第2話

 セミファイナルにはなんとか間に合ったが、正直なところ急いで来たのが馬鹿らしくなるくらいにつまらない泥試合であった。


 槍と薙刀で遠くからちょんちょんと突き合っているだけである。これならば武器を捨ててグルグルパンチでもしていたほうがよほどマシだ。


 実力が拮抗しているからこその牽制けんせいのし合いと解釈出来ないこともないが、やはり遠目には腰が引けているようにしか見えなかった。


(これなら俺の死合いがセミファイナルでも良かったじゃないか……)


 ロッキーの前では笑って見せたものの、現在の格付けには少々不満のあるベルトラムであった。


 結局この死合いは時間切れで判定に持ち越された。どちらが勝つにせよ、ここまで恥を晒したなら二度と闘技場には立てないだろう。


 ……などということもなく、数ヶ月ほど行方をくらませて、そのうち名前を変えてひょっこり戻ってくるだろう。観客は昔のことなど覚えてはいない。


 あえて騒ぎ立てたりもしないが、ベルトラムもそうして戻って来た『期待の新人』とやらを何人も知っている。


 観客は両者に死道不覚悟としてセップクを求めたが、そんなものは無視してさっさと撤収してしまった。


 二人とも名声と実力を兼ね備えた選手のはずだった。何が彼らを変えてしまったのだろうか。金か、あるいは政治的な問題が絡んでいるのか。いずれにせよそれは、


(男の戦いを侮辱する行為だ……)


 として、ベルトラムはいきどおりと寂しさを同時に味わっていた。次の死合いもつまらぬものであったら、結果を見ずに帰ってしまおう。


 次に電光掲示板に表示された名は勝率九割を超える闘技場の英雄だ。彼ならば間違いのない、素晴らしい死合いを見せてくれるだろう。砲塔を取り払った戦車にアサルトの上半身を乗せたようなものを人型兵器と呼んでよいものかどうかは疑問が残る所ではあるが。


 英雄の機体、クグツ992が姿を現すと会場は歓声に包まれた。


「やれ、ぶっ殺せ!」


 などと物騒な声がかかるあたり、誰もがフラストレーションを抱えていたらしい。


 次に対戦相手の名が表示されると、会場は何とも言えぬ微妙な空気が漂った。


 パイロット名、セルバンテス。

 機体名、ロシナンテR47。


(いや、誰だよ……)


 まったく無名の選手をメインイベントに持ってくるとはどういうことか。観客たちもどこか白けムードだ。


 また政治的な事情というやつか。ベルトラムは自分がメインイベントに出られぬ嫉妬しっとも相まってひどく不機嫌になって眉間にしわを寄せた。


(タチアイはただのショーに成り下がったわけか。男の魂、ひと山いくらの量り売り。泣けるねまったく)


 こうなったらなんとしてもクグツ992には相手を叩きのめしてもらわねばならない。これが本物の戦いだと見せ付けてもらいたい。


 生け贄を待つような暗い視線を入場口へ向けた。そしてロシナンテR47が登場すると会場は罵声を止め、シンと静まり返った。


 ローラーダッシュからの華麗な一回転。銀に輝くシャープなシルエット。得物は細長い槍ではなく、円錐形の馬上突撃槍ランス。背には真紅のマント。サムライかぶれの闘技場に現れた異質な存在、それはまさに騎士であった。


 ベルトラムは胴元に対する邪推じゃすいを恥じ、反省した。あんな機体とパイロットをどこから引っ張ってきたのか。見かけ倒しなどではない、完璧な姿勢制御だ。


(これはどうなるかわからない。いや、ひょっとするとあの騎士が優勢か……?)


 ベルトラムはつい先ほどまでの不満は全て忘れて、手すりを強く握って見入っていた。


 鳴り響く尺八ミュージック。戦いの合図だ。


 まず先に動いたのはクグツ992だ。戦車型の脚で安定性を確保し、長い腕で二刀を振るうのが彼の必勝戦術である。異形の剣豪に白銀の騎士はどう立ち向かうのか。誰もが固唾かたずを飲んで見守っていた。


 クグツ992が右手の刀を振り下ろす。ロシナンテR47はランスで刀を弾き飛ばした。


 すかさず左から斬撃が襲う。キィン、とかん高い音を立ててロシナンテR47はこれも防御し、バック走行で距離を取った。クグツ992は弾かれた刀を空中でキャッチ、勝負は振り出しに戻った。


 ロシナンテR47がランスを構えて突撃した。クグツ992は履帯りたいをフル回転させてこれを避けるが、機動力が違いすぎる。すぐに追い詰められてしまった。


 二刀をクロスさせてランスを受け止め、跳ね上げ、がら空きになった胴を切り抜けるというのがクグツ992の目論見もくろみであった。


 しかしスピードの乗った突撃は予想以上に重く、防御は突き破られそのまま顔面を串刺しにされた。メインカメラをが潰され、極端に視界が悪くなる。


 明らかに勝負はついた。だが電光掲示板にイッポンの文字は表示されず、死合い終了の宣言もされていない。審判が激しい死合い内容に驚愕きょうがくし宣言を忘れていただけなのだが、そんなことはロシナンテR47のパイロットの知ったことではない。


 顔面からランスを引き抜き、追撃。ランスはクグツ992の右肩に突き刺さり電気回路がショート、黒煙を立ち上らせた。


 さらに追撃。左肩に突き刺し抉り取る。刀を掴んだままの左腕がゴトリと落ちて砂煙を上げた。


 目隠しをされたまま弄ばれるクグツ992のパイロットの恐怖はいかばかりのものであっただろうか。


 ここでようやく審判が我に返った。狂ったように鳴り響く太鼓タイコサウンド、派手に点滅するイッポンの文字がどこか白々しく感じられた。


 とんでもない奴が現れた。会場は重苦しい雰囲気に包まれ、ひそひそとした話し声があちこちから聞こえた。野次と罵声がデフォルトのような闘技場では異質な光景だ。


 ロシナンテR47はランスを高々と掲げて天を突いた。我を称えよ。それはまさに洗練された騎士の動きそのものであった。


 重苦しい空気が一転し、拍手と歓声がまき起こる。新しいもの好きな観客たちは新たな英雄の誕生を歓迎した。


 ベルトラムは気が付くと手すりを強く握りすぎて指先が真っ白になっていた。引き剥がすのにも苦労し、手の平に浮いた汗をズボンで拭った。


 ロシナンテR47が退場した後でも歓声鳴り止まぬ闘技場を背に、ベルトラムは歩き出した。


「奴と戦ってみたいな……」


 全身を闘志と高揚感が駆け巡っていた。

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