第32話 隣に立つ
「全員、動かないで頂けるかな?」
ユーゴの回復魔法が辺り一面に広がった後、そんな声が響いた。
気怠い視線を向けてみれば、そこには涼しい顔を浮かべた男性が一人。
しかし、周囲には複数の気配が感じられる。
「久しぶりだね、エリック」
「もう、名前は捨てた……」
「その様だね、まさか二つ名を本名として名乗っているとは思わなかったけど」
すぐ近くまで歩いて来た彼に向かって、ユーゴが剣を構えるが。
「少し無謀が過ぎるよ、英雄君? 後衛二人を残して前に飛び出す物じゃない」
そう呟いた頃には、ユーゴの剣は彼の手に握られていた。
驚く様子を見せるユーゴだったが、男は気にした様子も無く剣を投げて返す。
「相変らず、気味の悪い魔法だ」
「それが俺を捨てた理由か」
「まさか、結果さえ残せば……いや、親子の縁を考慮して。結果を残そうと努力さえすれば、もう少し違った道はあったさ」
なんて会話を繰り広げていれば、状況に置いて行かれているユーゴが慌てて声を上げた。
ついでに、投げ返された長剣を構えながら。
「何なんですか貴方は! この人達の仲間ですか!?」
まぁ、本当に急に現れたのだ。
疑われてもおかしくない。
だが、間違いなく“彼等”の敵意はこちらには向いていない。
だとすれば、コイツ等は今回の件に関わっていない……とまでは言わないが。
恐らく“白”ではあるのだろう。
「情報を寄越せ」
「まだ“聞けば何でも答えてくれる”なんて甘えた心を持ち合わせているのかい? だとしたら――」
「言葉を紡ぐことは、大切な事だと教わった」
「……そうかい」
呟いてから、ソイツは俺とユーゴの頭に手を乗せた。
そして。
「初めまして、ユーゴ君。ウチのバカ息子を構ってやってくれて本当にありがとう。私はイズ・アルバートと言ってね、この不出来な“墓守”の父親だ」
この馬鹿は、ニコニコ笑顔でユーゴに自己紹介をし始めたのであった。
なんでこの状況で……とか思ってしまう訳だが。
だがしかし、もう一人状況を読まない奴が居た事を忘れていた。
「墓守さんを家から追い出した人、ですよね」
「あぁ、その通りだ」
思いっ切り敵意を向けるユーゴと、満面の笑みで両手を拡げる親父。
本当に何だこの状況。
身内、なんて今更言ったら怒られるかもしれないが。
そんなのとユーゴが対照的な表情で対面している。
まさかこんな事が起こるとは、流石に想像していなかった。
「動かない方が良いぞ、ユーゴ。それから周りの連中もだ。気配を読め、既に包囲されている」
そう声を上げてみれば、残っていた残党達からも戸惑いの声が上がる。
そして、次の瞬間には。
「お判りいただけたなら全員武器を手放して貰っても良いだろうか? 私は面倒が嫌いでね」
周囲の木々から矢が降って来た。
現在存在する数の相手と同じ分だけ、薄皮を剥ぐほどスレスレの位置に。
いつでも殺せると言わんばかりだ。
俺がかつて生活を送っていた家、アルバート。
別に驚く程位が高い訳じゃない、それでも裕福な家だったと記憶している。
その理由が、コレだ。
斥候ばかりを育てる家系。
もしくは、暗殺者など。
そんな仄暗い生業を専門としているからこそ、“買われ”はするが表沙汰にならない中級貴族。
それが、アルバート。
俺が生まれ育ち、俺の事を捨てた家。
「何故ここまで後手に回った」
「後手に回った訳じゃない。全て“終わった”後に、まとめて捕らえるつもりだったんだよ。その方が手間も被害も少ない上に、金になるからね」
「クソッたれ」
「言う様になったじゃないかエリッ……おっと、墓守だったな」
クスクスと笑う彼に、思いっきりため息を溢したその瞬間。
ユーゴが斬りかかった。
さっきから予想外な事ばかりだ、包囲されているというのに急に斬りかかる奴が居るか。
だからこそ反応が遅れたし、彼の剣を止める事も出来なかった訳だが。
「なかなか、情熱的な友達を持った様だ」
「アンタは! この事態を見て何も思わないのか! 悪党とは言え人が死んで、攫われた子は心に傷を負うんだぞ!」
「君のさっきの魔法がもう少し“本物”に近ければ、蘇生出来たかもしれないのにね。でも私達に任せていた場合、死者はもっと多かった筈だから。お手柄だね、英雄君」
「黙れ!」
そう叫ぶユーゴの剣を、彼は籠手で受け流しながら静かに笑う。
“称号”を使っている時ならまだしも、あまりにも実力差が有る光景だった。
片方は必死に剣を振るい、もう片方は余裕な顔のまま鎧で逸らす。
斥候や暗殺者というのは、証拠を残してはならない。
だからこそ、戦闘では“回避や受け流す事”に特化している。
正確な技術や、情報収集は基礎の基礎。
その上で“生きて帰る”為の訓練を、アルバートでは馬鹿みたいに詰まされるのだ。
生きて帰れなければ情報が持ち帰れないから、挑んだ相手に返り討ちにあうなど話にならないから。
捕まった挙句拷問を受けたり、その場に自らの死体を残すなんて愚の骨頂に他ならないから。
ならば、そもそも捕まらない技術を体に叩きこめ。
そう、何度も教わって来た。
当時の俺はまるっきり駄目だったが。
「あぁそうそう、エリック」
「墓守だ」
未だユーゴの剣を受け流している彼が、にこやかな笑みをこちらに向けて来る。
そして。
「帰って来るかい?」
「……は?」
訳の分からない言葉を投げかけて来た。
この人は、何を言っているのだろうか?
