捨てた男 終
「行方がわからなくなっているのは、都内に住む二十五歳の会社員、
その行方不明のニュースが始まってから、色薄い病衣を着た一人の若い女性が、とても心配そうな表情でテレビを見つめました。
「……冬真くん」
もともと六台のベッドが並んでいた病室を、感染症患者のための個室に改修してがらんと広くなった室内に、真剣味を帯びるアナウンサーの声が、小さく響いています。
女性は、
「知ってる人なんですか?」
ベッドの傍らで、ビニール製の防護服を着た看護師が点滴袋を替えながら尋ねました。
「前にお付き合いしていた人です。入院する時に別れて……」
女性は、それだけ言ってから、沈痛な面持ちで黙りました。言葉に出せなかった感情が、いろんな思い出の欠片を引き連れて、胸の内を抉るように渦を巻きました。
渦を巻く感情の中には、あの時に言い放った事への後悔や罪悪感が、深く混ざり合っているのかもしれません。それだけ彼女の表情は重苦しいものでした。
「ビルを飛び出していったって何か急ぎの用事でもあったのかしらね。誰かに呼び出されたとか」
「わからないですけど……」
「目撃情報だってちらほらあるんでしょ? 警察も動員数増やして捜索してるし、すぐ見つかりますよ、きっと」
「……はい」
女性はすこし微笑みましたが、やはりすぐに重苦しい表情へと戻りました。
看護師は、いくらか元気づけようとした気遣いが徒労に終わったからか、静かなため息をつきました。
「あ、そういえば」
話題を変える目的もあって、看護師はこう語りかけました。
「さっき汐見さん宛に小包が届いていたわよ。病棟の階と部屋番号まで書いてあって。家族さんかしらね」
「……わたしに?」
看護師は医療器具と共に持参した、正方形の小包を女性に差し出しました。
みずみずしい植物の葉のような緑色に染まった厚紙の上には、病室の部屋番号までが丁寧に記された住所と、‘汐見真様’と達筆で書かれた紙が貼ってありました。
よく見ると、
「いったい誰から……?」
「危ない荷物かしらねぇ」
「そんな」
「冗談よ。この送り状の字からして変な人じゃないわ。きっとしっかりしたご老人の方なのよ」
「だれ……?」
「ご親戚の方とかじゃない? ひとまず一旦戻りますね。何かあったらコール鳴らしてください」
看護師は手早く器具を片付けて、小包を残したまま出ていってしまいました。
真は、しばし小包の送り状に記された、達筆な字をじっと見つめました。祖父はどちらも亡くなっており、存命中の母方の祖母はこんなに整った字を書けません。もちろん父や母も……。
「どうしよう、これ」
真は不安そうにテレビを見ます。いつの間にかスポーツの話題になっていました。
小包に目を戻して、さんざん、本当にさんざん悩んだあと、簡単な
すべて剥がし終えると、包みの色より一段と淡くなった緑色の箱が出てきました。そのふたを開けると、
「……えっ?」
とても濃い紫色に染まった薬液瓶が、ぽつんと、あったのです。
キヲク消去人 ひなたみずは @Globophobia
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