第14話

 理由もなく自分に付きまとう彼女のことが不思議で仕方なかった。どんなことを言ってもどんな態度をとっても無条件に自分を好きだと言ってくる彼女が隣にいることに、いつしか居心地の良さを感じていた。自分がこれまで歩いてきた道を、これから選ぶであろう道を、全て肯定してくれた。悩んでも立ち止まっても隣にはいつも笑顔があった。自分はこのままでいいと言われているようだった。だから彼女のために自分を変えるつもりもなかった。

 それがどうしてこうなってしまったのか。自分は彼女に何か間違ったことをしてしまったのか。

 彼女のことが嫌いだったら、あんな態度は取れない。笑って、うわべだけの言葉で取り繕って、適当に関係を続けていたはずだ。彼女もそれをわかっていると思っていたからこそ、いつもの自分でいられた。だが、彼女はそうは感じていなかったのか。

「お前いまさら何言ってんだ」

 自分が悪いのではない。彼女自身の問題だ。うわべだけの優しい言葉をかけるつもりなどない。そんなこと、自分たちの間には無意味だ。

「俺は、お前が俺のことを好きだって思う気持ちを疑ったことなんてない」

 信じるなんて言葉は嫌いだった。でも、彼女の気持ちは疑う余地がなかった。好きだという言葉も、自分に向けられる笑顔も。自分のことを想ってくれているであろう彼女の全てを。

「お前も俺の気持ちを疑うな。俺がお前のこと嫌いだなんて言ったことがあるかよ」

 まっすぐに彼女を見つめて言った。表情はいつもと変わらない。はっきりと自分の言葉でものを言う、いつもの悠平。黙ったままその言葉を聞いていた比呂が、首を左右に振った。

「じゃあ勝手に余計なこと考えて勝手に悲しくなってんじゃねえよ」

「悠平、よくやった」

 独り言のように高田が呟いた。

 ノートパソコンに赤い点滅が表示され、モノ出現のアラートが光る。黒い大きな影の中から比呂が一歩こちらへ踏み出した。モノはその場に留まり、彼女だけがこちらへ歩いてくる。

「迷惑かけてんじゃねえ。このバカ」

「うん。ごめんね」

 比呂は笑った。いつも通りの明るい笑顔だった。モノが分離したと考えていいだろう。比呂の中で、負の感情が完全に自分の心から切り離された。今の状態なら倒すことができるはずだ。

「高杉!」

 高貴と洋太郎が駆け寄ってくる。比呂は頷いて鞄から小刀を取り出した。

「凛子、ありがとう」

「比呂はやっぱり強いよ」

 女子同士で短い言葉を交わして笑い合った後、凛子も拳銃を両手に構え、モノを見据えた。

 それぞれ武器を構え、モノの目の前に立つ。動かないままそこにモヤモヤと中途半端な形を成している姿はいつもと変わらない。

「いくよ、私」

 悲しげに比呂は笑った。彼女自身が産み出したモノ。自分の心と切り離せなかった感情。

 比呂の動き出しに合わせ、高貴と洋太郎が左右から回り込む。凛子と悠平は並んで構えると高田の方を振り向いた。高田は視線で返事して連携の準備を始めた。

 銃身が熱を帯びる。手を掛けた弓に光の矢が現れる。

「こいつ強くない?」

「私だからね!」

 洋太郎と比呂は言葉を交わしながら交互に斬りかかる。

「一筋縄でいかないところが高杉そっくりだな。厄介だ」

「厄介ってなに! 私そんなに厄介?」

「似た者カップルだって褒めてるんだよ」

 高貴の一撃でモノがわずかに小さくなる。キラキラと砂のようなものが舞って、苦しむようにモノが蠢く。これまで、モノにダメージを与えても苦しむ様子を見せたことはなかった。少なからず高貴は動揺する。入れ替わるように比呂と洋太郎が容赦なくモノを斬りつける。引き裂いた先からまたあのキラキラしたものが舞う。モノは声にならない叫びを上げ苦しむ。

「どけ!」

 後方から悠平の強い声がした。準備ができたようだった。言われたとおりに前線にいた三人がそれぞれに散ってモノから離れる。

「ごめんな」

 小さく漏れた悠平の謝罪の言葉は轟音にかき消された。凛子の両手の銃から放たれた光の弾と、悠平の弓から放たれた光の矢。同時にモノを貫いて、パン、と軽い音がした。欠片がキラキラと舞う中、聞こえないはずの断末魔が響いたような気がした。



 モノの出現はいつものペースに戻った。

 結局原因が何だったのかはわからない。大学の施設内とはいえ、このキャンパス以外にモノが現れたのも初めてのことだった。

 運動場での一件のあと、比呂が口にした言葉が高田には引っかかっていた。

「何の悪さもしない、モノを倒すことって何か意味があるのかな」

 確かにモノは人を襲ったりはしない。自分のことが見えているものには縋るが、基本的には何の害もない存在である。

「今までモノをただ倒せばいいと思っていたけど、あの子は私の分身みたいに感じて」

 なんて、私の主観はどうでもいいですよね、あれは倒さなきゃならないものなんだから。比呂はそう続けて、忘れてください、と最後に高田に告げた。だが、高田の中にその言葉が留まり続けてしまっている。なぜモノを倒すのか。岡本がそう言ったから。

 岡本はモノの正体や目的に気付いていたのだろうか。それを知っていて自分たちには教えずに戦わせていたのだろうか。自分は何も知らない。学生時代に見たこと、自分がしてきたことを正しいと信じ、自身もまた教え子たちにモノを倒すことに加担させている。

 だがしかし、本当に正しいのだろうか。小さな疑問に信じていた全てを覆されてしまうような気がした。真実を追ってはいけないような気がした。

 静かな研究室でひとり考え込んでいると、アラートが光った。モノ出現の知らせ。

 高田は迷う心を振り払うように深く息をつき、パソコンのメール画面を立ち上げた。

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モノノフ・キャンパスライフ こたみか @kotamika_86

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