第31話 死霊使い


 コンコンッと、教えてもらった回数とリズムで“穴”を塞いでいる板を叩いてみれば。

 向こうから数名が近寄って来る足音が聞える。

 ここは貧民街。

 金さえ払えば、“独り言”を溢してくれる奴も多い。

 という訳で、目の間の板が退かされた瞬間。


 「シッ!」


 相手の顔面をシャベルで引っ叩いてから首に腕を回し、切っ先を喉元に突きつけた。

 鼻血で偉い事になっているソイツを取り押さえながら、“外”へと視界を向けてみれば。


 「へぇ? 坊主、ウォーカーかい? 若いのに中々良い動きするじゃねぇか」


 まさに山賊と言えそうな恰好の大男が、ニッと口元を吊り上げながら大剣を担いでいた。

 アレがリーダーか? やけに軽そうな雰囲気ではあるが。

 そんなことを考えながら観察していれば。


 「何を、しているのですか」


 後から“穴”を潜ってきたルーが、随分と険しい声を上げた。

 ルナ・トレヴァー。

 彼女は元々そう名乗っていた。

 今では家名も無く、ただのルナになった訳だが。

 数えるのも馬鹿らしくなりそうな数の山賊達、その中に明らかに浮いている恰好の人物が数名。

 彼女の両親であろう二人と、他数名が怯えた表情でこちらに視線を向けていた。


 「何をしているのかと、聞いているのです」


 彼女には似合わない、型式を意識した言葉遣い。

 そして何より怒気を含んだその声を、俺は初めて聞いた気がする。


 「お前が悪いんだ!」


 仕立ての良さそうな服に身を包んだ集団の、先頭に立っていた男が叫んだ。

 どう見ても貴族風で、今でも被害者面をしている様な雰囲気。

 彼は、何を言っているのだろうか。


 「お前がさっさと“あの異世界人”をたらし込んでいれば、こんな事にはならなかった筈なんだ! お前が手っ取り早く既成事実の一つでも作っていれば、今頃は王族に一番近い貴族として返り咲く事が出来たかもしれないのに! お前が愚鈍のせいで、最後まで残っていた葡萄畑まで売り払う結果になったんだぞ! どうしてくれるんだこの親不孝者め!」


 彼は、本当に何を言っているのだろうか。

 顔を真っ赤にしながら叫んでいる訳だが、あまりにも内容が酷い。

 人間関係の事情に疎い俺でもそう思えるのだ。

 他の人間からしたらさぞ滑稽な戯言に聞えた事だろう。


 「“あの異世界人”というのは、俺の事でしょうか?」


 続けて“穴”を抜けたユーゴとレベッカも、随分と険しい顔を浮かべていた。

 逆に相手方の顔色はどんどんと青くなるが。


 「な、何故こんな所にお前が居る!? 王族の庇護下にある筈のお前が! しかも隣にいるのはヴァーミリオンの娘じゃないか! どういうことだ!?」


 「どうもこうもありませんわ、トレヴァー家の皆様。もう貴方達はお終いですよ? 今回の一件に関して、既に国全体が動いていますわ。更に、先日“平和条約”を結んだ両国のトップさえも」


 レベッカの言葉にルナの母親や姉妹は泣き崩れ、父親や兄弟はこちらに向かって鋭い眼差しを向けて来る。

 偉く憎しみの籠った眼差しを向けて来る訳だが……生憎と俺達は恨まれる筋合いなど無い。

 俺だって善人という訳ではないが、自分の尻くらいは自分で拭く。

 これはそういうレベルの憎悪な気がするが、はたして。


 「まだ答えを聞いてないですよ、お父様。何故こんな事をしたのですか?」


 「お前は、何も知らずに! この私に説教でも垂れるつもりか!」


 ルーが再び口を開いたかと思えば、彼の感情が爆発した。

 唾を飛ばしながら、怒鳴り散らしながら。

 とてもじゃないが実の娘にいう言葉ではないだろう、なんて思えてしまう台詞まで吐き散らした。

 そのまま、彼の言葉は続く。


 「この国じゃお前の毛色は受け入れられていたがな! 他所の国では白い髪の子供は病気持ちや呪い持ちなんて呼ばれたりもするんだ! そんなお前でも白金貨数枚の価値が付いた、だったら他所の国でやり直すなら何を売るのが一番金になるか。人だよ! 見てくれの良い少女達一人一人がお前以上の金額になるなら、こんなにも簡単な事はない! ハハッ、見ろ! 売り物の少女の顔さえ見ていないのに、もうこんなにも買い手が居るんだ!」


