

 今後に期待、と来たか。

 つまり彼女から見て、俺達はまだまだだという事。

 本当に、世界は広い。


 「緊急依頼だったのに、付き合ってくれてありがとう。頼もしい仲間に出合えて心強かったよ、“守人”の皆。お陰で姫様から離れずに済んだ」


 そう良いって笑う、口元までマフラーで隠した黒髪の女性。

 なんだろうな、こんな事を英雄達に言う台詞では無いのかもしれないが。


 「よく笑う奴等ばかりだな、“悪食”は」


 英雄、他国の王族の護衛。

 そして全員が黒い鎧。

 そんな御大層な言葉ばかりが並んでいるというのに、記憶に残っている彼等“悪食”は。

 いつだって笑っていた気がするのだ。


 「それが私達だから、ですかね。皆さんお元気で、風邪などひかない様にして下さいね?」


 「ハハッ、南さん。まるでお姉さんですね」


 「これでも大人と認められる年齢にはなりましたからね、“悪食ルール”でもお酒を飲む事を許されましたし」


 ユーゴの言葉に、ミナミと呼ばれた猫人族が微笑みを浮かべながら胸を張る。

 長い髪を風に揺らしながらこちらに微笑みかける彼女は、確かに“姉”の様に思える存在感を放っていた。

 それでも、俺達より小さいが。

 そして。


 「私からも、少しだけ言葉を残して置きましょうか」


 いつの間にか、彼等の隣にかの王女様が並んでいた。

 あまりにも気配が薄く、声を掛けられるまで気づく事が出来ない程。

 ギョッとしながらも、表には出さない様に表情筋に力を入れていれば。


 「英雄を目指す少年は幾多の苦労を乗り越え、やがて英雄と呼ばれる。しかし、それは借り物の偉業、借り物の力。だからこそ、英雄は苦悩する。偽りの力で、偽りの自分で成す事柄を自身の栄光としてしまってよいのか、と」


 「えっと……」


 困惑の色を見せるユーゴに対して、彼女は手を差し伸べる。

 その手をそのまま彼の頬に伸ばし、優しく撫でたかと思えば。


 「だから英雄は名乗った、自らは“偽りの英雄”だと。その偉業は、彼にしか成し得ないものだったとしても。それでも英雄は言った、俺は“偽物”だと。しかし」


 微笑みを溢しながら、他国の王は俺の方へと視線を向けた。


 「墓守と呼ばれた“英雄の友人”、彼の存在によって“偽りの英雄”は更に輝く事になる。共に歩いた英雄たちは、皆からこう呼ばれていた。“平和の守人”、と」


 思わず、ゾクリと背筋が冷えた気がした。

 恐怖では無く、興奮でも無く。

 何とも言い難い感情に揺さぶられて、彼女の瞳の奥に映る別の自分自身を見た気がして。

 この人は、一体何を言っているんだ?


