第9話 リアトリスは自分と魔王を重ね合わせている
私は今、ティム捜索のため風魔法で森の上を空を泳ぐように移動している。
「こっちに向かったって聞いたけど」
ティムを捜索する時に森以外の場所へ向かっているのかもしれないと杞憂していたが、見張りの部下がティムを通したと話してくれたため、迷わず探すことができていた。
ちなみに民間人は夕刻に森への出入りを禁止している。ティムは見張りをしている騎士よりは幾らか強い分心配ないだろうと通したらしい。そのことについて問い詰めると責任者は泡を吹いて倒れ、周りの者もガクガクと震え始めた。
確かにティムを止めなかった見張りたちには多少苛つきを感じていたが、そんなに私は怖がられているのだろうか?
これ以上は何も聞けないと悟った私は上から捜索を続けている。
「暗くなるまでに見つけないと」
空は夜を告げるように赤く染まっている。暗くなれば夜行性の強い魔物が出現しやすくなるし、なりよりティムを探すのがより困難になる。
屋敷で使った索敵の魔法も流石に森全てを覆うことは出来ない。何か良い手立てはないか……。
風に当てられて靡く髪を整えながら考えていると、あることに気づいた。
「……それにしても魔物が少なすぎる」
真上から森を見渡しているが、普段の魔物の数の半分にも満たない。
それに、魔物が皆同じ方向へ向かっている。
「……もしかして」
私は風魔法の出力を上げて最高速で魔物と同じ方向へ移動する。
「……居た! ティム!」
遂にティムを見つけたと安堵するのも束の間。彼は四方を魔物の大群に囲まれ、息も絶え絶えで今にも倒れそうでいた。
「邪魔だッ!!」
勢いよく腕を振り下ろすと同時に魔物に目掛けて雷が降り注く。
雷属性の下級魔法だ。森の中では引火を防ぐためにこの程度の威力しか出せないが、あたりの魔物を蹴散らすには十分だった。
有象無象を灰にすると、風魔法を解除してティムの元へ降り立つ。
「義姉さん!? どうしてここに……」
「迎えにきました。それより、何ですか今の魔物の大群は」
「……これのせいだ」
彼の手には魔物が好んで寄ってくる匂い袋が握られていた。
しかも、よく見ると彼の後ろに大量の匂い袋があることが分かった。
相乗効果で広範囲の魔物に作用しているのだろう。だから、ここまで来るまで魔物が少なかったのだ。
「そんなものどこで……」
魔物が寄ってこなくなる臭い袋は一般にも出回っている。一方で匂い袋は凄まじい効果により生態系を乱しかねないため、我が国では騎士団でのみ使用を許されている。
「……屋敷でたまたま見つけて。すまない」
ルチアーク家は代々騎士団長の家系だ。家の倉庫にあってもおかしくない。
「でもなんでこんなことを……?」
匂い袋の使用制限くらいティムなら分かっていたはずだ。誠実な彼が自分からこんなことをするとは思えない。
「……大量の魔物に襲われれば俺も義姉さんと同じ体験ができると思ったんだ……だから!」
……そうか。
彼を惑わせたのは私のせいだ。私が余計な入れ知恵をしたせいでこんな愚行に走ってしまったのだ。
「……これじゃあ。私が魔王みたいだ」
人の弱みにつけ込み、唆し、操る。
ゲームの魔王と大差ない。しかも、義弟にそれをやってのけるなんて悪逆非道もいいところだ。
やはり、早急に私の呪縛から彼を解放しなくてはならない。
「ティム。貴方では私と同じ訓練をすることは叶いません」
「な!? そんなの分からないじゃないだろ! さっきのだって義姉さんに助けられなくても何とかなった! 俺だってやれる……俺だって義姉さんと同じように……」
「無理ですよ。だって──」
刹那。背後にある木々が音を立てて薙ぎ倒される。
振り返るとそこには1匹の魔物がこちらを見て立ち尽くしていた。
2本の立派な牙と真っ赤な瞳、緑色の巨躯には鋼鉄かそれよりも更に硬度のある素材で出来ているであろう大きな棍棒が握られていた。
ゴブリンの王──キングゴブリンだ。
「なんでこんな化け物が……ッ!」
騎士の習性みたいなものなのか、ティムは反射的に剣をそれへと向けていた。
しかし、剣先が小刻みに震えている。
無理もない。大型の魔物を見るのは初めてなのだろう。そもそも、ゴブリンキングはこんな場所には本来生息していない筈だ。
ゴブリンキングは上級の冒険者が協力してやっと討伐することができるほど強力な魔物だ。
普段は山の奥地や洞窟に生息しているが、通常のゴブリンよりも嗅覚が優れている上にこの量の匂い袋だ。匂いに誘われて来てもおかしくはない。
流石のティムも動揺を隠せないでいる中、私は嫌に冷静に目前の怪物を捉えていた。
「……これは私が産んだ魔物だ」
ゲームでは魔王がリアトリスを唆し、リアトリスは自身の魔力を使って操る魔物をヒロインたちの前へ送り込む。
この魔物は私という魔王がティムを唆し、彼の使った道具によって目前に顕現している。
そんな状況を作った私を、私は許せなかった。
この魔物は……この魔物だけは私の全力をもって殲滅すると誓った。
「……ゴブリンか。私が強くなるきっかけをくれた魔物だ」
瞬間。真っ黒な霧のような魔力が全身から溢れ出し、その全てを右手に集約させる。
「死神に会えたことは私の転機だと思ってる。だから──」
集められた霧は意志を持つように、うねうねと膨らんでは弾けてを繰り返し、やがて一定の形に留められた。
「──今度は私がお前の、死神になってあげる」
魔力により形を成したそれは、私の身長の倍はある大鎌へと変貌を遂げていた。
負けイベントの最強悪役令嬢 ららら♪ララバイ @rararararabai
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