第33話 祭り


 「け~~っきょく、あの馬鹿アルバートは知っていて何も報告を上げんかったという事か」


 「最近の評判もあり、ここいらで一気に名誉挽回……なんて馬鹿な事を言っておりましたが。まぁ、アイツの言う事にも頷けます。全てを全て王にご報告していたら、キリがありませんから。それに、本人達だけで片付ける実力もある。むしろ私が事をかき乱してしまった可能性さえあります」


 「一声かけておけばココまで大事にはせんかった。もう少し首輪を付けんと駄目か? あやつは猫みたいに自由奔放じゃ。しかし、ヴァーミリオンの戦士達もよくやってくれた、しっかりと褒美は出すからの」


 「勿体なき御言葉。しかしアルバートにも何かしらの褒美を与えた方がよろしいかと。賊だけではなく、協力者も全て捉える事が出来たのは、間違いなく彼らの調査があったからこそです」


 「ふんっ! アルバートは可愛くない、全く持って可愛くない! どうせなら成果を自慢しに来れば良いモノを!」


 不機嫌そうな王へと報告をしていれば、両サイドからはやけに興味深そうな視線が突き刺さる。

 うら若き姫たちが、紅茶を片手にジッとこちらに視線を向けてくるのだ。

 ここは王宮の一室。

 しかも護衛もなく、席に座っているのは私と王。

 そして他国のトップ二人と来たものだ。

 帰りたい。


 「あの、発言よろしいでしょうか?」


 そう言って、黒いドレスの女王が静かに手を上げた。

 若い、そして美しい。

 とてもじゃないが、一国を率いる代表には思えない。

 馬鹿にしている訳では無く、こんなにもか弱い女性が一国を支えているのかと思うと――。


 「もういっその事、アルバート家に位を引き上げて目の届く範囲に置いてしまった方がよろしいのでは? それだけの実力者、斥候や暗殺部隊、その他諸々。王族としては随分と使いやすそうな存在な気がしますけど」


 やはり一国の王で間違いないらしい。

 間違いなくこの人は強い、報告書でも読んだが改めて実感した。

 可愛らしいのは見た目だけで、思考と言動は王族のソレなのだろう。

 あの歳で暗殺部隊が使いやすいと仰るか。

 そんなことを考えながら冷や汗を流していれば。


 「むしろ羨ましいです、貴族達とこうやってすぐに連携を取れるのは。イージスではそういう所は周りの皆さまが統括してくれているので……私は報告書を眺める程度なんですよね。それに好き勝手する貴族も多くて……こんな風に、いざという時に頼れる関係を私も作っておかないと」


 「シルフィちゃん所は大丈夫じゃろうて。兵達ともウォーカーとも仲が良いんじゃろ? むしろ貴族方面との関りは面倒が増えるぞい? 周りが面倒事を片付けてくれるのなら、それに越したことはないわ。儂らはハンコ押すのが仕事じゃ~って言われるくらい平和なら、それが一番よの」


 ウチの王様、無礼が過ぎるでのあった。

 流石にコレは無い、相手国のトップをちゃん付けで呼ぶとかありえない。

 馬鹿なんだろうか、ウチの王様は。


 「ウチの国にはそもそもウォーカーギルドが無いからなぁ……というか二人共ズルいよ。シルフィの所には“悪食”が居るし、カラド爺さんの所には“守人”っていう英雄の卵でしょ? いーなーいーなー……あ、飯島にもギルド作ってっていうお願い伝えてくれた?」


 「おうともさ。支部長のナタリーちゃんにはしっかりと言っておいたから、次のロングバードを飛ばす時期には本部にも連絡がいくじゃろうて」


 もう、訳が分からない。

 王族って、こんなに軽い雰囲気で会合するモノだっただろうか?

 違うよな? 私の気のせいじゃないよな?

 それに、普通こういう席に私の様なただの貴族は呼ばれないよな?

