サムライ・イグニッション

荻原 数馬

侍の証明

第1話

 戦争は終結し、平和の時代が訪れた。


 めでたしめでたし、と言いたいところであるがいくつか問題が残った。


 兵隊のほとんどが仕事を失った。国家のために命がけで戦う英雄たちが、一夜にして人殺ししか能のない無職と評価が一転したのである。


 また、愛国心を強要して搾り取った戦争税をじゃぶじゃぶと注ぎ込んで造られた人型機動兵器、アサルトアーマー数万機が無用の長物と成り果てた。解体しても、解体しても終わらない。無造作に空き地に積み上げられた最高級の鉄屑だ。


 警備隊に入れるほど世渡り上手ではなく、アサルトを使った盗賊になるほど堕ちてもいない。そんな男たちが流れ流れてたどり着いた先が、闘技場の賭け試合であった。




 直径百メートル、円形の闘技場。二機のアサルトが脚部ローラーをフル稼動させて所狭しと走り回っていた。


 それぞれの得物えものは太刀と槍。飛び道具の使用は禁じられている。高さ五メートルの巨大人型兵器が武器を振るい、ぶつかり合い、火花を散らす。この大迫力の戦いがタチアイバトルだ。


 闘技場内は熱気と狂気に包まれていた。賭け札を握り締めた観客たちの意味を成さない怒号が飛び交う。ここで負ければ日雇い労働で得た賃金が全てパアだ。


 ぐるぐると回りながら機をうかがっていた二機であったが、やがて槍を持ったアサルトが方向転換し真正面から突撃し横薙ぎにした。


 やった、と観客たちの賭け札が熱い汗を吸い込む。


 相手のアサルトが一瞬速かった。上段から振るわれた太刀は槍の穂先を切り落とし、ローラーダッシュをたくみに使ってその場で回転、勢いのままに首を斬った。


 槍のアサルトはその場に崩れ落ちて膝を突き、少し遅れて頭部が硬い音を立てて地面に落ちる。


 ブオオと鳴り響く決着の合図、尺八ミュージック。電光掲示板に大きく表示されるイッポンの文字。これで勝負ありだ。


 再び闘技場は歓喜と悲哀の叫びに包まれる。失禁して気絶する者までいたが、誰も他人の事など気にはしない。


「無様な死合いしやがって、腹を切れ!」


「セップクしろ!」


 観客席から敗者に向けて罵声が浴びせられた。槍のアサルトの腹部コクピットハッチが圧縮空気を吐きながら開かれ、パイロットは観客に向けて中指を立て、唾を吐いてから選手入場口へと大股で去っていった。


 罵声はますます激しく口汚くなり、闘技場内に空き缶や丸めた賭け札などが投げ込まれた。誰もが勝者のことなど忘れたか、賞賛の声は聞こえない。


(ま、いつものことさ……)


 太刀を持ったアサルトのパイロットは深くため息をついてから、反対側の入場口へアサルトを走らせた。


 途中で回収作業用アサルトとすれ違い、


「どうも」

「お疲れ」


 と、軽く手を上げて壁に身を寄せて道を譲り合った。


 残骸が回収されればすぐに次の死合いが始まる。


 パイロットをベルトラム、機体をメグロ030というが、勝ち札を持った者以外にはすぐに忘れられる名だ。


 褒めてもらいたくて戦っているわけではないにせよ、まったくの無反応というのも寂しいものだ。自分のものではない罵声を背に残し、ベルトラムは苦笑を浮かべて立ち去った。




 駐車場にて。トレーラーの荷台にアサルトを乗せてコクピットハッチを開けると、小肥りの中年男性が出迎えた。


「よう、ベル。お疲れさん」


 整備士であり、マネージャーでもあるロッキーだ。彼とベルトラムとは戦前からの付き合いである。


 ロッキーが軽く手を上げると、ベルトラムがそこに手の平を軽く叩きつける。夜の駐車場にパァンと小気味良い音が響いた。


「前評判の割に楽勝だったな」


「冗談きついぜ。最後の突撃なんか結構冷や汗ものだったぞ。ひとつ間違えれば腕をもぎ取られていたのはこっちの方だ」


「ふぅン。そうは言うけど、なんだか楽しそうじゃないか」


 そこで始めてベルトラムは自分が笑っているのだと気が付いた。楽しんでいる、そうかもしれない。


「タチアイバトルはそんなに楽しいか?」


「アサルトは好きだな。アサルトを使って戦うのも楽しいよ。これが戦争じゃなくて、人殺しもしないで済むのが最高だ。ロッキーはどうなんだ?」


「俺が好きなのはお前さんが稼いでくる賞金だけさ。まあ、俺の整備した機体が活躍するのは悪い気はしねえがな」


 ロッキーは手招きをして助手席に乗るよううながすが、ベルトラムは首を振った。


「俺はまだタチアイを見ていくよ。この時間ならあと二、三死合いはあるだろ」


「なんでお前さんがメインイベンターじゃないのかねえ……」


 ロッキーは露骨に嫌な顔をして、ベルトラムは肩をすくめて見せた。


 勝率七割。悪くない戦績だが、観客が求めているのは無敗の英雄である。ベルトラムの死合いで手堅く増やして、メインイベントに大きく張るというのが酔っぱらいたちの定石セオリーとなっていた。


 ふん、と鼻を鳴らしてロッキーはトレーラーを発進させた。ベルトラムはきびすを返して歓声の止まぬ闘技場へと向かった。


 深夜二時。街はもう寝静まっているというのに闘技場だけは連日連夜のお祭り騒ぎだ。社会学者か何かが闘技場のことを、眠りたくない子供たちの楽園と評していたことを思い出し、上手いことを言うものだとベルトラムの口許が緩んだ。


 ぶちまけた玩具箱の中でしか生きていけない、そんな男たちの世界。

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