ゴメン

「ふう」

 二年前を回想して溜息をついてから、改めてスマートフォンを取り出した。読みかけの小説を読むことにする。紙の本ではなく、もっぱら電子書籍だ。

 小説家になりたいとの思いは本当だ。ただ、実際に書くまでには至らず、未だに漠然とした希望に過ぎなかった。

 行動に移せていない自分に少しうんざりしていた。

<あれ、メッセージ。千春からだ>

 千春は四月に入学し隆文たかふみと同じテニスサークルに入った大学一年生。二カ月前に付き合うことになったばかりだ。今朝、急に帰省を決めてから連絡していなかった。

—話したいことがあるんだけど

 意味深なメッセージがポツリと入っている。喫茶店かどこかで直接、会うべきなのかもしれないが、今はできない。

—急だけどじいちゃんの三回忌で実家に帰省することにした 会えなくてゴメン

—そうなんだ じゃあ、メッセージで送るね

 すぐに返信が来た。

—私と別れて ゴメン

 夏休みのレポートの相談くらいに軽く考えていた隆文たかふみは背後から頭をガツンと殴られた気がした。

 「えっ!」と叫び声を上げた隆文たかふみを、おしゃべりをしていた若い女性二人が不審そうに見る。

―ど、どういうこと?

 震える指で返信メッセージを入力。電話を掛けたいところだが車内なので無理だ。次の駅で降りるか? 新幹線には間に合わなくなるが……。

―言いにくいんだけど、悪い噂が流れてるの あなたの

―噂? 何のこと? 分からないんだけど

―ゴメン、これ以上、ムリ  サヨナラ

 そこで、メッセージが終った。返信しても既読にならない。

<なんだよ……>

 ちょうど、新横浜に到着した。隆文たかふみは人込みに押されてホームに降りた。別れを切り出された衝撃に加え、噂の件も気になった。

<また……あの本のせいか?>

 カバンに入っているずっしり重い古書。二日前に古本屋で購入して以降、不運の連続だ。しかも、次第にエスカレートしている。

 

 在来線のホームから新幹線の改札口に急いだ。今は新幹線に間に合うことだけ考えよう。

<だめだ>

 改札口の中の電光掲示板は、乗るべき新幹線がまさに出発したことを示していた。

<また……>

 と思いかけて、やめた。考えるだけ虚しくなる。

 そのまま、窓口に向かい事情を話した。

「自由席ならそのままお使いいただけます。改めて指定席を予約する場合は追加料金になります」

 半笑いの若い駅員の態度が頭にきた。

「予約します。座りたいんで」

「次は……一時間半後ですね」

「それでお願いします」

 明るいうちに到着できるはずだったが、これで無理になった。

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