 そう言って、何かの名簿を見せびらかして来る。

 あぁ、なるほど。

 ルーを俺達が買った事で、金銭感覚が狂ってしまったのか。

 金銭に困っていた所に、子供一人で多くの金額が舞い込んだ。

 だからこそ、今回の件に発展した。

 非常に惨めで、愚かな行為。

 それでも人は、目の前の誘惑を受け入れてしまうものだ。


 「もう、いいか?」


 振り返ってから静かに言葉を紡いでみれば、ルーは小さく頷いた。


 「コレが、この世界。娘一人売り払う程度なら普通。でも、コレは誘拐。違法奴隷収集の現場」


 そう呟きながら、彼女はグッと奥歯を噛みしめてからスカートを握った。

 悔しいのか、悲しいのか。

 それは分からないが、それでも。


 「お願い、墓守。それにユーゴ。お父様達を捕縛して」


 「ルナァァ! その歳まで育ててやった恩義を忘れたのかぁ!?」


 相手が叫ぶ最中、腕に捕らえていた賊を盾にしながら走り出した。

 狙うはルーの両親。

 周りは彼に雇われているだけの存在。

 だったら、大元を捕らえてしまえば最後まで戦う意思を見せる奴も少ない筈。

 なんて、思っていたのだが。


 「あらよっと」


 そんな軽い声と共に、容赦なく大剣を振るう奴がいた。

 思わず腕を放し、その場を飛び退いたまでは良かったのだが。


 「……仲間では無いのか?」


 「仲間だよ? あ~あぁ、どっかの誰かが盾になんかしてくれるから。大事な大事な仲間をぶっ殺しちまった」


 ケタケタと笑う彼が担ぐ大剣には、先程まで俺が捕らえていた賊の臓器がこびり付いていた。

 酷い有様だ。

 血肉は飛び散り、斬られた奴なんて腹を抉り取られながらまだ生きている。

 剣の切れ味が悪いのか、まるで削り取る様に振るわれたその一撃。

 あんなもので抉られれば、痛みは想像を絶するモノだろう。

 一撃で死ねるならまだ良い。

 しかし、生き残ってしまえば。

 殺してくれと言いたくなる程の激痛と、相当高位な回復魔術師でもない限り修復不可能な傷を残す事だろう。

 だというのに。


 「困ったなぁ、こりゃ痛そうだ。俺も仲間は大切にしてるからよぉ、こんな状態でも殺してやる事が出来ねぇ優しい心の持ち主なんだわ。あぁ~困ったなぁ、こりゃ困った」


 なんて台詞を溢しながら、ニタニタと笑う剣士と周りの仲間達。

 泣き真似をしながら、彼の足に縋る負傷者を踏みつけるなんて事までやってのけている。

 あぁ、成程。


 「お前達は、クズだと言う事で間違いなさそうだ」


 そう言ってから、彼の足元に。

 というか、倒れている人間の鼻先に小瓶を投げた。

 周りは慌てて飛び退いたが、倒れている人間だけはそうもいかない。

 目の前に転がった小瓶から溢れる粉を吸い込み、スッと目を閉じていく。

 そして数秒後には、完全に動かなくなった。


 「あらら、随分とお優しい……じゃなかった。よくも俺達の仲間を殺しやがったな? こりゃぁこっちとしてもソレなりのお礼をしてやらなきゃなぁ? この人殺しが」


 「好きにしろ」


 何が面白いのか、ゲタゲタと笑う馬鹿共に向かってシャベルを構えた。

 殺す相手は可能な限り早く、楽に仕留めてやる。

 それが今まで俺が貫いてきた姿勢であり、戦い方。

 惨たらしく痛めつけて殺すなど論外。


 「俺は、今まで何人もの最期を看取って来た。死にきれない奴の首を刎ねた事だってあった。今更ソレを否定するつもりも無ければ、俺達が関わったせいでさっきの奴が死んだ事も否定しない。だから」


