第5話 水没した大分のマチ(市街地)へいく

「そうだ。今日は高崎の方に配達があるから、一緒に行かないかい?」

 ツヨシくんが言った。

「え!いいの!?」

 ケンタが喜びの声を挙げる。


 船と言うのは意外と燃料代を喰う。

 おまけに海は危険だったり校区外とかの絡みもあり小学生は簡単に外に出られない。なので、ケンタはまだマチ(大分市民にとって駅周辺の市街地を指す)を見た事がない。

「ああ、ボクも君のお兄ちゃんも小学生の時には500円を握りしめて、バスでマチに行くのが楽しみだったからね。ちょっと荷降ろしとか手伝ってもらうけど、それで良かったら3人で行こう」

 田舎の水没村にとって夏休みと冬休みの2回、大分市街に遊びに行くのは一大イベントだった。

 タイ●ーでゲームセンターのゲームを後ろから見たり、本屋さんでコミックスの背表紙を眺めたり、デパートのおもちゃ売り場でプラモの箱を見るのはとてもとても楽しみだった。

 買う金はない。

 ただ見るだけで楽しかったのである。

「ありがとう。お兄ちゃん!」

 未知の世界への切符を貰えてケンタは大きな声で礼を言った。

 

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 医大ヶ丘から高崎山の北方面に船で行くには、城南の高地を大廻りして、かつて大道トンネルと言われた場所まで3km大周りするかしないといけない。

「あそこが、昔ウチのお店が有った賀来だよ」

6階建て位のビルが下に見える。

「あ、コンビニもあるし本屋も、マク●もある。GE●もあったんだ。都会だね」

 とケンタは言う。

「ところで、こんなに広いのに…」

 ケンタは周囲を見回して不思議そうに


「何でみんな道路の上ばかり移動しているの?」


 と言った。


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 周囲は海。

 遠くに見えるのは雄城台高校や二豊団地などの高台だけである。

 どこを移動しても船は通れる。なのに、その殆どは道路の上を運航している。

 なんとも滑稽な話である。

 だが、それには理由がある。

「それはね。道路の上は障害物が少ないんだ」

 高層ビルなど一件も無い辺境の水没村と違い、ここらへんだと10階建てのビルが数件建っている。

 中途半端な高さなので海面から顔を出す事はないが、干潮時だと大型船は底があたるかもしれない。

特に、海面がまだ低かった時はギリギリ水没したビルのアンテナにぶつかって舟底やスクリューが壊れるという事故もあったそうだ。

「それに、大分には高速道路が通っているからね」

 船が進むと、かつて地上30mの高さに伸びていた九州自動車道という高速道路がある。

かつては下をくぐりぬけた道は、干潮時に船を足止めする障害物となっていた。

道の高さは一定なので、通り抜けできる場所も無い。

 そこで、国道部分だけ道路を破壊しているのだ。


「まるで、高速道路の料金所みたいだな」


 適当に何か所か壊せば良いのだが、下にある住宅地や店舗に破片が落ちたら、まだ財産権がうるさいらしく、壊せる場所は限られているのだという。


高速道路を抜けるとしばらくは平屋の住宅地だった場所なので自由に動ける。

 もうすこし進むと南大分のト●ハという地元の有名スーパーがあった場所に出る。

 ガンプラなどのおもちゃはここに行かないと販売されておらず、10kmの道を自転車をこいで行ったものである。


「ここらは道が狭いのに市街地へ行く車がY字路で合流するから渋滞が起きやすかったんだよなぁ」

 懐かしそうにツヨシ君が言う。

「まあ、今もここは大渋滞するんだけど」


目の前にでは城南団地と大分市美術館の二つの丘に挟まれた狭い水道がある。

水没村などの辺境と、中心市街地を大きく分ける関所にして、朝出勤の大渋滞地帯、大道トンネルが有った場所だ。


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大道トンネルとは高さ40mくらいの尾根を掘削したトンネルだ。

このトンネルが出来る前は、山道を登るかさらに東に迂回しないといけない、大分市民への嫌がらせの様な尾根が延びていた。

それが1952年に大道トンネルの建設を公約に大分市長に当選した上田保市長が、同年4月から失業対策事業として工事を進め、約3年後に開通させたのである。

「あの市長さんは『高崎山自然動物公園』とか『マリーンパレス(うみたまご)』という大分の主要観光地を作った名物市長だったんだけど、このトンネルが無かったら大分は発展しなかっただろうなぁ」

 と感慨深くツヨシ君は言う。

 かつては多くの市民がトンネル渋滞に悩まされた場所だが、今はそのトンネルの上で渋滞に悩まされている。

 4年前はトンネルの下を船でくぐって通行できた。

 3年前からトンネルは水没し通れなくなった。

しかし、去年からトンネルの上を船で通行できるまで水深が大きくなったという。

「だったら邪魔なトンネルの上をダイナマイトでふっ飛ばせばよかったのに」

とケンタが物騒な事を言う。

「やってみたけど、岩盤が固くて壊れなかったみたいだよ」

やってみたんかい。

 結局、海面が上昇しようが下降しようが、交通の要所と言う場所で渋滞が起こるのはあまり変わらないようだった。 


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水没村より ~海面が50m上昇した世界から~ 黒井丸@旧穀潰 @kuroimaru

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