第5話

 決戦の刻は来た。


 やるべきことはいつもと変わらない。選手入場口、廊下の景色は何も変わらない。それでもひどく緊張していた。


(戦う前にこんなに息苦しくなるなんて、初陣以来か。いや、あの時は盛大にゲロ吐いていたからまだマシかな……)


 西方にしかた、メグロ030、ベルトラム。


 アナウンスに合わせて会場に出るといつもより眩しいライトと大歓声が迎えた。


 観客のうち何割がベルトラムの勝利を願い、信じているだろうか。彼らの大半は生け贄が現れたことに対して興奮しているだけだろう。


 入場はセルバンテスの方が後だ。挑戦者のベルトラムを、王者のセルバンテスが迎え討つという形になる。


 治安維持局とヤクザの間でどのような取り決めが成されたのかは知らない。闘技場開幕当時から参加して七十戦以上もこなしてきたベルトラムが挑戦者で、たった一戦こなしただけのセルバンテスが王者扱いというのは少々納得し難い話ではある。


(ま、いいさ……)


 俺の方が強いと証明したいのであれば、勝てばいいだけの話だ。野蛮で単純だが、わかりやすい世界。何のために戦うかもよくわからない戦場よりもずっと良い。


東方ひがしかた、ロシナンテR47、セルバンテス。


 白銀の騎士がローラーダッシュで闘技場に現れ、マントを翻しランスを天に突き上げる。会場は大歓声だ。


(畜生、カッコいいな……)


 スター性がある、実力もある。そんな相手を叩きのめせるということに暗い喜びが湧いてきた。


『ベルトラム、よく逃げずに来てくれたな』


 セルバンテスからの通信だ。八百長などに利用される恐れがあるので選手同士の通信はあまりよろしくないことだが、新参者のセルバンテスがそんな事情を知るはずもなく、ベルトラムにとってもどうでもいいことだ。


『来るさ。なんたって金と名誉がごっつぁん出来るボーナスステージだからな』


 メグロ030は太刀を抜き、青白い光を放つ刃が現れた。単分子サムライブレード、その名を『目黒の秋刀魚サンマ』。


 ロシナンテR47もランスを構えた。超高密度ナノカーボンランス、これを『風車崩し』と呼ぶ。


「死合い開始ッ!」


 審判が喉も裂けよとばかりに叫び、尺八ミュージックが鳴り響く。


 最初は闘技場を丸く使って相手の出方を窺うのが定石セオリーだが、両者共に開始と同時に突撃した。五十メートルをお互いがローラーダッシュを駆使して走るのだ、武器が届く距離まで詰まるのは一瞬であった。


 ランスを構えて身体ごとぶつけるように突き進むロシナンテR47を、メグロ030は片足を引いて半身でかわした。


 側面を取った。太刀を振り下ろして頭部を破壊するつもりであったが、上段に振りかぶり空いた胴へとランスの横殴りが襲いかかる。


(避けられない……ッ!)


 ベルトラムは咄嗟にメグロ030の左腕を犠牲にしてこれを防いだ。みしりと嫌な音がして、わずかに遅れてレッドアラートが鳴り出した。駆動系が破壊され左腕はもう使い物にならない。肘を曲げたまま伸びなくなってしまった。


 太刀を持った右腕は無事だ。ミートカット、ボーンカットの精神で太刀を振り切った。しかしロシナンテR47はローラーダッシュで後退、太刀は空を切った。両者は再び五十メートルの距離で対峙した。