 今回の報告なら丁度良いから、なんて急に呼び出されたが。

 三国の王が居る部屋で、今回の経緯を語る事になるとは思わなかった。


 「それで、その……こちらは押さえた書類になります。報告書はもちろん、トレヴァーが保管していた書類等。取引相手、金の流れなど。アルバートの不審な金の流れは、合法というか……調査や現場を抑える為の下準備に使った金だったようです。派手に使い過ぎて逆に疑わしく思えてしまった、という所でしょうか」


 「ったく、あの結果主義は。これだけ金を動かしたなら報告の一つでも上げんか、こっちが試されている様で気分が悪いわい」


 ブツブツと呟く王様が書類を受け取ってから、左右に手招きして両国の王にも書類を見せていく。

 いいのか、見せてしまって。

 自国の恥を見せつけているのと同時に、我が国の金の動きなんかも見えてしまう訳だが。

 もはや色んな意味の冷や汗をダラダラ流しながら、どうにか席に腰を下ろして固まっていると。


 「……ココ、一か所知った名前がありますね。奴隷の取引相手のリスト」


 「奇遇だねシルフィ、私も気になっていた所だよ。今度はどんな悪巧みしているのやら」


 両国の女王の気配が、やけに鋭くなっていった。

 テーブルに広がった書類のある一部を指し示す彼女達は、先程まで優雅に紅茶を楽しんでいたレディーだとは思えない程、“敵意”を放っていた。

 恐ろしい。

 二人共随分と若く見えるのに、幾多の戦場を潜り抜けて来た様な気配を放つのだ。

 そして彼女達が指さすその先には。


 「“探究者”、か。なるほどのぉ」


 一言呟いてから、ウチの国の王様までゾッとする気配を放ち始める。

 正直彼らが何を察したのかは検討も付かない。

 考えたくもない。

 なので、出来れば今すぐにでも退室したい。


 「ま、考えても仕方あるまい。どうせ既に逃げておるだろうし。近くの調査はこっちでやっておく、何か分かったら連絡するとしよう。お互いに、の?」


 にこやかに笑う、王が三人。

 あぁもう本当に、今すぐ俺を帰してくれ。


 ――――


 どうしてこうなった。

 その言葉が、一番適切だと思う。

 俺の住処は、周りにろくな建物がない。

 だからこそ、広い。

 広いからこそ、多少騒いだところで近隣の迷惑にならない。

 とはいっても、これは。


 「おら食え食え! 今日は祭りじゃぁ! こっちの王様から海産物を山の様に貰ったからな! 代わりにイージスの旨いモンをたらふく喰わせてやらぁ!」


 王族の護衛で来た筈の黒鎧達、そして何故がウチの国のウォーカー達がお祭りを繰り広げていた。

 俺達が国王の依頼を達成したという事で、そのお祝いらしいが。

 しかし何故ウチでやる必要がある。

 街中はお祭りなのだ。

 なので、そちらへ踏み出せばいくらでも食べ物はある。

 だがしかし、こっちはこっちで完全に違う祭りへと発展しているのであった。


 「墓守さん、食べないんですか?」


 山盛りに肉と野菜を盛り付けたユーゴが、不思議そうな顔で皿をこちらに差し出して来た。

 あぁ、うん。

 食べるけども、何なんだコレは。

 はぁぁとため息を溢しながら、肉を口に運んでみれば。


 「旨いな」


 「王猪、角牛。その他諸々。こっちではあまり見かけない魔獣肉もいっぱいあるみたいですよ?」


 そんな話を聞きながらすぐさま皿を空にして、席を立ってみれば。


 「墓守さん! 凄いじゃないですか! 国王から直々の依頼だなんて!」


 完全に酔っぱらっているであろう受付嬢が、ジョッキ片手に絡んで来た。

 周りにもウォーカー達が多く居るというのに、この姿は見せても良いのだろうか?


 「ごめんなさいね、墓守。この子、お酒が入るといつもこうなのよ」


 そういう支部長も片手にジョッキを持ちながら、俺に絡んでくる受付嬢に呆れた視線を向けている。

 謝るくらいなら、どうにかして欲しいと思うのは俺の我儘なのだろうか?


