第二話 招くモノ
ある日出勤すると、レジの横に可愛い招き猫が置いてあった。
「これ、どうしたんですか?」
私が店長に聞くと、デレッとした顔をして話し出した。
「可愛いだろう?招き猫のマネちゃんだ」
ネーミングセンスよ……。
「昨日リサイクルショップで見つけてさ。可愛いから買ってきちゃったんだよ。なぁ、マネちゃん」
店長は、若くしてこの店を繁盛させ、二号店まで持っている敏腕ではある。
常にスタッフのことを考え、お客様からの受けも良いのだが、異常すぎるほどに可愛いものが好きだ。
以前も和風な店とは、ほど遠いかわいい置物を買ってきたことがある。
結局、皆から猛反対されて家に持ち帰ったのだが、その時もこんな感じだった。
店長の家って、どんな感じなのだろうか……。
いい年して彼女がいないのは、決して仕事人間という理由だけではない気がしてならない。
「これくらいなら置いてもいいだろう?」
少し遠慮がちに店長が訪ねた。
私から見ても可愛いと思うが、招き猫ならばいいかな?
「これ位ならいいんじゃないですか?」
私が言うと、子供の様に顔を輝かせ、招き猫の頭を撫でてから、厨房に消えていった。
数日後、異変が起き始めた。
いつも通り、亮太君と開店準備をしていると、厨房の奥からものすごい音がした。
私と亮太君は、急いで厨房に駆け込んだ。
そこには、倒れた棚と大量の割れた皿が散乱していた。
「大丈夫ですか?」
棚の隣に座り込む工藤さんに声をかける。
工藤さんは、両手に食材を持ったまま、力なく座り込んでいた。
その時、奥の壁に消えてゆく男性の後姿を見た。
この店では見たことのない「人」だった。
私が壁を見つめていると、二階の事務所に居た店長と、秋月さんが下りてきた。
「どうした?何があったんだ」
店長と秋月さんは、工藤さんに駆け寄る。
「怪我はなかったか?大丈夫か?」
秋月さんは、心配そうに工藤さんの肩に手をかける。
「あ……大丈夫です。食材探してたら、急に棚が倒れてきて……急いで避けたので怪我はないです」
工藤さんが力なく答える。
「そうか……。今日はもう帰るか?」
秋月さんがホッとしたように、工藤さんに問いかける。
店長も、帰るように促し、結局この日は工藤さんは早退することになった。
その後、秋月さんが工藤さんの仕事の続きをこなし、開店準備の終わっているホールの私と亮太君で片づけをすることになった。
片づけをしていると、亮太君が小声で問いかけてきた。
「もしかして、陽何か見えた?」
私は静かに頷いた。
壁を見つめていたから聞かれたのだと思っていたのだが、どうやら違うようだった。
「棚が倒れた時さ、何かすごい嫌な感じがしたんだよね。やっぱり陽には見えたか……」
私はびっくりして、亮太君を見た。
確かに亮太君は、見ることはできないが、たまに感じることがあるらしい。
でも、その亮太君が嫌な感じがしたのだから、あまり良くない。
きっと、あの後姿の人だろう。
知り合いに相談しようか迷いもしたが、まだこれだけでは決めつけられない気もして、とりあえず様子を見ることにした。
その一件から数週間後の週末。
いつも毎週末に来てくれている常連、片桐さんの部下の人たちがやってきた。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
私がそう言って席に通すと、部下の一人の男性が話し始めた。
「あきちゃん聞いてよ。片桐さん入院しちゃったんだよ」
「え?大丈夫なんですか?」
私が驚いて聞くと、部下の人はうーんと唸りながら話す。
「たぶんね。この前交通事故に巻き込まれてさ。骨折しちゃったんだよ。このすぐそこの交差点でさ」
「そうなんですね……」
私はそれしか言えなかった。
「怪我自体は大丈夫みたいだけど、あの人仕事人間だから、大丈夫じゃないかもね」
彼の冗談に、周りの仲間が同調して笑う。
「退院したらまた来ると思うから、そしたらよろしくね」
彼はそう言って、注文を始めた。
私がパントリーに入ると、亮太くんが話しかけてきた。