俺は、彼に捨てられた筈だ。
アルバートの家に不要だからこそ、追い出された筈だ。
だというのに、今。
何と言った?
「確かに不気味な魔法ではあるけど、あそこまで上手く使いこなせる様になっていたとはねぇ。驚いたよ、最初の頃なんて死んだ飼い猫くらいしか呼び出せなかったのに」
「使えそうだから、戻そうという訳か?」
「それも有る。そしてコレでも私は君の父親だ、心配くらいはしていたさ」
「どの口が……」
「本当だよ? 君を自由にさせたのだって、貴族社会が肌に合わないと思ったからだし。結果として、思う存分自由を謳歌しただろう? そして随分と成長した様だ。それなら、アルバート家に戻っても十分“役に立ってくれる”だろうからね」
世間一般で言えば、貴族に返り咲くチャンス……という事なのだろう。
だが、俺としては。
どうしたって理解出来る範疇を超えていたのだ。
この人は、何を言っているのだろう?
まるで自身が善意を振り撒いているかのような雰囲気で、何故そんな事が言える?
今だからこそこうして普通に生きていく事が出来るが、最初なんて酷いモノだった。
いつ死んでもおかしくない状況の連続だった。
それを、コイツは……。
「ふざ――」
「ふざけるなよ! さっきから聞いてれば、何様のつもりだ!」
俺よりも先に、叫び声を上げる奴が居た。
俺なんかよりもっと、激高している奴が居た。
長剣を構え無し、彼は魔法を行使する。
“英雄の写身”。
自身の限界を超え、自らに負担を掛けながら英雄になりきる。
ユーゴがただ一つだけ行使できる、彼の魔法。
英雄への“切符”ともなり得そうなソレ。
「ほぉ?」
先程とは雰囲気が変わった彼に、今まで攻撃を受け流していただけだった父親も剣を抜いた。
不味い。
腐っても斥候や暗殺者を生み出す家系の現当主なのだ。
いくらでも絡め手を使い、確実に仕留めようとしてくる筈。
そういう相手に対して、ユーゴはあまりにも“真っすぐ過ぎる”。
「ユーゴ! 止めろ!」
「止めませんよ。俺の相棒が、俺達のリーダーが侮辱されているんですから」
そう言ってから、彼は地を蹴った。
アレでは駄目だ、遅すぎる。
間違いなく回避と同時にカウンターを貰ってしまうだろう。
「でやぁぁぁ!」
「威勢が良いのは言葉だけか……あまりにも未熟だな」
ユーゴが振り下ろした長剣を易々と回避した父親が、ため息を溢しながら剣の柄を相手の喉に向かって突き出した。
流石に王族の庇護下にある者を殺すつもりは無かったのだろう。
それでも、あの勢いで攻撃されれば間違いなく喉が潰れる。
死ぬことは無かったとしても、結構な怪我になる筈だ。
だからこそ、俺も踏み込んだ。
間に合わないと分かっていても、父親を止める為に。
だというのに、だ。
「やっと捕まえました」
長剣を手放したユーゴが、ニッと口元を上げながら自身の喉へと迫って来た相手の腕を掴んでいた。
「やれやれ、理解に苦しむな。この一撃を止めたとして、次は? 筋力では私に劣り、武器も手放している。体術が出来るのかな? それともナイフでも隠し持っているのかね? それでも、この腕を振り解いてしまえば……振り解いて……何故動かない?」
ここに来て、初めて焦りの表情を浮かべた父。
今まで片手間に凌いでいた相手からの、予想外の行動。
実力を図れたと確信していたからこそ、彼に捕まれたその腕が外れない事が理解出来ないのだろう。
全く、アイツは。
今度は“誰を”写し取ったのか。
「格闘技は苦手です、それにナイフも何も持っていませんよ。だからこそ、“こう”します!」
ユーゴは、相手の腕を掴んだままその場で足に力を入れ……振り回した。
一瞬見間違いか何かとこの眼を疑ったが、間違いなく文字通り“振り回して”いるのだ。
「……そうはならないだろう」
何かしらの技でも繰り出すのかと思っていた。
以前俺に見せた様な、異常な速度。
あの様な隠し玉でも出して来るのかと思っていた。
だというのに、コレは何だ。
明らかにごり押し、力任せ。
