鋼のろくでなし

第23話

 薄闇に包まれた倉庫街。分厚いシャッターの前にはアサルトが三機。そのうち一機がヒートナイフでシャッターをこじ開けようとしている。他二機は見張りだ。


『おい、まだ開かないのか?』


 見張りの一人が言い、こじ開け役は顔をしかめただけで聞き流した。


 同じ質問を、もう三度目だ。まだ開いていないのは見ればわかるだろう、などと言えばますます苛立って喚き散らすに決まっている。無視が正解だ。だが見張り役もしつこく聞いてきた。


『おい、聞いているのか!?』


『何が?』


『まだ開かないのかって言っているんだよ!』


『まだだ』


 見張りの、わざわざ聞こえるようにした大きな舌打ち。本当につまらない奴とつまらない仕事をしているものだとうんざりしてきた。


 ふいに抵抗が抜けた。どうやらナイフの先端が入ったらしい。後は穴を拡げて人が入れるようにすればいい。まとまった金が入れば半グレの強盗団などと手を切って真面目に生きようかと考えていると、どこからか妙な歌が聞こえてきた。


 祇園精舎の鐘の声。

 諸行無常の響きあり。


『なんだ、なんだこれは!?』


 見張り役たちが狼狽うろたえながらレーダーを全開にする。


 強烈な電波を発すればこちらの位置も知らせることになってしまうのだが、そんなことを気に掛けている余裕は無い。


 緑色の玉、金属反応が高速で近付いて来た。同時に謎の歌も大きくなってきた。


 沙羅双樹の華の色。

 盛者必衰の理をあらはす。


 強盗団から十メートル離れて止まったのは白銀のアサルトアーマーであった。なぜか左腕にはエンシェントスペル『オキョウ』がびっしりと書かれており、肩にはスピーカーが付いてヘイ・ファミリーストーリーを垂れ流していた。右肩に警備隊のマークが付いていなければ完全に不審者である。


『私は治安維持局のセルバンテスだ。強盗諸君、無駄な抵抗は止めてアサルトを降りたまえ。それとも、そのケチなアサルトで私と戦うかを選べ』


 なんとも挑発的でふざけた物言いであった。強盗を見下していることを隠そうともしない。


 たかが一機だ。見張りの一人が電磁パルスハンマーを振り上げた瞬間、アサルトの頭部が弾けてモニターがブラックアウトした。


『なんだ、なんだぁ!?』


 パニックに陥る強盗。突進攻撃を得意とするセルバンテスにとって、十メートル先の敵を潰すなど手を伸ばして物を取るに等しい行為だ。ローラーダッシュで距離を詰め、超高密度ナノカーボンランスがアサルトの頭部を貫いたのだった。


 わけもわからず武器を振り回すアサルトを蹴り飛ばし、倉庫街に響き渡る転倒音。まず一機は無力化した。


 もう一機の見張り役にカメラを向けると、金縛りから解けたように突っ込んできた。手持ちの武器はアサルト用のものではない、ただの鉄骨だ。重量はあるので殴られればダメージは受けるだろうが、どうしても動きに無駄が出る。元々の素質が高い上に闘技場で技量を磨いてきたセルバンテスにとっては案山子ダミードールも同然であった。


 足を引いて半身になり、突撃を回避。側面を取った、どこを打つのもお好み次第だ。ランスが敵の右足を貫くと、敵は勢い余って前転するような派手な転びかたをして黒煙を吐いた。


(弱すぎる。こんなんじゃあ私、調子に乗っちゃうぞ)


 残りはこじ開け役の一機。もう少しまともな奴であればよいがと見回すが、すでにその姿はなかった。


 仲間を見捨てて逃げた。いや、最初から仲間意識などなかったのかもしれない。


『奴は最も愚かで、残酷な選択をしたな』


 と、セルバンテスは皮肉な笑みを浮かべて呟いた。


 逃げられたことについてなんの焦りも無い。セルバンテスに出来ることはただ賊が死なないように祈ることだけだ。


『ただ春の夢のごとし、か……』


 流れ続けるヘイ・ファミリーストーリーの音量を下げて口ずさむ、滅びゆく者の為のレクイエム。




『冗談じゃねえぞ、くそ!』


 盗賊は慣れぬローラーダッシュで倉庫街を駆け抜けた。何度もバランスを崩し、その度に倉庫の壁に手をついて復帰する。なんとも危なっかしい走りであった。


 くそ、くそと繰り返し吐き出す。焦りと恐怖で頭が回らず、悪態すらも貧相なものになっていた。


 後方からきぃんと甲高い回転音。レーダーを見なくてもわかる、高性能な機体がローラーダッシュで追いかけて来ているのだろう。パイロットの技量も自分よりずっと上だ。それを悔しいとも思わなかった。