「何か話してたみたいだけど、どした?」
私は、さっきの話を亮太くんにする。
すると、亮太くんが手を顎にあて、何かを考えだした。
「何かあるの?」
私が聞くと、躊躇しながらも話しだした。
「勘違いかもしれないんだけど、その事故って、この前棚が倒れたのと関係ないよね?」
急な話に私は呆気に取られてしまった。
確かに、前に棚が倒れたときは、亮太くんも嫌な感じがするほどの何かがいた。
でも、今回は店の外の話だ。
いくらなんでもそれはないんじゃ……。
「実はさ、昨日もそこの交差点で事故あったんだよね。陽は休みだったから知らないだろうけど。もともと事故の少ない交差点で、そんなに頻発することある?しかも知ってるだけで二件だよ?」
「いや、でも……」
私が言い淀んでいると、呼び出しのベルが鳴る。
「はい、ただいまー」
亮太くんは、呼び出しベルに応じ、小走りで客席へ出ていった。
亮太くんが言いたいことはわかる。
だけど、こじつけな気もする。
店の前の交差点は、もともと車通りもそこまで多くないので、事故はめったに起きない。
ここで働きだして三年になるが、一度も事故を見たことがない。
言われてみると、おかしな気も……。
「店長!!」
私が考えていると、調理場から秋月さんの声がした。
私は急いで調理場へ向かう。
そこには、倒れた店長の姿があった。
「どうしたんですか?」
私は駆け寄りながら聞いた。
「盛りつけ手伝ってもらってたら急に倒れたんだよ。おい!大丈夫か!」
秋月さんは店長に声をかけ続ける。
すると、店長の意識が戻った。
「う……痛い……」
どうやら倒れたときに体を打ったらしい。
「店長!大丈夫ですか?」
私が聞くと、「うん」と頷いた。
しかし、顔は苦悶の表情だ。
「駄目だろ。俺、店長病院連れて行くから。あと任せていいか?」
秋月さんはそう言って私と工藤さんの顔を見る。
「大丈夫です。店長のことお願いします」
工藤さんが答えると、秋月さんは頷いて、店長を抱えて、裏口から出ていった。
その直後、亮太くんが客席から戻ってきた。
私達のただならぬ空気を感じて、首をかしげる。
私達は、事の経緯を手短に話し、この後の作戦会議をさくっとして各自持ち場に戻った。
流石に店長と秋月さんがいないと、店はてんてこ舞いだ。
ホールを私とバイトの子で回し、工藤さんが調理、亮太くんが調理補助に回った。
バイトの子もいたおかげで、ホールは忙しいが何とか回っていた。
しかし、本来三人で何とかしている調理場は大変そうだった。
何か手伝うことはないかと思っていると、裏口から増田店長が現れた。
「おつかれっす。手伝いに来たよー」
増田店長は、二号店の店長だ。
もともとこの本店でバイトをしていて、二号店ができる時に社員になり、店長になった人だ。
「秋月さんから電話もらってね。オーナー大丈夫そうだって」
どうやら秋月さんが連絡して、助っ人をお願いしてくれたようだ。
かなり助かる助っ人の登場だ。
「調理場やばそうだね。亮太、しっかりやれよ」
そんな冗談を言いながら、増田店長は調理場に入り、状況を立て直していった。
さすが店長になるだけの人だ。
その手際の良さは凄まじかった。
二号店ができてから五年。
本店のオペレーションからは遠ざかっていたのに、それを全く感じさせなかった。
おかげで、何のトラブルもなく、無事閉店を迎えることができた。
「いやぁ、本当に助かった。増田店長様のおかげだわ」
亮太くんは、拝むような姿勢で増田店長にお礼を言った。
「感謝が伝わらん」
増田店長は、わざとらしく亮太くんの前で仁王立ちした。
「増田様〜」
二人のいつものイチャつきが始まった。
二人は店は違うがとても仲良しだ。
同い年というのもあり、会社での飲み会で意気投合し、その後はよく遊びに行っている。
何故かわからないが、私もその仲良しの中に入っている。
どちらかというと、冷たい視線で傍観していることが多いのだが。
「ん?これなに?」
二人がイチャついていると、増田店長が、レジ横の招き猫に手を伸ばした。
「なんで黒い招き猫?」
え?黒?
