実家

 新幹線を降りると、日が傾き始めていた。京都駅のホームは人の濁流で、蒸し暑さを助長させていた。スムーズな人の流れは些細ささいなアクシデントですぐに滞留するものだと隆文たかふみは思った。

<とにかく眠い。おまけに体がだるい>

 時計を見ると予定より3時間も遅れていた。不自然な体勢で長時間、眠ったツケだ。実家はまだまだ先だ。

 隆文たかふみは重い足取りで在来線に乗り継いだ。京都から更に三時間半。隆文たかふみは移動中の記憶がほとんどなかった。

 最寄駅から実家まではタクシーで移動した。駅から5キロメートルはとても歩けない。


 実家前に到着した頃にはすっかり日が落ちていた。コオロギとカエルの声が響き渡り、田んぼや畑に囲まれた中に屋敷が建っていた。じいちゃんが自分の建築会社に建てさせた自慢のお屋敷。

「ただいま」

 隆文たかふみは玄関から声をかけた。

「遅かったねえ。和室に晩御飯を用意してるので、待ってて」

 台所の方から母さんの声がした。

<晩飯、台所じゃないんだ>

 実家にいた頃は台所のテーブルで食事をとっていた。二十畳もある和室を食事に使うのは親戚が集まるときくらいだ。

「おお、こんなに」

 和室に移動した隆文たかふみは驚きの声を上げた。大きなテーブルが2つ並べられ、刺身や唐揚げなど大量の食べ物が並べられていた。

 しばらく帰らない息子でも戻ってくると嬉しいものなのか。そう思うと、一年以上、帰省しなかったことに少々、罪悪感が沸いた。

「予定より、だいぶ遅かったな」

 父が和室にやってきて座った。そして、ばあちゃんが来たあと、母が飲み物を運んできた。

さとるは?」

 隆文たかふみは弟の悟のことを尋ねた。

「部屋で食べるって。受験生の夏は大変ね。建築系に進みたいって、毎日十二時間くらい勉強してるわ」

「そう、建築か……」

「母さん、ひとまずビールだ。お前、二十歳はたちになったんだろ。ビールでいいか?」

「ああ、もらう。それにしても、四人でこんなに食べきれるのか?」

「向こうでどうせ、ロクな物、食べてないんでしょう。今日はいいもの食べなさい」

 隆文たかふみは父と乾杯した。ばあちゃんもコップに半分だけビールを入れて一緒に乾杯した。


隆文たかふみ、学校は順調かぁ?」

 ばあちゃんがビールをチビチビ飲みながら聞いた。

「まあ楽しいかな。友達も沢山できたし。あまり興味がない古典文学も読まされるけど。ところで、ばあちゃん、元気そうだな」

「おおよ。毎朝3キロ歩いとる」

 じいちゃんが亡くなって、しばらくは落ち込んでいたようだが、今はすっかり元気に見えた。

「おまえ、高校三年のころ、小説家になりたいと言ってたじゃないか。ライトなんとかっていう。古い文学も参考になるだろう?」

 隆文たかふみの空いたグラスに瓶ビールを注ぎながら父が聞いた。

「ライトノベルな。そうかもしれないけど、その古典文学がとにかく厄介でさあ……」

 あまり気乗りがしなかった帰省だが、アルコールの力もあって隆文たかふみ饒舌じょうぜつになってきた。そして、この三日間に起こった事件を話した。


「あんた。彼女できたんか。紹介しなさいよ」

 母が突っ込んだ。

「そこはポイントじゃないの。それに、言った通り、別れたんだよ!」

「振られたってやつね」

 母もいつの間にか、コップに自分でビールを注いで飲み始めていた。

「結果的にオレが振ってやったみたいなもんだ」

 辻褄つじつまの合わない事を言っていたが、未練は無かった。

「それにしても、お前の話だと、確かに連続して不運が起こっているなあ」

 父は酔って赤らんだ顔。

「それで、怖くなって実家に帰って来たってわけか。ガハハハハー」

 とばあちゃんが銀歯、丸出し笑った。

「そんなことねえって」

 それは、本当のことだった。隆文たかふみの性格だと、直接そう言われると頭に来るところだが、ばあちゃんに言われると何だか笑顔で返せた。ばあちゃんの豪快さには、ちっぽけなことを吹き飛ばしてくれるパワーがあった。

「何せよ、三回忌に戻ってきてくれたのは良かったわ」

「明日はこの部屋に親戚がいっぱい集まる。のんべえが多いので、お前も覚悟しとけよ」

 父は隆文たかふみの空のグラスに更にビールを注いだ。

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