『あの馬鹿ども、足止めもまともに出来ねえのか!?』


 苛立ち紛れに光学カメラを後方に向けると、そこに映ったのは街灯に照らされたブルーメタリックの機体であった。先ほどのお経野郎とは別物だ。


 どこかで見覚えがあるような気がした。治安維持局に知り合いがいるわけではない。そうだ、街中でしつこいくらいに流されているコマーシャルだ。ザ・サムライ引退死合いのメモリーディスク、その対戦相手だ。


『あいつ、ベルトラムか!?』


 甲高いローラー音が死神の声のように聞こえてきた。慌ててスピードを上げるが、ただ倉庫にぶつかる回数が増えただけであった。


 青魚をイメージしたアサルトがすっと脇を通り抜けた。何が起きたのか、何がしたかったのか。


 突如、盗賊のアサルトは制御不能になり倉庫に正面から激突した。衝撃でパイロットの身体がシートベルトに締め付けられ、数秒の間呼吸が止まった。


 ダメージチェック、左足が切り取られていた。脇を抜けた際に斬られたのだろうが、何の衝撃を感じなかったはずだ。走るアサルトの装甲の隙間に刀を入れたということか。


 確かにこのアサルトはスピードが遅い、足も装甲ですっぽり覆われているわけではなく剥き出しの弱点は多い。それにしたって非常識だ。


『化け物め……』


 自分はどこで、何を間違えたのか。答えの出ぬままに意識は深い闇へと落ちていった。




 動かぬアサルトを見下ろすメグロ030。ベルトラムの目には何の感情もない。


 後方からローラーダッシュの音。セルバンテスのロシナンテR47だ。


 セルバンテスは動かぬアサルトを確認すると、


『うん、お疲れ』


 と、満足そうに言った。


『初めてにしては良い働きだ。どうだい、このまま警備隊で働く気はないか?』


『俺を正式に部下にするつもりか? 止めておけ、禿げるぞ』


 ベルトラムを従えた場合の苦労というものが容易に想像できたため、セルバンテスは無理にとは言わなかった。


『またアサルト犯罪が起きた時に、ちょいと小遣い稼ぎをしないかと誘ってくれよ。それくらいで丁度いい』


『なんとも物騒な友人だな』


 声をあげて笑いあった後、ベルトラムは急に心が冷めていくのを感じていた。


『実戦に身を置けば何か掴めるかも、と思ったんだがなあ……』


『ザ・サムライみたいな奴がそうごろごろいてたまるか。言うなればケチな犯罪に走る小悪党は、闘技場にすら行けなかった雑魚だぞ』


 アサルト本体は手続きをすれば購入が可能だが、重火器などはそうもいかず厳しく制限されている。所持しているだけでも牢獄行きだ。よって、アサルトを使った犯罪が起きて、それを捕らえるとなると基本的に接近戦となり、接近戦でベルトラムたちが敗ける道理は無い。


 実戦だから無条件で緊張感があり修行になるだろう、という考えは完全にあてが外れてしまった。


 もっと強くなるためにはどうすればよいか、それがわからない。わからないなら色々やってみるしかない。


 遠くからサイレンの音が聞こえた。犯人とアサルトを回収に来たのだろう。


『俺は先に戻っているよ』


『せっかちな奴だな。警備隊に挨拶くらいしていったらどうだ』


『一応、違法賭博の関係者だからな。居心地が悪いったらありゃしない』


『そういえばそうだったな』


 メグロ030はローラーダッシュで倉庫街をすり抜け、宵闇の中へ消えていった。


 より強く、より速く。その答えを見つけるためにも、足元に転がった鉄屑に構っている暇はない。

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