本来ユーゴの腕力ではあり得ないであろうと想像出来る勢いで、相手の事を布切れか何かの様に振り回していた。
「ま、まて! 落ち着いてくれ! コレは一体どういう状況……とりあえず止めてくれ!」
ブンブンと振り回されている状況だというのに、普通に喋れる神経はある意味尊敬に値するかもしれない。
それくらいの速度で振り回され、更には。
「まだ足りませんか! それからもう一つ! 今の俺は“二人”コピーしていますから、潜んでいる取り巻きを動かしたら音で分かりますよ! もしも仲間達に手を出そうモノなら、この勢いのまま地面に叩きつけます!」
「この状態で指示が出せる訳ないだろう!?」
そんな訳で、父親はしばらくの間ユーゴに振り回され続けるのであった。
船旅に出る相手を、見送る側が振り回すハンカチの様な勢いで。
――――
「いやぁ、酷い目にあった……」
結局反応が無くなるまで振り回された父は、地面に伸びたまま部下に介抱される羽目になった。
ソレと同時に、アルバートに仕える者達によって拘束されていく盗賊達。
更には、俺達が来る前に捕らえられていたらしい少女達が積み荷の中からゾロゾロと解放されていく。
何というか、最後で間抜けな空気になってしまった。
それでもまぁ、これで依頼は達成したという事で良いのだろう。
なんて事を考えていれば。
「貴様ら! 何をしている!?」
鎧を着た集団が、ゾロゾロとコチラに向かって歩いて来た。
今更国の兵が動いたのか? とかなんとか呆れたため息を溢していると。
「お父様!」
「レベッカ! 無事か!?」
ウチのサポーターが、先頭の大男に向かって行ってしまった。
兜を被っているので、顔までは分からなかったが。
あの大男、前に声を掛けて来たレベッカの父親だったのか。
しかし、コレはまた。
レベッカの実家まで動いていたとなると、あのアロハジジイは結構な規模の人数を動かしていたらしい。
まさか国中の貴族や騎士まで動かした訳ではあるまいな。
ただでさえ他国の王族を動かしているのだ。
いくら何でも大盤振る舞いが過ぎる気がするが……。
「アルバートォォ! 貴様、今回は何をやらかした! 正直に言え!」
「うわぁ、脳筋が来た……説明はしてあげるから、今は大きな声出さないでくれ……まだフラフラするんだ」
レベッカの父、ヴァーミリオンの当主が父に向かって怒鳴りつけている。
その間も彼の部下が盗賊連中やトレヴァー家の連中を連行し始める訳だが。
「ルナ、この状況を見て何も思わないのか!? 今までの恩を忘れたのか!?」
「ルナ、お願いよ! 助けて! 私達家族でしょう!?」
未だに叫び続ける彼等に、周囲からは冷たい視線が飛び交う。
この状況で、まだ助かろうと考えているのか。
随分と図太い神経を持ち合わせているのか、それとも最後の足掻きのつもりなのか。
正直、聞くに堪えない。
小瓶を一つ取り出して、少しの間眠ってもらおうかと歩みを進めてみれば。
「墓守、平気」
「いいのか?」
「平気」
俺のローブ掴んで、ルーが引き留めて来た。
彼女はそのまま俺を追い抜き、彼等の前まで進んでから。
「今まで、お世話になりました。私をこの歳まで育ててくれた事には、感謝いたします」
そう言って頭を下げるルーに対し、両親はポカンと口を開けたかと思えば。
「そうだ、そうだろう!? だったら、早く我々の無実を――」
「その御恩は、私が売れた時の代金で十分に恩返し出来たかと思われます。だから、私からはお礼だけ申し上げます。もう関わる事もないと思いますが」
それだけ言って、ルーはもう一度頭を下げてから戻って来た。
今まで以上の形相で、今にも食って掛かりそうな勢いの両親たちを残して。
彼女は、俺達の元に帰って来た。
その背後では、トレヴァーの人間が両家によって拘束されているが。
「……いいのか?」
「いい、私はただあの人達から生まれて、売られただけ。それに」
ルーは俯きながら俺のローブの裾を掴み、もう片方の手でユーゴを指さした。
「私には今、新しい家族がいるから」
「そうか」
僅かに震えるその手を掴んで、俺もまた仲間の元へと足を向ける。
