真相

「ところで、その不吉の本とやら、ワシに見せておくれ」

 ばあちゃんがニッと笑った。自分は何者も怖くないといった様子だ。

「父さんも興味がある。ばあちゃんは近くが見えにくいので、父さんが見てやろう」

 隆文たかふみはバックから古書を出して父に渡した。

 父は本のカバーを裏表、丁寧に確認した。そして、カバーから本を取り出した。古い紙の臭いが周囲に拡散した。

 父はテーブルの皿を周りに移動させ、本を広げた。

 先頭からパラパラとめくっていく。そして、例のページに到達したところでめくるの停止した。

「おい……これ、あれじゃねえか?」

 父は、ばあちゃんの方を見て言った。

 先ほどまでの談笑が嘘のように真剣な目つきに変わっていた。

「ああ、間違いねえ」

「な、なんだよ。間違いないって」

 何の話かさっぱり分からない。

 黙って本を凝視する二人に、隆文たかふみはしびれを切らした。


隆文たかふみ。これは、亡くなったじいちゃんの本だ」

「うそ。そんな事ってある?」

 父の言葉に母は箸の手を止めた。

「この筆跡、じいちゃんのだよな、ばあちゃん」

「見間違いようがねえ。あと、ケースをよう見てみ。じいちゃんは、自分の本に必ず、イニシャルを書いとったけえ」

 父はケースに目を凝らした。

「ここ、ほら。消えかかっているけど……確かにじいちゃんのイニシャルだ」

「なんだよ、この家にあった本が関東の古本屋に瞬間移動したってことか?」

 隆文たかふみは食事どころではなくなり、箸をテーブルに置いた。

「いいや。本は全部売ってもうた」

隆文たかふみ。じいちゃんは亡くなる前に遺言を残しとってな、蔵書は場所を取るから、全て売ってくれと書いてたんだ。ワシらは残しておいてもええと思っとったんだがな」

 父が腕組みをしながら言った。

「そうそう。それで、一周忌の前に全部、引き取ってもらったの。あんた、大学に入ったあとだから知らないと思うけど」

 母は隣の部屋の仏壇の方をチラッと見た。

「そうだとして、じゃあ、あの書き込みは何なんだ?」

「孫の名前に『大凶 不幸しか感じない』なんてひどくないか?」

 その場の全員が考え込んだ。


 沈黙が流れた。一分ほどの沈黙を破ったのは母だった。

「分かったわ。思い出した。ハッハッハ」

「本当か?」

 全員が母の次の言葉に注目した。

隆文たかふみが生まれた頃、仕事がとっても忙しかったじゃない。なので、この子の名前の候補をじいちゃんに出してもらったの。あなた、覚えてない?」

「そんなことも、あったかなあ」

「じいちゃんが一所懸命、考えてくれた候補がそのページってわけ」

 母はよくできましたと言わんばかりにうなずきながら語った。

「えっ、そうなのか!……だけど、どう見ても最も悪い候補が選ばれたみたいだけど。にしても、大凶ってなんだ?」

「画数よ、名前の。じいちゃんが画数と運勢をだいぶ調べてくれたのよ」

「思い出した。ワシがどうしても『隆文』がいいって譲らんかっんだ」

 父は手をトンと叩いた。

「でも父さん。一番、悪い画数を選ぶなんてひどくない?」

「そのことなら、ワシも思いだしたぞ」

 ばあちゃんが会話に割り込んできた。

「おまえの名前の画数はとってもええんじゃよ」

「どういうこと? ばあちゃん」

「あなたがいつも名前を書いてる漢字だけど、戸籍上では旧漢字で登録しているのよ。その方が画数がとてもいいからって」

 母が補足した。そして、ペンと紙をもってきて漢字を書き始めた。

 母がその紙を隆文たかふみの目の前に差出した。

「何? 何が違うんだ?」

「よく見なさい。一画多いの。『生きる』の上に点があるでしょ。この一画で運勢が全然違うんだから」

「ま、マジで!?」

「戸籍を取ってみなさい。そうなってるから」

 母は大変なことを涼しい顔で言った。

「オレ、そんなこと聞いたことないぞ」

「言ったわよ」

「いつ?」

「確か……小学校の頃」

 隆文たかふみはちょっと呆れた。

 しかし、その直後に自然と笑みが湧いてきた。

「ハ……ハハハ、まあいいや。不吉な本じゃないと分かったし」

「不運な出来事は偶然だよ。気にするな」

 父が五本目の瓶ビールの栓を開けた。

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