 「まぁ、深く考えず仲良くやって下さいという事です」


 ニコッと笑う彼女が背を向けてみれば、悪食達も彼女に続く。

 どうやら、出航の時間が来たようだ。

 そして。


 「悪食、また来いよ! 今度は船並べて狩りでもしようぜ!」


 「森だって探索が終った訳じゃないんだからな! 今度はもうちょっと時間を作れる時に遊びに来い!」


 「ちゃんとクロウに手紙届けなさいよ!? 変な事言ったら承知しないからね!」


 ウォーカー達から、様々な声が上がる。

 それに対して、彼等のリーダーが片手を上げて答えながら船に乗り込んでいく。

 これで、祭りは終わり。

 俺達の国にやって来た他国の王族と、英雄達。

 彼等を見る事が出来ただけでも、幸運だった。

 自分がどれ程小さい世界に生きているのか、知る事が出来た。

 それもユーゴと共に“守人”というパーティを組んだからこそ経験できた、一時の幸運の様なモノだったのだろう。

 俺は、それこそ“ただのウォーカー”だ。

 彼等とは違って裏表のない意味で、普通のウォーカーなのだ。

 だからこそ、本来彼等の様な存在と関われる様な立場にはないし、下手すればいつまでも墓を掘りながら近くの森を歩き回っていたかもしれない。

 その全てが、ここ数か月でガラリと色を変えた。

 ユーゴという新人ウォーカーと、パーティを組んだ事をきっかけに。


 「分からないモノだな」


 「何がですか?」


 「いや、別に」


 「ソレ、そういう所ですよ。良くないです、ちゃんと言葉にしましょう」


 「ユーゴの言う通り、墓守はまだまだ言葉が足りない」


 「私としても、もうちょっと色々お話したいと思う時は結構ありますね」


 仲間達から、随分と険しい視線を向けられてしまった。

 はぁ、とため息を溢しながらも彼等の“黒船”に視線を戻す。

 あまりにも大きく、力強い船。

 アレが、ウォーカーの所有する船だというのだから驚きだ。

 ダリルでさえ、未だに借金だの修理費だのでヒーヒー言っているのに。

 だというのに、彼等は甲板の上からこっちに向かって手を振っている。

 王族や、兵達と一緒に。

 そんな彼等を見上げながら、自らの存在を考えてみた。

 家に捨てられ、ウォーカーとして生きて来た。

 多少名は売れる様になって来たが、それでもまだまだ。

 十五歳から初めて、まだ三年しか経っていないのだ。

 パーティを組み、仲間が出来て、戦術の幅が広がって。

 俺としては、大きく事態が動いた年だった。

 だとしても、だ。

 それはウォーカーであれば普通の事で、そもそも仲間を作るなんて最初の一歩な訳で。

 つまり俺は、やっとスタートラインに立ったわけだ。

 三年も続けて、やっとだ。

 だから、“彼等”との距離があるなんて当たり前。

 見上げていないと、目を凝らさないと見えない程遠くに居る存在が、一時だけ目の前に現れてくれただけなのだ。

 調子に乗るな、胡坐をかくな。

 俺はまだまだ、“ただのウォーカー”なのだから。

 胸を張って“俺達なんてただのウォーカーだ”と名乗れる程には、強くないのだから。


 「目指してみたい場所が、強さが。目標が出来たのかもしれない」


 そう言って、彼等に向かって手を伸ばした。

 遠い、俺が立って居る場所からはずっと遠くに立って居る彼等に向かって。

 すると。

 ちょいちょいっと指で手招きする黒鎧の姿が見えた。

 それはまるで、さっさと来いと言っているかのようで。


 「追い付いてやる、必ず。待っていろよ、悪食」


 ニッと口元を歪めながら、ギリギリと音がする程拳を握りしめた。

 俺は、弱い。

 だからこそ、もっと強くなる必要がある。

 強くなった暁に、俺は。


 「もっともっと、この“世界”を見てみたい。どんな場所に行っても、彼等の様に笑いながら対処出来る様な実力を持って。俺は、様々なモノが見たい。誰かの手を借りるばかりでは無く、自らの力で」


 今まで、生きる事ばかりに集中して来た。

 今日の食事、今日の寝床。

 明日の金と、明日の生き方。

 そんな事ばかり考えて、ずっと生きて来た気がする。

 それでも、夢が出来た。

 本ばかり読んで、世界を知った気になっていた俺に。

 目の前の事ばかり対処した俺に、明日より向こうの希望が湧いてきた。

 明日より明後日、明後日よりその先へ。

 もっと先の数年後には、俺はこうなっていたいという確かな目標が出来た瞬間であった。

 しかしそれは、間違いなく一人では成し得ない。

 だから。


 「ユーゴ、明日からもよろしく頼む。俺は、もっと色々な世界が見たい」


 「はいはい。墓守さんって、結構直情タイプというか……熱血ですよね」


 「そうか?」


 「そうですよ。まぁ俺も人の事言えませんけど」


 そう言いながら、彼はこちらに拳を向けて来た。

 その拳に俺の拳をぶつけてから、改めて“目指す先”を睨んだ。

 遠い、どこまでも遠い。

 だが、諦めない。

 別に英雄になろうとか、ここまで人を集められる存在になってやろうと考えて居る訳ではない。

 それでも、憧れてしまうのだ。

 彼等の、色んな意味での“強さ”に。

 俺もああなりたいと。

 俺もそっち側に立ってみたいと。

 思わずそう思ってしまう光景だった。

 何てことを考えている間にも黒い船は離れていく。

 徐々に遠のく彼等を見送りながら、一つだけ決意を固めた。

 “強くなる”。そして、いつか彼等の元へとコチラから向かおう。

 次に会った時は彼等だって驚く程に、思わず警戒してしまう程に強くなろう。

 やられっぱなしは性に合わない。

 なんて、昔の俺なら考えもしなかっただろうが。


 「俺は、強くなりたい」


 「俺だって同じ気持ちです」


 俺は、日陰者。

 見た目も性格も、呼び名も言動だってそうだ。

 だが、それがどうした。

 彼等は真っ黒な鎧を身に纏い、“悪食”なんて不穏な名前を名乗りながらのし上がったのだ。

 だったら、関係ない。

 全ては実力と、結果次第。

 認めざる負えない成果を上げ続け、認めさせてやれば良い。

 それが現代の英雄であり、強さの証なのだから。

 何度でも言うが、俺は英雄になりたい訳じゃない。

 強さが欲しいだけだ。

 あの姫様が言う通り、俺はユーゴという英雄の影に隠れる存在になるだろう。


 「英雄の友人……か。悪くないな、目立たずに実績だけ残せそうだ」


 「またそうやって表沙汰は俺に押し付けようとする……少しは協力してくださいよ。今回の件だって、墓守さんは脇役とか言われているんですから」


 「実に良い」


 「あぁ、ほんっとうに墓守さんは変わりませんね!」


 そんな言葉を交わしながら、俺達は言葉をぶつけ合った。

 コレが仲間、コレがパーティ。

 どこまでも下らない話をしながら、どうでも良い事で喧嘩しながらも。

 俺達は一緒に生きるのだ。

 明日も明後日も。

 共に肩を並べながら、共に戦いながら。

 一緒に強くなっていく。

 それが、“仲間”というものなのだろう。


 「またユーゴと墓守がジャレあってる」


 「その言葉が些か語弊を生むのでは……」


 「仕方ないね」


 「仕方ないのですか!?」


 やや物申したいお声を頂きながらも、俺達は“英雄達”を見送った。

 新たなる目標を胸に、大きな存在を目に焼き付けて。

 今度は、俺達が彼等を追う番だ。

 今度は、俺達が肩を並べる番なのだ。

 その地点にたどり着いても、俺は英雄の隣に“並んでいるだけ”の存在になりそうだが。

 まぁ、それくらいが丁度良いだろう。

 俺が立つのに、光り輝く場所など勿体ない。

 光があれば陰が生れる。

 彼等の影に立ちながら、俺は彼等の隣に並ぼう。

 “墓守”と呼ばれた俺は、いつだって薄暗い場所がお似合いだ。

 だからまずは。

 英雄ユーゴの隣に、いつまでも墓守オレは立とうと思う。

 多分それが、俺らしい生き方というヤツなのだろうから。

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英雄の隣には、墓守が立っている。 くろぬか @kuronuka

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