 「私は信じてましたよ! 墓守さんならいつかきっとやってくれるって! ホラ見て下さい! 他の国じゃ黒い装備なんて珍しくも何ともないんです! あんな真っ黒な装備の人たちが、他国じゃ“英雄”なんですよ!? だったら黒いローブを羽織っている墓守さんが敬遠される必要なんかないじゃないですか!」


 「すまん、俺のローブは本来灰色だ。返り血でだいぶ変色してしまったが」


 「ソレはちゃんと洗ってください」


 「すまん、中々落ちなくなってしまってな」


 酔っ払い受付嬢から冷たい視線を貰いながら、“黒い彼等”の元へと歩みよると。

 そこら中からジョッキを突き出してくるウチの国のウォーカー達。

 誰も彼も陽気に笑みを浮かべ、ニカッと豪快に笑いかけて来る。


 「我らが英雄、“守人”の脇役! 墓守に乾杯!」


 そんなふざけた台詞を吐きながら、どいつもコイツも酒を呷っていた。

 全く、好き勝手言ってくれる。

 とはいえ、悪い気はしないが。


 「脇役の活躍で味わえる酒を十分に堪能すると良い」


 フッと口元を歪ませながら呟いてみれば。


 「だははは! お前もそれくらい言い返す様になったんだな! ならおっちゃんもおススメを教えてやらにゃ!」


 歳の行ったウォーカーが、嬉しそうに肩を組んで来た。

 やはり、こういうのには慣れない。

 何てことを思っていれば。

 中年ウォーカーに連れていかれた先では、ピリピリとした気配が広がっていた。

 敵がいる訳でもなければ、誰かが喧嘩なんぞを始めた訳でもない。

 だというのに、ソレは。

 間違いなく目の前から感じられた。


 「……」


 「「「……」」」


 「今です」


 「「「おぉぉぉ」」」


 なんだろう。

 ミナミと名乗った女性が、物凄く真剣な顔で揚げ物鍋と戦っていた。

 まるで敵でも睨む様にジッと鍋の中を見つめ、「今です」という言葉を残して箸を突っ込んでいる。

 アレは……唐揚げだろうか?

 鍋を睨む彼女の前には行列が出来ていて、今か今かと待っている御様子。

 だというのに何故か他の調理場と違って、やけに皆静かだが。

 そんな光景を、どう捉えたら良いのか困惑しながら眺めていれば。


 「よう、墓守。ちゃんと食ってるか?」


 偉く軽い様子で、悪食のリーダーが急に声を掛けて来た。


 「そっちは良いのか? さっきまで料理をしていた様に見えたが」


 「飽きた、あと疲れた」


 「そうか」


 「おうよ。南ー! 俺らの分も唐揚げ頼むわぁ!」


 そう言って悪食のリーダーが手を振った瞬間、列を成して並んでいた連中を無視してこちらに出来立て唐揚げを運んで来るミナミ。


 「どうぞ、ご主人様方」


 「あ、あのな? まだいっぱい並んでるから、別にその後でも……」


 「どうぞ」


 「サンキュ。よし、墓守。場所を移そう、ココに居るのは非常に危険だ」


 「あ、あぁ」


 そんな訳で、ホカホカと湯気を上げる唐揚げの載った皿を片手に、俺達は走り出した。

 周囲の怨念とも言える視線に耐えながら。


 「アレは……一体なんだ」


 順番を抜かしたからとか、そういうレベルの気配じゃなかった。

 間違いなく、アレは“殺気”。


 「アイツ等は、もう手遅れだ」


 「どういうことだ?」


 「最近の南が作る唐揚げは馬鹿みたいに旨い、あり得ない程旨い。衣はカリカリだし、噛みしめれば旨味を含んだ肉汁が溢れ、プリプリとした食感の鶏肉が腹を満たす」


 「すまない、意味が分からない」


 「静かに並んでいた奴等はもう……唐揚げモンスターだ」


 「お前は何を言っているんだ」


 という訳で俺達は、納屋と呼ばれた我が家へと駆け込むのであった。

 唐揚げモンスターとやらから逃げる為に。

 コレが、他国の英雄か。

 思わず呆れそうになってしまうが、多分逆なのだろう。

 親しみやすいから、皆と距離が近いから。

 それでも、目を見張る程の戦績と実力を持ち合わせているから。

 だからこそ、誰しも笑いながら認めているのだ。


 「これが、最近の英雄の姿か。ユーゴにはこっちの方が似合っているかもな」


 「お前まで馬鹿な事言ってんじゃねぇよ、俺達はそんな柄じゃねぇ。そんな事より、食ってみろよ。フライドチキン、別名は唐揚げ異世界風だ」


 「……異世界風?」


 「……色々あったんだよ」


 よく分からない御言葉を頂きながら、貰って来た唐揚げに齧りついてみれば。


 「え、うま」


 「だろ?」


 思わずウォーカーになりたての頃の様な口調で、感想を述べてしまったのであった。

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