待ち侘びる二人

「お前ら、よくも俺をこんな目に遭わせたな!命を持って償わせてやる!」


呪礼に手を引かれながら、目を包帯で覆った邪苦が現れたかと思うといきなり怒鳴った。


化瓶と鉈射は、相変わらず電信柱のところでゴトーを待ち伏せていた。


そこに前日出会った邪苦と呪礼が再びやって来た。


邪苦は気が済んだのか、呪礼に連れられて離れた所で待機している。


呪礼だけ戻ってくると、彼が申し訳なさそうに一応の説明をした。


「すまねぇな、坊主。それから、嬢ちゃん。昨日お前らの罠を踏んだ時、ボスってばモロに顔に薬品を浴びただろ?,そのとき、目に薬品が入ったせいで、一時的に目が見えなくなっちまったんだと。幸い、また見えるようにはなるらしいんだが、それには何週間もかかっちまうそうでよ。ボスが、お前らにツケを払わせなきゃ気が済まないってカンカンなんだよ」


「呪礼さんも災難だね」


化瓶は労わるように言った。距離が離れているため、邪苦にはこちらの会話は届いていないようだ。


「それでな、オレがお前らを始末すれば、また工場で働かせてもらえるって約束してくれてんだ。それに、借金もチャラにしてくれるって。だから、申し訳ねぇけど、俺に殺されてくれねぇか?」


そう言う呪礼は武器になりそうなものを持っていない。


「うーん…殺されるわけにはいかないなぁ」


「そうだよなぁ…」


鉈射は、一応鉈と拳銃を構えているが、化瓶と呪礼の様子から警戒の必要はないと判断したようだ。


化瓶の顔に明るさが戻る。


「そうだ!こうしたらどう?邪苦はしばらく目が見えないんでしょ?だったら、僕たちが死んだか確かめられないんだから、殺したって嘘つけばいいんんだよ」


「騙すってことか?」


呪礼はあれだけ嫌っていた上司を騙すことに抵抗があるらしい。


だが、そんな忠誠も吹けば飛ぶようなモノだった。


「そうだよ!どうせなら、それっぽい演技もしてさ!」


「演技って、一体どうすんだ?」


「うーん、黙って殺される人なんていないから、ちょっとは抵抗の痕があった方がいいよね…わかった!呪礼さんは鉈射ともみ合って銃を奪うんだ。その銃で僕らを撃って殺したことにすればいいよ!」