 「だから、なんだよ? 坊主」


 「そいつの墓も、俺が作ってやる。だが、お前の墓は作る気にならんな」


 言葉と共に踏み込んでみれば、相手の大将は平然とこちらに合わせて動いて来る。

 間違いなく、“出来る”。

 元はウォーカーか、兵士だったのかと思える程。

 見た目と違って、彼の動きは、剣は。

 どこまでも鋭い上に正確だった。


 「てめぇは葬儀屋か何かか? 若ぇのにつまらねぇ仕事してんだな?」


 「違う、俺は“墓守”だ。墓を作り、死んだ奴等を守り、共に生きるのが仕事だ」


 相手の剣を受け流してから、シャベルを振るってみれば。

 彼の方も余裕を持って回避して見せる。

 その間にも、奴の仲間達がこちらを包囲しているのが視界の端に映っているが。

 このままではジリ貧も良い所だ。


 「墓守さん、こっちは俺に任せて下さい! 何人来ようと、ルナさんとレベッカさんには指一本触れさせません! それに、そっちに邪魔なのを入れない様にしますから!」


 叫ぶユーゴは、長剣を休むことなく振り回し何人もの相手を受け持っていた。

 あの状況で、そんな台詞が吐けるのか。

 全く、コイツは。


 「お前は、間違いなく“英雄”だよ」


 それだけ呟いてから、俺は地面にシャベルを突き刺した。


 「なんだ? 諦めちまったのか?」


 まさか。

 何故“お前如き”に諦める必要がある。

 一対一では対等、もしくは敵わないかもしれない相手。

 だがしかし、それがどうした。

 一人で敵わないのであれば、仲間を“増やせば”良い。

 俺はずっと一人だったが、“独り”じゃない。

 獣を相手にする訳じゃないんだ、こっちにだって”奥の手”くらいある。


 「ユーゴ、先に謝っておく。俺もお前に隠していた事がある、すまなかった」


 「急に何ですか墓守さん!」


 今ではブンブンと二本槍を振り回しているユーゴが、チラチラとコチラに視線を向けてきているのが分かる。

 サポーターの二人も、周囲を警戒しながらこちらを視界に収めている。

 本来なら、人前で使いたいモノではない。

 本来なら、忌み嫌われるモノなのだ。

 だからこそ、いや。

 これさえ使いこなせなかったからこそ、俺は親から捨てられた。

 他に何もない俺が、唯一持っていた“魔術適性”。

 その属性が。


 「コレが、俺が墓を掘り続ける理由。よく見ておけ。称号も無ければ大した技術もないウォーカーが、一人でも生き残れた禁忌のすべ。それが、この魔術だ」


 ――――


 迫り来る山賊達を薙ぎ倒しながらも、必死に墓守さんへと視線を送った。

 彼が何かやらかしそうな気がして、どこか遠くに行ってしまいそうな気がして。

 その予感が、まさに的中してしまった。


 「ふざけんなよ! 相手に“ネクロマンサー”が居るなんて聞いてねぇぞ!」


 叫ぶ敵の大将の周りには、死霊としか言えない見た目の“ナニか”が集まっていた。

 ブンブンと大剣を振り回すが、死霊はソレをスルリと躱していく。

 “ゴースト”。

 魔法や魔剣なら対処出来るらしいが、詳しい事は分かっていないモンスター。

 “向こう側”の知識がある俺からすれば、それは幽霊に纏わりつかれている哀れな子羊に見えて仕方ない。

 いや、“哀れな子羊”と表現するのであれば……それは今まさにそこら中を飛び交っている“カレら”の方なのかもしれないが。

 そして、変化はソレだけに収まらなかった。


 「お前の墓も作ってやる、だから協力しろ」


 墓守さんが呟いた瞬間、目の前に転がっていた筈の死体が動き始めたのだ。

 まるで操り人形の様に立ち上がり、カチカチと奥歯を鳴らしながら。

 周りに居る盗賊達ですら、ポカンと眺めて動きを止めてしまう程の異常な光景。

 そりゃそうだ。

 ついさっきまで仲間だった筈の人間が、死んだはずの人間が。

 今まさに動き出し、自らの大将に牙を向き始めたのだから。

 そして何より、集まって来て居る死霊は人間だけじゃないのだ。

 どう見ても獣、というか魔獣。

 そんなモノまで、相手に向かって突進していく。

 そこにはいつか見た“森鹿”や、“土蛇”の姿も。


 「ざけんな! おい依頼主! こんな仕事、倍以上の金でも貰わない限りは……あがぁぁぁぁ!」


 悲痛な叫びを上げる彼の背後から、死霊が一つ“入り込んだ”。

