第4話 時間にうるさい人間が撲滅された水没世界
幸いな事に、海が迫って来るスピードは『風呂にお湯が貯まって行くような』緩やかだったので、多くの人は3階建てアパートに泳ぎ着いたり高台に逃げ延びる事ができた。
ただ、地域によっては電信柱の漏電で感電し、体が麻痺したまま海に沈んだ人も世界には相当数いたという。
特に遠浅の土地で、ビルのような高い建物が無かった土地は数キロ車を走らせても逃げ切れず、車が浮いてしまった人達もいた。
この時に海の潮流によって沖に流され遭難した人と、運よく陸地に押し流され助かった人がいた。
「まあ、大分の海岸部はビルがあるか、近くに険しい崖があるかのどっちかだから、殆どの人は避難できたみたいだけどね」
宇佐の平野が少し危なかったそうだが、それでも山間部に逃げ込めたらしい。
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「あ、トラックが来た」
そんな近況を話していると、材料を積んだトラックが来たのだと言う。
今は午後の2時、14時だ。
かつて店の品物と言えば真夜中や早朝に運送し、開店前には製造を終えていた頃では信じられない話だろう。
海面が上昇するようになって大きく変わったのが物流と働き方だ。
今まで深夜に配送していた流通業界だが、所々冠水するようになると事故が相次いだ。
まず、土地代が無料だった海岸沿いの大きな幹線道路が水没した。
なので内陸の道を通るのだが、こちらも昨日まで普通に通れた道に水がたまり、暗い時間帯にその水たまりにつっこんだり、海水に浸食されて道が陥没したのに気がつかず転落するなどのトラップが当たり前に出るようになったのだ。
外灯も無い山の道は大変危険で、配送時間を日の出以降にしてくれとドライバーから要求が出た。それでも
「時間通りに配送するのはプロとして当然だ。間に合うように努力もしない御者とは取引を止める」
と偉そうに発言した大手スーパーの経営者や、経済界の代表は言った。
自分達は劣悪な条件で配送もした事が無い上級国民どものありがたい言葉に、ドライバーたちの怒りが吹きあがった。
もともと運送系のドライバーは深夜配送に、積み卸しの手伝いまでさせられるという無料サービスを強要されていた。
それでも自分達が日本の小売店を支えているという誇りで働いていたのに、そんな心意気を『当たり前』といわれて、ドライバーたちは舐めた口を聞いた経営者の系列店舗への配送拒否をした。
まるで、コロナで頑張ってもロクに報酬も与えられず、最悪な状態で心が折れ辞職して行った医療関係者のようだったという。
「金持ってのはバカが多いんだろうね」
偉そうにふんぞり返っていたコンビニや大手スーパーは
「かわりはいくらでもいる」
と配送を社員に代行させたが、あまりにも過酷すぎて退職者があいついだ。
プロが無理と言う現場を素人がやったらそうなるだろう。
しまいには荷物が届かず廃業に追い込まれた企業がでてから、問題の代表が土下座して謝らせられたり、クビにされて新社長から謝罪文が出る事態にまで発展した。
そこで、
・荷物の配送は出勤ラッシュとかぶらない11~3時の間。
・積み卸しは機械にさせる設備を必須。
・天候の悪いときは大幅に遅れても許容する。
などの条件を認めさせた。
なので、品物は朝1ではなく昼間に来るのんびりしたものとなったのである。
そうすると、開店してもすぐには商品が届かないので出勤時間に急いで間に合わせる必要がなくなった。
それでも5分前集合とか30分前出勤と言いだす老害はいたが、そんな化石たちはネットにさらされて口を塞ぐようになった。
この時間にルーズな精神は別業種に波及し、そこから
「遅刻を許容した方が人生はいきやすいのではないか?」
と
5分や10分遅刻しただけで30分、それ以上の小言を言う方がおかしい。
そこまで急ぐ必要なんて、この世界にはない。という考え方だ。
それに対して文句というか無理を言う理不尽クレーマーがいたが
「だったら余所へ行ってくれ」
と言う風潮が広まった。
今までならクビをちらつかせて言う事を聞かせていた会社も、コロナの時でも我慢していた低賃金で働かされていた人も無茶な仕事を辞めて行ったので、人が不足していた。
特に低賃金で人材を安く買いたたいていた人材派遣会社は多くの人間が登録を辞めたので破綻が相次いだ。
中抜き企業といわれた大手会社は公共工事などの仕事を独占し、自社社員に振ろうとしたが『そんな低賃金でやれるなら、お前がやれ』とストライキを起こされた。
なので外国人を教育実習の名目で呼ぼうとしたが、日本のブラックさが周知されていたので人は集まらず、工事もできないのに契約を結んだため多額の違約金を支払えずに逃亡した。
交通事情が悪くなった事で、無理なく働いたり「始業時間も8時とか9時に一斉に動かず少しずらしても良いじゃないか」
となったので、時間にルーズになった。
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