第3話

 コンテナブロックを積み上げたアパートもどき。ベルトラムはその一室でぐっすりと眠りこけ、ロッキーの整備工場に向かったのは既に昼過ぎであった。


 家電製品、自動車からアサルトアーマーまで、修理と改造を請け負う何でも屋だ。不景気のためかあまり依頼は無いようで、工場内は静かなものだ。


 小遣い稼ぎで始めたタチアイバトル、その賞金が今は生活の生命線であった。


 ベルトラムが事務所に入ると、ロッキーがパソコンを睨み付けているところであった。


「どうした、AVの編集でもしているのか?」


「もっとエキサイティングなものさ」


 ロッキーがディスプレイをちょいちょいと指差す。ベルトラムが後ろから覗き込むと、そこに映っているのは先日の死合いの記事だ。謎の騎士に関する話題一色であり、ベルトラムの名は隅っこに勝ったとだけ記されていた。


 顔写真からすると年の頃は二十半ばといったところか。ベルトラムと同世代ということになる。


「異質であるのも納得だ。こいつはお前さん方のような野良犬じゃない。正真正銘、治安維持局の兵隊さんだとよ」


「中央の飼い犬か。それで、エリート様が何だってこんなごみ溜めに片足突っ込むような真似をしているんだ?」


「実戦に近い訓練がしたい、とインタビューに答えているな」


「言わんとする所は理解できるが……」


 何となくスッキリとしないものがあった。タチアイバトルは戦場から戻って仕事の無いパイロットたちが生きるために始めたものである。


(そこに金も地位もある奴が遊び半分で首を突っ込んで来るというのもな……)


 無論、誰がどんな目的で出場しようが文句をつける筋合いはない。気に入らないというのはあくまでベルトラムの個人的な感情だ。ただ一度、ここは見捨てられた者たちの戦場であり、エリートのお遊び場ではないということは示してやりたかった。具体的に言えば、こいつを闘技場でボコボコにしてやりたい。


「なあロッキー、こいつに死合いを申し込むことは出来ないか?」


 ダメで元々という気持ちで言ってみた。ベルトラムの実力と経験からしてメインイベンターに挑戦する権利はある。だが優先順位は少々低くなってしまうのだ。


 馬鹿を言うなと一笑に付されると思っていたのだが、何故かロッキーは、


「むぅ……」


 と、唸ったきり黙り込んでしまった。


「何だその反応は」


「いや、な。実は向こうから申し込みが来ているんだよ。多分あっちこっちにメール送って、全部断られた挙げ句にお鉢が回って来たんだろうが」


「自分で死合いをしたいと言っておいて何だが、意味がわからない」


 セルバンテスとロシナンテR47があまりにも強いから逃げた。いや、それは無いとすぐに考え直した。タチアイバトルに出るようなパイロットはどいつもこいつも、名誉欲と自惚れの塊である。治安維持局のエリート野郎を公衆の面前で叩きのめせるようなシチュエーションに魅力を感じぬ訳がない。


 鮮烈なデビューを果たし一夜にしてヒーローとなった相手を倒せば、その人気がそっくりそのままいただけるかもしれないとも考えればおいしすぎる話だろう。


 それでは何故、上位陣は勝負を避けたのか。


(むしろ、確実に勝つためか……?)


 もう二、三戦ほど観察してから戦いたいといったところだろうか。勝つための算段がつくならばよし、とても勝てそうにないのであればそのままスルーすればよしだ。直接敗北しなければ戦績に傷が付くこともない。


 ベルトラムとしても逃げるつもりは無いにせよ、もう少し情報を集めたいところだが、中堅どころの立場で順番を選ぶような贅沢は出来ない。


(ま、いいさ。上位の連中が高みの見物をしている間にダークホースが横から勝利をかっさらう。俺好みのロマンあふれる展開じゃあないか)


 にやりと笑うベルトラムを、ロッキーは怪訝けげんな顔で見上げていた。


「ロッキー。この話、受けてくれ」


「本気か? いや、正気か? 昨日の戦いを直に見たんだろう? 俺も動画を何度も見返したが、化け物だぜこいつは」


「化け物を倒すのはいつだって勇者の役目さ」


「いつから勇者になったんだ」


「男の子は誰もが勇者さ」


「お前さん、今年でいくつになった?」


「ぼく、二十七さい!」


 呆れて物も言えぬロッキー。ベルトラムはその背後に回り肩を揉んだ。


「なあ、頼むよ頼むよ。たまには相棒のことを信じておくれよ」


「信じろっていう台詞はな、普段から他人ひとに信用されるような言動を取っている奴だけが吐けるんだよ」


「上位に昇る為にはどこかで挑戦しなけりゃならないだろう? メインイベントの獲得賞金は前座とは大違いだ。ロッキー、新しい工具が欲しいって言っていたじゃないか。溶接機も火花が出ちゃいけないところから出ているし」


「ダクトテープ巻いているから……」


「うん、それはマジで止めろ」


 ベルトラムはロッキーの耳元に口を寄せ、暗く低い声を出した。


「このままだと、自転車の修理すらできなくなるぞ」


「ぐっ……」


 痛いところを突かれた。工場の老朽化は資金を預かっているロッキーの方がよくわかっていることだ。いつかは設備の大規模な入れ換えをしなければならない。ヒビの入った外壁の修理もしなければならない。雨漏りのする天井も、ダクトテープを張る以外の修繕をしたい。


 いつか、いつかと言いながらずっと引き延ばしにしてきたことだ。


「……負けるにしても、あんまり壊すんじゃねえぞ」


「審判がまともであることを祈ってくれ」


 畜生、なんてお気楽な奴だ。ぶん殴ってやりたい衝動を抑えながらロッキーはメールを返信した。


 承諾。


「ああ、やっちまった……」


 賭けを取り仕切るヤクザチームを相手に、出ます、やっぱり止めます、などと言えるはずもない。こうなれば何としてもベルトラムには勝ってもらわねばならない。


「勝算はあるんだろうな?」


「敗けるつもりで戦場に立ったことは一度も無い」


「そういうんじゃなくてさ……。こう、作戦とか?」


「そんなものは無い」


「無いのぉ?」


「心配するな。愛と勇気が男の武器さ」


 それだけ言うと、ベルトラムはさっさと事務所を出てしまった。相棒の背を見送るロッキーの目は、後悔の色で満ちていた。


 やっぱり、ダメかもしれない。

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