第4話
メールの返事はすぐに来た。死合いは二日後、とのことだ。早すぎる。ロッキーはディスプレイを睨み付けていた。
(エリート野郎に予定を合わせたか……?)
ロシナンテR47のパイロット、セルバンテスは休暇を利用して闘技場へ訓練にやって来た。サムライファイターを本業とするわけではなく、休暇が終われば治安維持局に戻る身だ。その間に出来るだけ死合いを詰め込みたいといったところか。
当事者に伝えねばならぬとベルトラムを探したところ、彼は格納庫にいた。パイロットスーツの上半身を脱いで肌を露にし、刀を振るっていた。
この刀は古代より伝わる銘刀、などではなく、闘技場の土産物店で購ったものだ。廃鉄鋼を切り出し、叩いて磨いて刀の形に仕上げたものである。しなやかさはまるで無いが硬さと鋭さ、そして重さはあるので、こうして稽古に使うには十分であった。
鬼気迫る表情で刀を振るい、流れる汗が足元に溜まる。大型トレーラーのタイヤのようなみっしりと凝縮された背筋が
他の者ならば近づくことすら
「おい、ベル」
するとベルトラムは夢から覚めたような顔で振り向いた。
「死合い、二日後だってよ」
「へえ、そいつは早いな」
ベルトラムの返事は実にあっさりとしたものであった。
「何だよ、文句のひとつやふたつ言われてやるつもりだったんだがな」
「不満は無いよ。むしろ集中力が途切れなくてありがたい」
「そういうもんかね」
「人それぞれだろうな。俺の場合、一ヶ月も先だと自分が何で戦いたがっていたのか忘れる可能性すらある」
「それはそれでどうなんだ……」
そう言って笑いあった後、ベルトラムはまた稽古に戻った。
ロッキーは他に何か言いたいことがあって来たような気がしたが、忘れた。本当に勝てるのかとしつこく問いただすことに何の意味も無い。
相棒の邪魔にならぬよう、頭をぼりぼりと掻きながらその場を後にした。
もう、どうにでもなれ。
そして、何とかなるだろう。
翌日もベルトラムは刀を振っていた。何度も見返した死合いの動画、ロシナンテR47の動きをイメージしてその幻影を斬る。
敵がこう来たらああする、ああ来たらこうする、などと考えすぎてもいざという時に動けないものだ。ある程度は体に覚えさせるしかない。
日が昇り、水しか出ないシャワーで汗を流して昼飯でも食おうかと考えていると、聞き慣れぬかん高いエンジン音が聞こえた。
窓の外に真っ赤なスポーツカーが砂煙を巻き上げて急ブレーキで止まった。何事だろうかとロッキーも顔を出す。
「修理に来た、って訳じゃなさそうだな」
「最近の借金取りはスポーツカーに乗って来るのか」
貧困と悪徳を煮詰めたようなこの街には全く似合わぬ乗り物だ。ここまで来るのにさぞかし目立ったことだろう。
真紅の扉を開けて降りてきたのは、黄色い背広を着こなした若い男だ。
「なんか、すげえのが出て来たな……」
ベルトラムは首を傾げた。借金取りではなさそうだ。ヤクザでもないだろう。あんなセールスマンがいたら確実に居留守を使う。見た目からその背景がまるで読み取れなかった。
「どっかで見た気がするんだよなあ……」
言いながらロッキーは
「マジか。あんな奇妙キテレツな奴と知り合いなのか」
「いや、知り合いって訳じゃないんだが。どこで見たんだっけな……?」
考えても答えは出なさそうだ。とにかく二人は揃って出迎えることにした。それが礼儀というよりも、工場の中に入られたくなかったからだ。
「やあ、君がベルトラムだな」
「え? ああ、そうだ」
ベルトラムはますます困惑した。ロッキーではなく自分に用があるのかと。
借金の取り立て?
違う。サムライファイターに金を貸すような酔狂な人間はこの街にはいない。
一目惚れでもしたのか?
あり得ない。ベルトラムは男からも女からも特別好かれるような人間ではない。少なくとも、彼の人生にロマンスは無縁であった。
ここまで考えるのに五秒。短いと言えば短いが、人と話している最中の間としては少々不自然であり、気まずくもあった。
「んん……? そうか、あんたロシナンテR47の、セルバンテスさんかい?」
機体ばかり見ていて中身の事はすっかり忘れていた。そうだ、ロッキーのパソコンを後ろから覗いていた時、インタビューの記事が載っていたではないか。
(畜生、俺はインタビューなんかされたことないぞ)
嫉妬しているがそれを表に出すのもみっともないという自覚がある。なんとも複雑な心境のベルトラムとは対照的に、自分の名を知られていたことでセルバンテスは機嫌良く笑って見せた。
「試合を受けてくれてありがとう。君の勇気を称え、軽く挨拶をと思ってね」
「そいつはわざわざご丁寧に、どうも」
ベルトラムはペコリと頭を下げた。なんだかよくわからない奴だし、明日戦う相手なのだが、向こうが礼を尽くすならばこちらも返さねばならない。ベルトラムが特別と言うよりは、サムライファイターの多くが妙に
「戦績上位の英雄と呼ばれる連中もだらしないものだな。なんやかんやと理由を付けて逃げ回っているよ」
「あんたは未知のファイターだからな。もう少し情報を集めてから戦いたいんだろう。それを逃げたと言うのはちょいと酷じゃないかね」
「言いたいことはわかる。それが兵法だということも理解できる。だが、
「皆、生活がかかっているんだ。そういう考え方はこの街では正しくないよ。ただ……」
「何だろうか?」
「嫌いではない」
その答えが気に入ったのか、セルバンテスはニヤッと笑った。真紅の車を背に不敵に笑う姿が絵になる男だ。
「ところであんた、セップクの作法は知っているのか?」
「そういった単語が聞こえてくることはあるが、何だそれは?」
「説明が難しいな。敗者が責任を取ると言うか、恥をすすぎ名誉を取り戻す儀式とでも言えばいいのか……」
「明日、君に教えてもらうことにするよ」
セルバンテスは余裕の表情で手袋を脱ぎ、投げつけた。ベルトラムの胸にポンと当たり地に落ちる。
スポーツカーに乗り込んで来た時と同じように特徴的なエンジン音を奏で去って行った。取り残された男二人は棒立ちであった。
「
「ああ……」
ロッキーが呟き、ベルトラムも同意する。いきなり来て、勝手にしゃべって、そのまま去った。嵐のような男であった。
「まあ、悪い奴ではなさそうだよ」
「敗けてやろうか、なんて言い出さないだろうな」
「まさか。敵意を持ってぶちのめすか、敬意を持ってぶちのめすかの違いさ」
身を屈め手袋を拾った。白く、滑らかな手触り。触れただけで高級品だとわかる。ベルトラムは左手にはめてみた。
「いいねこれ。ただ、片方だけもらっても仕方ないんだよなあ……」
「勝ったらもう片方もくれるんじゃねぇの」
「なるほど」
この男たちに、紳士の作法は理解出来ない。
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