「そんな上手くいくかなぁ」


「じゃあ、リアリティを出すために、鉈で腕かどこかを切りつけておこうよ。そうすれば、後から邪苦に疑われても、呪礼さんはその傷を見せれば本当だって言い張れるし!」


「…確かに!そいつは名案かもしれねぇ!」


そして、三人で演技の軽く打ち合わせを行い、寸劇を始めた。


呪礼はわざとらしく叫びながら鉈射の左手を掴み、拳銃を奪おうとする。


鉈射はそんな呪礼の腕を鉈で切りつける。悲鳴が上がり、その音で邪苦が驚いて小さく跳ねた。


涙を浮かべる呪礼に拳銃を手渡す。呪礼は計四発の銃声を鳴らした。


明後日の方向に放たれた発砲を見届けた化瓶と鉈射は、気配を殺して身動きを止める。


呪礼が邪苦の元に戻っていく。


「あの…ボス、終わりました」


「本当か!?ちゃんと始末したんだろうな!?」


「そりゃもちろんですよ。心配なら、ここに奴らから奪った拳銃があります。オレが補助しますんで、ボスも死体に一発ずつ撃ち込みますか?」


「馬鹿野郎!俺が自分の手を汚すような真似するか!さっさと戻るぞ!案内しろ!その前に、お前、俺に銃を向けてないだろうな!今すぐ捨てろ!」


呪礼が投げ捨てた拳銃が、道の真ん中に落ちる。


二人の人影が十分小さくなったのを確認してから、化瓶が声を出す。


「もう大丈夫そうだね」


「すっかり騙されてやんのー。おもしろかったー!」


思わぬ来客が去り、化瓶はこれでようやく見張りに戻れると安堵した。


化瓶は電信柱に背を持たれかけ、地平線を見張る。


相変わらず、ゴトーは来ない。昨日の少年との約束なら、今日ゴトーに会えるはずだ。


「人に借りたモノ、返さなきゃダメじゃーん」


そう文句を垂れながら、鉈射は呪礼が落とした拳銃を拾いに向かった。


化瓶は鉈射の背中を見送ると、視線を正面に戻した。


早く来ないかなぁ


少しして鉈射が戻ってきた。


「化瓶ー、そこでなにやってんのー」


「なにって、忘れたの?ゴトーを待ち伏せしてるんだよ。鉈射も早く見張りに戻りなよ」


「あー、そうだったそうだった。でもさー、ゴトーはほんとに来るのー?」


「今日来るって約束したんだ。もう少しの辛抱だから、そこで見張ってよ」


「約束?誰とー?」


「約束って言うか…昨日、ゴトーの知り合いと話して、今日来てもらうようお願いしたんだ」


「昨日ー?そんな人いたかなー?」


「いたんだよ。鉈射は荷物を取りに言ってたから、見なかっただけさ」


「うーん、でもすぐ化瓶と一緒に戻ったけど、どこにもいなかったよー?その人、どうやって帰ったんだろー?」


鉈射は化瓶と同じように電信柱に背を預け、つま先をブラブラさせて地面を削るようにしている。


化瓶は、それが退屈の表れだと知っている。


ゴトーを探そうって、鉈射から言い出したのに。僕だけが張り切ってバカみたいじゃないか。


化瓶は急に脱力感をおぼえ、電信柱を背もたれ代わりにして、地面に腰を下ろした。


「ねーねー、化瓶。どうしたのー」


返事をするのが億劫で、化瓶は黙ったままの態度で不機嫌さを醸し出した。


「どうしちゃったのー」


鉈射には、そんな化瓶の気持ちは伝わっていなかった。


鉈射にとっては、暇つぶしのための会話という手段が使えなくなっただけだ。


他にすることもない。スマホの写真も、もう見飽きた。


気まぐれと暇つぶしへの飢餓感から、鉈射は化瓶の言ったゴトーの知り合いについて考えることにした。


鉈射は帰る姿も、やって来る姿も見ていない。


その人はどこから来てどこに帰ったんだろう?


周囲は見渡す限りの荒野だ。例外として、背後に立つ一本だけの電信柱があるだけだ。


鉈射は時間をかけて考えた。時間だけは膨大にあった。


いつもなら痺れを切らした化瓶が話しかけてくれる。しかし、ふてくされた化瓶は助け舟を出さなかった。


鉈射に一つのひらめきが舞い降りたのだ。


「そっか!ねぇ、化瓶!ゴトーの知り合いは、きっと上から来て、上に帰ったんだよ!」


化瓶と鉈射が見張っていないところは、頭上しかなかった。


「上だよ、上!上から来たんだ!きっと、そうだー!」


考え事はいつも化瓶に任せていた鉈射にとって、なにかを自分が思いつくということは新鮮な体験だった。


自分の見つけた可能性によって、自分自身の可能性までもが拡張されたような気持ちになる。


嬉しさのあまり、その場でぴょんぴょん飛び跳ねている。そうやって、少しでも上へ上へと近づこうとしているようだ。


化瓶はそれでも反応しない。


果たされるかもわからない約束を信じ、ゴトーを待っているのだろう。


鉈射は化瓶が見向きもしないことについて、特に不満は感じなかった。


鉈射は化瓶と一緒なら、それでよかった。



座ったままの化瓶から意識を外し、鉈射は周囲を見渡す。


発見の喜びも、もう冷めた。次の暇つぶしを探そう。


電信柱が目に入った。ずっとそこにあったのに、どうして今まで気にしなかったんだろう。


荒野に一本の電信柱。


古くなって、表面は所々欠けている。


柱の根本に視線を向け、徐々に上に動かしていく。


打ち込まれたボルトが、最低限足場として使えそうだ。


てっぺんには、千切れたケーブルのようなモノが短くぶら下がっている。


鉈射は思いついたその瞬間には、手に持った鉈と腰の拳銃を地面に落として、電信柱に登り出していた。


枝の折れた枯れ木のような、電信柱をぐんぐん登っていく。


てっぺんに着くまでに大した時間はかからなかったが、待ちぼうけを食らっている間に随分時間が経っていたのか、気づくと日が落ちかけていた。


バランスをとって、最上部に腰かける。


見上げた視界一面にきらきらと輝く光がちりばめられている。


あれはなんだろう。


鉈射には、それがなにかわからなかったが、それがきれいだと思った。


そうだ、次は化瓶と一緒にあれを取りに行こう。


鉈射はすでに楽しい気持ちになってきていた。



早く今やっていることを終わらせて、今日はもう家に帰って、明日また化瓶と一緒にここに来よう。


後どれくらい待てばいいんだろう?





ゴトー、早く来ないかなぁ。




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ゴトーを待ち伏せながら @madoX6C

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