 その瞬間彼は悶え苦しみ、泣き叫びながら大剣を雑に振り回し始める。


 「痛い痛い痛い! 熱い! 苦しい! 止めろ、止めてくれ!」


 先程の様な“キレ”が無くなった彼の体に、幾つもの霊体が入り込んでいく。

 一体、また一体と交じり合い、彼の悲鳴は大きくなる。

 相手は人攫いグループのリーダーであり、犯罪者。

 だからこそ大義はこちらにある。

 何て事を思いながら奥歯を噛みしめていなければ、今すぐにでも逃げ出したくなるような光景。

 更には。


 「タ、イショウ……」


 先程の“死体”が、彼の元へと到着した。

 到着してしまった。

 もう、嫌な予想しか浮かばないのは俺だけじゃなかった筈だ。

 ルナさんもレベッカさんも顔を真っ青にしているし、周囲に集まっている彼の仲間達だって同じような様子だ。

 但し、だれも助けには動こうとしなかったが。


 「ちがっ、違うんだ……俺は、仕方なく。そうだ、そこの小僧だ。ソイツのせいで、お前ごと攻撃するしかなくて。だから、頼む……許して――」


 その言葉は、最後まで紡がれる事は無かった。

 喰らい付いたのだ、亡者が。

 彼の喉元に向かって、躊躇なく。

 齧り、毟り、喰らっていくその姿はまさに“グール”。

 本当の意味で恐怖を植え付ける様な殺し方で、彼は自らを殺した仲間を喰らう。

 アレは間違いなく、化物だ。

 ついさっきまで、ただの人間だったというのに。

 そしてソレを引き起こしたのが……。


 「墓守、さん……」


 いつだって隣に並んでくれた相棒。

 称号は持っていないと言っていた。

 自分には大した事が出来ないから、小道具を使うのだと言っていた。

 だというのに、コレは何だ。

 この魔法を使う為に、貴方はいつも墓を掘っているのですか?

 死んだその後まで、彼等を使う為に墓標に名を刻むのですか?

 そんな想いと共に、彼に視線を向けてみれば。


 「墓守さん! 今すぐ魔法の行使を止めて下さい!」


 思わず叫ばずにはいられなかった。

 普段から着ている黒いローブが、どんどんと赤黒く染まっていくのだ。

 ポタポタと血液が垂れているのだ。

 それこそ、全身から。

 彼の装備は、肌の見える箇所の方が少ない。

 だとしてもその数少ない“見える”場所に、何故か裂傷が生れていく。

 何もしていないのに、その身を切り刻まれるかのように。

 多分、アレがこの魔術の代償。

 魔力云々ではなく、“血”を対価に、“出血”する事を対価に行使している魔術。

 更に言えば、ずっと流れ続けているのだ。

 血液もそうだが、透明な雫が零れている。

 こちらからではフードに隠れて見えないが、俯いた彼の顔からは止めどなく溢れ出している涙が見える。

 痛いのか、苦しいのか、それとも悲しいのか。

 もしくは、その全てなのか。

 とてもじゃないが見ていられなかった。

 この“魔術”は、墓守さんの全てを傷付けながら発動している。


 「くそっ! 一番慣れてないけど……」


 呟いてから、走り出した。

 周囲に集まった有象無象を両手の槍で叩きだしてから、仲間の元へと。

 基礎の基礎から教えてくれて、俺に出来る仕事はちゃんと任せてくれたその人の元へ。

 いつだって分かりづらくて、不器用で言葉が足りないその人の背中へ。

 両手の槍を投げ出して、飛びつく勢いで彼にしがみ付いた後。


 「聖女様、力を借ります……」


 俺は、全力で“称号”に頼った。

 この称号のせいで、嫌な思いもした。

 人の悪い感情に当てられた事も数多くあった。

 でも、やっぱりこの称号が俺に在って良かったと想えたんだ。

 そして何より、俺に出合ってくれた“英雄達”に心からの感謝を。

 貴方達のお陰で、俺は。

 仲間を守る事も出来るし、助ける事も出来るのだから。


 「“リザレクション”!」


 回復魔法の最高峰。

 普通の人なら行使する事などまず出来ない筈の魔法が、俺には使えるのだから。

 コピーであっても良い、偽物であっても良い。

 仲間を救えるのなら、ソレで良い。

 “英雄の写身”。

 この称号が俺に授けられて、本当に良かった。

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