 沸き上がる歓声と悲鳴。気の短い者はもうメグロ030の賭け札を破り捨ててしまったほどだ。


 審判によっては片腕を失った時点で勝負ありと判断するところだ。しかしメグロ030は武器を失ったわけではなく、戦意も旺盛おうせい。勝負続行である。


 ベルトラムがコンソールを操作するとメグロ030の左肩がボンと小さな爆発を起こし、左腕が切り離された。


『ありがとよ。おかげで身軽になったぜ』


『ならばもっと軽くしてあげよう。次はどこがいい。腕か、足か?』


 返事の代わりにメグロ030は太刀を構えて突撃した。身軽になったという言葉に嘘は無い。速度も旋回能力もほんの少しだけ上がっている。戦闘中に腕を失うなど、何度も経験してきたことだ。バランスは悪くなるが制御出来ないほどではない。


 問題は両手持ちの武器を片手で扱うことで、どうしても攻撃が軽くなってしまうことだ。ランスと打ち合わせると一方的に弾き飛ばされてしまう。


 もっと速く、鋭く。ベルトラムの集中力は極限まで高まり、闘技場内を縦横無尽じゅうおうむじんに走り回る。回転しながら斬りつけることで非力さをカバーする動きも見せた。


 並の者ならばその動きに付いていくことすら出来なかっただろう。しかし、相手は治安維持局の選ばれし闘士である。メグロ030の攻撃を防ぎ、捌き、反撃すらしてみせた。


 アサルトアーマーという人型兵器は平地においては特に旋回性能に優れている。手練てだれ同士で実力が拮抗している場合、互いに回転しながら戦う『円舞曲ワルツ』と呼ばれる現象が起きることがある。これは闘技場において見ごたえのある最高の戦いとされていた。


 火花を散らし、砂煙を巻き上げ、命を削り美しく舞う。


 踊りきった者だけが生き残る、二人の殺し愛。




 セルバンテスは二本の操縦桿を握りながら、恍惚こうこつとした表情を浮かべていた。戦いの中で己の限界を超えた、それはセルバンテスも同様であった。


 視界が広がり、時間がゆっくり流れるように感じる。


(これこそ、戦場でしか感じられないエクスタシーだ……ッ!)


 いつまでもこうして踊っていたかった。そうもいかないことはわかっている。集中力はいつか突然、プツリと切れるだろう。無限に続くはずもない。鐘が鳴り魔法が解けるのはセルバンテスか、ベルトラムか。


 突如、足元に衝撃を感じた。


(しまった!)


 それは切り離されたメグロ030の左腕であった。スピードが乗っていた分だけ、軽くつまづいただけで大きくバランスを崩してしまった。


(こんな、こんな下らないことで……ッ!)


 高まった集中力は己の疲労さえも覆い隠していたのだ。


 ロシナンテR47が躓いたのは偶然か、あるいは誘導させられたのか。


 すぐに答えは出た、恐らくは計算ずくであろう。何故ならばメグロ030は最悪の位置に居る。側面を取られた。そして狙い澄ませた一撃が振り下ろされた。


 青白い切っ先がロシナンテR47の右肘に食い込み、両断した。右手は掴んでいたランスごと地に落ちる。


 メグロ030の左腕を奪ったのとは事情が違う。武器を落としてしまったのだ。


『見事だ、サムライ野郎……』


 敗北を悟ったセルバンテスは機体をその場に停止させ、膝を突いた。


 信じられないものを見たといったように、酔っぱらいどもは言葉を失った。


 いつも大穴狙いばかりしている男が、今日に限って硬い賭け方をして頭を抱えていた。


 賭け札を破り捨ててしまった男が必死に足元を探すが、周囲の者に踏まれたり蹴られたりでまともに探せず結局見つからなかった。


 一夜にして大金持ちになった闘技場狂いの爺さんの最初の金の使い道は、心臓発作で救急車を呼ぶことであった。


 ベルトラムに勝利の実感は無く、セルバンテスは敗けて悔いなしとわずかな痛みを伴う笑顔を浮かべていた。


 様々な想いを飲み込むように太鼓サウンドが轟き渡る。


 電光掲示板には『イッポン』、『オミゴト』、『アッパレ』、『ヨイショ』、などの文字が目まぐるしく切り替わり表示された。


 完全決着である。

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