多分、言いたい事も多かった事だろう。
彼等の様子を見て、考えた事も数多くあっただろう。
あの時こうしていれば、昔からあぁしていれば。
それら全てを胸の奥にしまい込み、全てを飲み込んだのだ。
だったら、余分な言葉を掛けてやる必要などない。
少なくとも、俺は。
そういうのは、ユーゴの方が得意だ。
「と言う訳で、起きろユーゴ」
「何が“と言う訳で”なのか分かりませんけど、しばらく無理です……流石に称号魔法を連発し過ぎました。最後なんて二人同時にコピーしましたし」
「情けない英雄様も居たモノだな」
「俺は英雄じゃありませんから」
なんて軽口を投げ合いながら、事が終り次第座り込んでしまった相棒をつま先で小突いた。
「それでも、今回救助された令嬢たちにとっては間違いなく“英雄”だろうねぇ。いやぁ、おめでとう。コレで君も立派に一人前だ。ということで、ウチの息子は帰ってくるのかな?」
いつの間にか、背後に父親が立っていた。
薄ら笑いを浮かべながら、演技丸出しの動作で両手を拡げて。
彼の部下からは呆れた視線を向けられているし、ユーゴとルーは冷たい敵意を放っている。
そして背後からは、レベッカの父親が物凄い勢いで走って来ているのが見える訳だが。
まぁ、それでも。
しっかりと答えてやるべきなのだろう、ルーの様に。
これは、家族の問題なのだから。
「悪いな、俺は戻らない。新しい家族と、新しい“居場所”が出来た。それに、俺の事で俺より先に怒り出す暑苦しい相棒もな」
「おや、意外だね。君は人付き合いが昔から苦手だったと思ったんだが。いいのかい? 今回その子は“目立ち過ぎた”、元々目立っていたにも拘らず、だ。そんな彼の隣を歩けば、また行き辛い人生が待っているよ?」
そうかもしれない。
これからもユーゴは強くなるだろう、活躍する事だろう。
その身に宿す称号すら、周りの人間を引きつける。
光り輝く未来が待っているのかもしれない。
それでもだ。
コイツは、俺を相棒に選んでくれた。
「英雄に付きまとう墓守、光と影。もっと言い方を悪くすれば、腰巾着なんて呼ばれるかもしれないな」
「だろう? だったら――」
「だとしても、だよ。俺はコイツ等と共に生きる。何と言われようと、俺は“墓守”のまま
ニッと口元を吊り上げて、愛用のシャベルを肩に担いでみれば。
「驚いた……お前、いつからそんな長文を喋る様になったんだ」
「そこなのか」
「そこだとも」
「そうなのか」
アホな事を呟いていれば、後方から迫って来たヴァーミリオンの当主が父に派手なタックルをかまして取り押さえる。
どうやら事情聴取の途中で此方に抜けて来た様だ。
何やら騒がしく叫びあっているが、こっちはもう放っておいて良いのだろう。
はぁ……と大きなため息を溢してから、道具を使って信号弾を打ち上げる。
事態終了の合図。
これで、俺達の仕事は終わった。
「帰るか」
「うん、帰る」
「すみません墓守さん、肩貸してもらって良いですか?」
最後まで気の抜けた発言を溢す英雄様に肩を貸しながら、俺達は歩き出した。
我が家へと向かって。
「疲れた、今日は肉が食いたい。“アレ”を使うと、どうしても血が足りなくなる」
「焼肉希望、バーベキューコンロで派手に焼いたのが食べたい」
「別に良いですけど。二人共、まさかこの状態の俺に料理全部任せたりしないですよね?」
そのまさかである。
俺とルーでは、肉から炭を作る錬金術が使えるだけだ。
何てことを考えながら、黙って歩を進めていれば。
「お待たせしました! 後の事はウチの人間が引き継いでくれるそうですわ、私達はこのまま帰っても……気のせいでしょうか、既に皆様帰ろうとしていらっしゃるように見えるのですが」
台詞の途中から目尻を吊り上げるレベッカが、俺達の前に立ちふさがった。
すまない、完全に忘れていた。
その後、半泣きになった彼女に説教されたのはまた別のお話。
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