「黒って厄除けとか魔除けの意味だよね?店に置くなら白とかが一般じゃないの?」
私と亮太くんは顔を見合わせた。
白かったはずの招き猫が、黒くなっている……。
試しに拭いても見たが、完全に変色していた。
私達の行動が理解できない様子の増田店長だったが、何かを察したようで、何があったのか話してほしいと言われた。
亮太くんは、事のすべてを話した。
招き猫は店長が買ってきたもので、最初は白かった事。
調理場の棚が倒れた事。
近くの交差点で事故が増えた事。
そして今日、店長が倒れた事。
増田店長はその話を聞き、少し考えた後、私に訪ねた。
「あきやんは何も見えないの?」
実は、増田店長も私が見えることを知っている。
正直、亮太くんにも増田店長にも教えるつもりはなかったのだが、酔っている時に霊に絡まれ、ばれる次第となった。
「棚が倒れた時に、男の人を見かけたんですけど、今日はそれどころじゃなくて……」
「そっか……」
増田店長が考え込む。
そして、自分で納得したように頷くと、話し始めた。
「これはあくまで俺の推察ね。全部かどうかはわからないけど、原因ってこの招き猫じゃない?あった事全部これのせいってわけじゃないと思うけど、少なくとも原因の一端はあるんじゃないかな?」
それは、私も思っていたことだ。
亮太くんも同感のようで、深く頷いている。
棚が倒れたり、店長が倒れたのも、この招き猫が来てからだ。
偶然といえばそうなのかもしれないが、あまりにも重なりすぎている。
交差点の事故も、たまたま重なっただけかもしれないが、そうじゃない可能性だってある。
私達は、三人で相談して、私の知り合いの神主の喜代野さんに見てもらうことにした。
家に持ち帰るのは嫌だったので、明日改めて取りに来ることにした。
次の日。
私は、例の黒い招き猫を持って、喜代野さんの神社に向かった。
正直、持っているのも何かありそうで嫌だったが、店のためと思い、布に包んで、紙袋に入れていた。
喜代野さんの神社は、電車で二十分ほど行ったところにある。
電車に乗ろうと、改札を入ると、電光掲示板に運休の文字が見えた。
近くの駅員さんに聞くと、途中の駅で事故があったらしく、普及にはしばらくかかるということだった。
バスで目的地まで行くこともできるが、今からだと確実に時間を過ぎるだろう。
私はその旨を神主さんに伝えようとスマホを取り出すと、ちょうど喜代野さんから電話がかかってきた。
「もしもし?陽さん?今からそっちの駅に迎えに行くから、そこで待っててくれるかい?」
喜代野さんも電車が止まってるっことを知っているようだった。
私は、指定通り駅の前で待つことにした。
三十分ほどすると、ロータリーに喜代野さんの車が入ってきた。
「おまたせ」
そう言いながら、喜代野さんはドアを開けてくれた。
「いいえ。わざわざありがとうございます」
私は、開けられたドアから車に乗り込む。
するとすぐに喜代野さんが紙袋を指さした。
「それ。かなりまずいね」
まだ実物を見てもいないのに、怖い表情で言った。
「この電車止まったのもそれのせいだね。僕のところに来たくなくて何かしたんだろう。とりあえず神社まで行こうか。そうすればどうとでもできるし」
喜代野さんは車を発進させた。
神社につくと、私は本殿に通され、喜代野さんは着替えのために奥の部屋に消えていった。
この神社は、神主の喜代野さんが強いせいか、余計なものが見えたりしなくてとてもいい。
喜代野さんとの出会いは、私が中学生の頃だ。
中学生の頃には、もう他の人には見えないものが見えていた。
しかし、ある時ふとこの神社を見つけ、立ち寄ってみた。
大きくはないけど、綺麗で、とても澄んでいる場所だった。
この神社にいると、霊を見ることは無かったので、疲れるとここに来るようにしていた。
そんな時、喜代野さんに声をかけられ、見えることを相談してからは色々とお世話になっている。
