古本を買っただけなのに

松本タケル

不運

「また、この本のせいか!」

 駅へ向かう川沿いの道路に大きなショルダーバックが落ちている。その中から放射線状に大学のテキスト、筆記用具、分厚い本などが散乱している。

 ジリジリと暑く焼かれた道路に倒れていた青年はフラフラと起き上がった。白いポロシャツに短パン。露出した手足にはり傷が出来ていた。

 青年は分厚い本をにらみつける。ケースに入った分厚い本は経年劣化で黒ずんでおり、相当に古いものに見えた。それを手に取り大きく振りかぶった。

 川に放り投げようとして……手を下ろした。

「クソ。捨てていいなら、とっくに捨ててる!」

 忌々いまいましそうに小声で吐き捨てた。


「あのお兄さん、何もないところで転んだよ」

 若いお母さんと男の子が脇を通過しようとして立ち止まる。

 男の子は近隣で有名な私立幼稚園の制服を着ている。いかにも賢そうな印象だ。

「こらっ、そんなこと言わないの! 大丈夫ですか?」

 起き上がり荷物をひろい始めた青年にお母さんが声を掛けた。

「大丈夫です。駅まで急ぎ過ぎたのがアダになったみたいで……」

「手伝いますね」とお母さんは小声でいう。男の子にも手伝うように告げて、三人で散った荷物を集める。

「手伝って頂いてありがとうございます。助かりました」

 少しイラつきが収まった青年は引きつった笑顔で言った。

「おにいちゃん、これも落ちてたよ」

 男の子は小さな紙切れを青年に手渡した。

 <新横浜-京都> 新幹線の切符だ。

「ありがとう、ぼく。助かったよ」

 手を振りながら親子は去っていった。軽く手を振り返したあと、荷物がそろっていることを確認してから青年は歩き始めた。

てっ」

 転倒で右足首を捻挫ねんざしたらしい。痛みでまともに歩けない。

 青年は立ち止まり周囲を見渡した。

 男の子の言っていた通り、特に段差もない普通の道路。走っていたのは事実だが転ぶ要因は見当たらない。

<ここ数日……この本を買ってから、不運の連続だ>

 遠くに駅ビルが見える。まだ1km以上ある。

<母さんも、紙の切符なんて送ってくるなよ。時間変更できない>

 新幹線の駅まで在来線を乗り継ぐ必要がある。

 青年は痛む足を引きずりながら駅に向かって歩き始めた。

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