第4話
それから、私は週2くらいで北海鮮魚店に通い、徐々に北海さんと距離を詰めていった。そのせいで魚料理のレパートリーが滅茶苦茶増えた。おタマ様もこれを狙って情報を集めていた節もあるのではないかと若干疑うくらい。
私の年頃の未婚者で魚屋の利用者は珍しいらしく、すぐに顔を覚えてもらうことができ、適宜おタマ様からアドバイスを貰いつつアプローチして、初鰹が出回る頃、お付き合いをすることが決まった。
北海さんと付き合ってみれば、おタマ様情報通り本当に誠実な人で、今まで付き合ってきた男性が問題ある人ばかりだったのだな、というのがようやく分かった気がした。
土用の丑の日の鰻の時期には真大さんと名前で呼ぶようになり、秋刀魚のシーズンには私の部屋に遊びに来てもらって手料理を食べてもらい、鰤大根が美味しい時期にお互いの親に交際を報告し、鰆が旬になる頃にはお互いそろそろ結婚を意識するようになってきた。
「おタマ様、明日のディナー、どっちのワンピースがいいと思います?」
そんな中、私の誕生日にちょっといいレストランの予約をとったと真大さんに言われ、これは!? と期待しての明日のディナーの服選びである。
『そっちの白いのにしな。初めて会った時のワンピースとちょっと似てるだろう。真大のヤツあの顔でちょいとロマンチストだから、そういうのを喜ぶんじゃないかい?』
夕飯に鰆の西京焼きをペロっと食べてご満悦なおタマ様は、毛繕いしながら答えた。
「あの顔でって言わないでくださいよ。まあでも、確かにこっちが良さそうですね」
ふふ、と自然と笑みが零れてくる。
『伊織、不安はないのかい』
ルンルンでワンピースをクローゼットに戻す私の様子を見て、おタマ様は静かに尋ねてきた。
「え? 何でですか?」
『いやアンタ、去年、誕生日に結婚詐欺が発覚したばかりだろう。似たような状況なのに、思い出して不安になったりしないのかね、と思って』
気遣わしげに言われて、おタマ様はやっぱり情に厚い猫だと思う。
「大丈夫ですよ。真大さんに限って、貴也くんみたいなことはしませんって! それにおタマ様、真大さんのこと全然祟らないじゃないですか。それって私に害を為す人じゃないってことでしょう」
おタマ様を抱っこしてソファに座れば、おタマ様は苦笑した。
『本当にアンタって子は呑気なんだか図太いんだか……まあでも、真大は良い男だよ。アタシのお墨付きだ、安心しな。今度こそ、幸せにおなり』
そう言うと、おタマ様は首を伸ばして私の頬を舐めた。
「やだなあ、おタマ様ったら、そんなにしんみりしちゃって。さては、寂しいんですか?」
そう言っておタマ様のお顔に頬をぐりぐり擦り寄せれば、両の肉球で思いっきり頬っぺたを押し返された。
『調子に乗るんじゃないよ、まったく! もしかしたら今日で私が見えるのが最後かもしれないから、言いたいことを全部言っておこうと思ったんだよ』
「えっ、どういうことですか?」
おタマ様から衝撃の発言が飛び出して、聞き返す。
『ほら、何の因果か分からないけど、おキヨがアタシを殺したのと同じ歳になったから、見えてたわけだろう。あと何時間かで日付が変わって28になるわけじゃないか』
「そしたら見えなくなるんですか!?」
いつも相談に乗ってくれて、背中を押してくれて、たまに厳しいことも言ってくれて、美味しそうにご飯を食べてくれたおタマ様。
この一年でおタマ様がいる日常が当り前になっていたから、愕然としてしまった。
『初めての例だからアタシにも分からんけどね、可能性はあるだろう』
「そんな、おタマ様が居ないと寂しいです」
正直に言えば、おタマ様はふさりと尻尾を振って、私の膝の上で座りなおした。
『馬鹿な子だねえ、アンタにはもう真大がいるじゃないか。寂しいことなんて何もないよ』
子供を諭すような言い方と優しい声音に、泣きそうになる。
『それに、見えなくなるだけで居なくなるわけじゃないからね。何せアタシゃ七代祟らないといけないわけだから。いいかい、七代目が産まれたら、私の手を煩わせないよう夫婦で協力して、健やかに育てるんだよ』
おタマ様に言われて神妙に頷く。
『うん。分かればいいんだ。まあでも、もし何かあれば――祟ってやるから、安心しな』
「はい、よろしくお願いします」
おタマ様が不敵に言うので、私も泣き笑いで答えた。
――その翌朝、予想通り、おタマ様の姿は見えなくなっていた。
見えなくなる瞬間まで起きて一緒に居たいと言ったのに、
『もし見えなくならなかったら徹夜になるし、明日は朝からデートなんだからとっとと寝な!』
と、布団に押し込まれてしまい、見えなくなる瞬間に立ち会えなかった。
「よし」
でも、居なくなったわけではないというのは分かっているから、おタマ様に心配かけないように頑張らなくちゃと気合を入れる。
おタマ様に選んでもらった今日のデートの装いもばっちりだ。
「行ってきます!」
見えないおタマ様に挨拶して、私は家を出た。
代々我が家を祟る、守り神のようでいて祟り神のおタマ様。
七代祟り終わった後は一体どうなるのか、結局、聞かずじまいだったけど、面倒見のいい猫だから、なんとなく、その後も見守ってくれそうな気がした。
猫の祟りと六代目 佐倉島こみかん @sanagi_iganas
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