喜代野さんの人柄も好きなので、何もなくても遊びに来たりもしている。
ちなみに、喜代野さんは若く見えるが四十代半ばで、未だ独身だ。
私からしたら、今一番の謎だ。
「おまたせ。さて、じっくり見せてもらおうか」
正装をして戻ってきた喜代野さんは、紙袋から招き猫を取り出し、じっくり見る。
「うん。ダメだね」
喜代野さんは、招き猫を置き、私に説明を始めた。
「これ、前の持ち主の魂が入ってるね。本人は孤独死をした方みたいで、他人の不幸が見たいみたいだ」
何かあるとは思っていたが、思っていた以上の危険な代物だったことに驚きを隠せなかった。
「棚が倒れたのと、店長さんの件、それと交通事故もこれのせいだね」
亮太くんの読みは当たっていたようだ。
「これは神社で供養させてもらうよ」
そう言うと、招き猫を本殿の奥に持っていき、お祓いを始めた。
私は後ろの方に座り、お焚き上げが終わるまで、すべてを見守っていた。
すべてが終わり、帰ろうと喜代野さんに声をかけると、家まで送ってくれるというので、甘えることにした。
帰りの道中、私はどうしても気になることを聞くことにした。
「あの、答えづらかったらいいんですけど……喜代野さんは結婚とかしないんですか?」
「え?」
急な質問にびっくりしたようで、その表情は困惑していた。
「き、急にどうしたの?」
運転しているのに、動揺するようなことを聞いてしまった……。
「いや、言いづらかったらいいんですけど、喜代野さんすごく良い人なのに、なんで結婚しないのかなーって。失礼なこと聞いてごめんなさい」
喜代野さんは、しばらく考え込んでいたが、話し始めた。
「実は、前から好きな人はいるんだけどね、年も離れてるし、今の関係を壊したくなくて、中々前に進めないんだよね」
少し困ったような、照れてるような顔で喜代野さんは言った。
「いくつくらい離れてるんですか?」
「確か二十くらい離れてるかな」
おっと……思ったより離れていて驚いてしまった。
「参考までに聞きたいんだけど、陽さんはどれくらい年上までなら付き合える?」
「そうですね……私は年の差とかはあんまり気にしないですね。好きになったら考えても仕方無くないですか?」
私が言うと、喜代野さんは大笑いした。
「何か陽さんらしいね。悩んでるの俺だけなのかな」
私は笑われてる意味がいまいちわからず、キョトンとしてしまった。
「ははは。陽さんのおかげで頑張れそうだよ」
どうしてそういう結果になったのかはわからないが、喜代野さんは私の家につくまで、思い出しては笑い、私をからかって楽しんでいた。
次の日。
私は亮太くんに、喜代野さんに言われたことを伝えた。
亮太くんは「やっぱりか」と頷きながら、これで何もなくなるといいなと言っていた。
数日後には、店長が何事もなかったように仕事復帰した。
あの時、急に頭が痛くなり、意識が飛んだというのだ。
それもあの招き猫のせいなのだが、名前まで付けていた店長にはそれは言えない。
「あ!!」
店長が、レジ台を見て声を上げた。
「俺のマネちゃんは?」
そうなりますよね……。
なんて答えようか迷っていると、後ろから亮太くんが店長に声をかけた。
「マネちゃんは、この前お客様がぶつかって割れちゃったんで、供養しておきましたー」
その言葉を聞いて、店長はうなだれて、ブツブツ言いながら事務所に言ってしまった。
私は亮太くんにお礼を言って、いつもの仕事に取り掛かった。
今は隣人の顔をも知らないような、他人と距離のある世の中だ。
でも、できる限り、人を恨まず、憎まず、他人の不幸を願うような人間にはならないようにしようと思う一件だった。
居酒屋怪奇譚 鴉河 異(えがわ こと) @egawakoto
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