第46話
「暇だけど忙しい」
事務所に戻ってきたセルバンテスがいきなり妙なことを言い出した。
ソファに寝転がったまま怪訝な顔を向けるベルトラム。セルバンテスはテーブルに数枚の写真を放り投げ、ベルトラムはそれを拾い上げた。
そこに写っているのは無惨に破壊されたアサルトであった。よく見るとどれも違う機体であり、ざっと見ただけでも五機がスクラップにされていた。
外側からコクピットハッチがパイロットごと潰されたものもあった。
「どうした、キングコングでも現れたのか?」
「そうだとしたら警備隊の管轄かどうか疑問だな」
軽口を叩くが眼は笑っていない二人。ロッキーが横から現れて写真をじっくりと眺めた。
「残念ながら、こいつは人間の仕業だな。しかもかなり悪質だ」
「そりゃあ悪質だろうよ。アサルトをこんなにぐしゃぐしゃにしやがって。リサイクル業者がツバを吐きかけるレベルだ」
「アサルトを潰したのに理由がある。だから悪質なんだ」
「んん?」
首をかしげるベルトラム。ロッキーは赤ペンを取り出してセルバンテスを見ると頷き合った。許可をもらって写真に赤丸を書き込んでからベルトラムに渡した。
「何だこれ、穴か。いや、穴を隠すためにアサルトを無茶苦茶に壊したのか」
「ああ、こいつは弾痕だ」
アサルト用重火器の所有、携帯、使用は犯罪である。見つかれば当人は形式上の裁判を行った上で死刑。関係者にも何らかの罰が下される重罪であった。
この街で重火器を使いアサルト狩りを行っている者がいる。
「で、被害者たちの素性は? 犯人がセルバンテスの代わりに見回りをやってくれたわけじゃないだろう」
「この三枚は手配中の窃盗団だ。こっちの二枚は闘技場に出入りするサムライファイター、犯罪歴は博打と立ち小便くらいだな」
「見境なしか。それで、こいつを捕まえろって上からせっつかれているわけかい」
「いや、それが……」
セルバンテスは言葉に詰まった。どう説明すればよいものやらわからない。
「特に、何も」
「何も? つまりケツをひっ叩かれるわけでもなく、逆に手を出すなと警告されるわけでもなく、いつも通りの日常業務ってわけかい?」
「そうなるなあ。おっと、何故だとは聞くなよ。私にだってわからない」
なんとも不気味な話である。三人はしばし黙り込んでいたが、やがてロッキーが口を開いた。
「まあ、いいんじゃねえの。放っておけば」
「適当に言ってくれるね」
「被害者は悪党か軍人崩れだけだろう? 窃盗団を潰してくれるならありがたいし、サムライファイターならば抵抗出来ない方が悪い。セルバンテスのデメリットなんて
こちらに被害や不都合が起きない限りどうでもいい。ロッキーが冷たいとか無責任だと言うよりも、この街に住む者としてごく一般的な考え方である。
ベルトラムが珍しく真面目な顔をして写真を凝視して言った。
「襲われるのがアサルト乗りだけとは限らないな」
「……どういうことだ?」
聞き捨てならぬとセルバンテスの眼が鋭く光る。
「アサルトを
「かまってもらいたくて泣き叫ぶ子供が無視されたら次はどうするか。大人しく泣き止むか、あるいは……」
「ますます
悪党や軍人崩れを殺しても注目されないのであれば、次は一般市民を殺す。そうすれば警備隊も本気で動かざるを得ないだろう。犯人がそういった思考に行き着いてもおかしくはない。
勘違いであってくれと願いながらセルバンテスはもう一度写真を見た。やはり、まともな人間のやる事とは思えなかった。
「担当区域で一般人に被害が出たらセルバンテスの責任になるのかね。明日から降格、
「私の事はどうでもいい。いや、よくはないな。私の管轄で市民が犠牲になるのは許せん」
セルバンテスは写真をひとまとめにしてビリビリに破いて放り投げた。紙吹雪を間に挟んでセルバンテスとベルトラムの視線が交差する。
「手伝ってもらうぞ、ベルトラム」
「いいとも、報酬次第だけどな」
「上が金を出さないと言い出したら犯人のアサルトを売り払って、ネタをブン屋にたれ込もう」
「それでいいのか、警備隊のエリート」
「報酬が発生しなければ仕事ではない。仕事でないなら守秘義務もあるまいよ」
そう言って二人はゲラゲラと笑い合った。ロッキーだけは冷めた眼で見ていた。
「染まって来やがったな……」
昔はもっと堅物というか、真面目で融通の効かない奴だと思っていたのだが、どうやら気のせいだったようだ。
「こうなるとスズメ君も巻き込みたいところだな。……そういえばスズメ君はどこに行った?」
「外でランニングしているよ。美女はジャージ姿でも絵になるな。汗でジャージが身体に張り付いているところを見れば俺のサムライもイグニッションだ」
「君の歪んだ性癖はどうでもいいが、スズメ君が立ち直ったようでなによりだ」
地図を取り出して破壊されたアサルトが見つかった場所に印をつけ、次に奴が現れるのはどこか、パトロールのコースはどうするか話し合っていると、トレーニングを終えたスズメが戻ってきた。
セルバンテスが事情を説明し協力を要請すると、スズメは艶のある瞳をまっすぐに向けて、微塵も
「わかりました、やりましょう」
「自分で誘っておいてなんだが、本当にいいのか。敵は重火器を持っている。死ぬかもしれないんだぞ」
「死ぬためではなく、強く生きるため戦うのです」
言葉通り、スズメは力強く頷いた。
頼もしい限りである。この三人が揃えばいかなる敵が相手でも敗けはしないだろうとセルバンテスは嬉しく、誇らしい気分であった。
「ところで……」
スズメが眉をひそめて辺りを見回しながら言った。
「この紙屑、誰が掃除するのですか」
散乱する写真の切れ端、静まる事務所。ベルトラムとロッキーは無言でセルバンテスを指差した。仲間の絆を感じた数十秒後に売られてしまった。
「ちゃんと片付けておいてくださいね」
「……はい」
何故こんなことしたのかと言えば、勢いでやったとしか答えようがない。
こうして謎の暴走アサルト討伐作戦は順調に、そして少々締まらない形で始まった。
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