第2話 毒

「ストック」と「アクロクリニウム」が飾られたメゾン ド アクロクリニウム。の現オーナーである伊万里珠樹(いまりたまき)は眠れぬ夜に部屋ではなくロビーの大きなソファにひとり座っていた。微かに花の香りが舞う。大きな窓からは月の光が入り、影は揺れている。それをボーッと眺めている。

「はぁ 〜〜〜〜〜〜〜」

ガックリと項垂れたり、ソファにもたれたりを繰り返している。珠樹ことタマはもう数時間そうしている。


っていうことで、皆さん、どうも、タマです。あぁ、ストックの香りがいいなあ。

今日は大掃除の日だった。もう日付をまたいでいるから昨日といった方が正しいのかな。そしてストックはオウカとアキが買ってきてくれた花。いつもの通り、アクロクリニウムにはアクロクリニウムを飾り、たまに他のお花も飾る。季節とかそういうので。花に永遠とはないのだ。

「あ........」

自分で格好つけて語った言葉に打たれる。「永遠」。あぁ、わたしたちは違う。かわらないよ。変わらない。........変わっていくのかな。知らない誰かへと変わっていってしまうのかな。昼間、掃除中にみたアキの部屋。窓は開けっ放しで、まっさらの紙が宙を舞っていた。まるで真っ白い鳥のようだった。あの紙はなんだったのか。紙の中にある内容をわたしは知らない。あの場で内容を見たのは夜毎さんとカナのふたり。夜毎さんはいつも通りニコニコと笑って、その紙をそそくさと集めた。それが逆に不自然に思えた。カナは一枚の紙を黙って眺めていた。でも、その後も何も言わなかった。わたしはどうしてこんなにもあの紙が気になるのか。..........紙の正体を聞ける空気ではなかった。

掃除のあとの夜ご飯を食べたあとはアキに勉強を見てもらうっていう時間がいつもあるが、今日は気まずくて嘘ついてしまった。

「あ〜、今日は体調悪いから明日に向けてもう寝るね!!」

なんて言っていた。声は上ずり、目は不自然に揺れ、アキを微妙に捉えない。

「うん、そっか。あたたかくして寝てね。」

アキは控えめに笑ってみせた。そしてわたしの頭をぽんっと撫でた。相変わらずあたたかい手だった。アキの優しさが苦しい。

なんて自分勝手のおこちゃまだろうか。アキの何も聞いてこない御行儀のいい態度が悔しかった。どうしたの?って聞いてくれたら言えるのに。なんてぐちぐち言いながらわたしは自分の部屋に戻っては、もんもんと考え倒し、そうして夜ご飯でも訪れたユニの部屋へ向かった。

「どうした?」

わたしが「ユニ!!」って勢いよく入るなりユニは「あ、来た」とわたしが来るのをわかっていたかのように笑いながら言った。

「なに、わらってんのよ。」

と言いつつ、ユニの顔を見たら落ち着く自分がいた。

「なにかあったんでしょ。タマ、夜ご飯のとき、心此処に在らずだった。」

と言いながらわたしにソファに座るように促し、来た時にちょうど作っていたハーブティーを入れてくれた。落ち着く。それは優しい香りがした。

「言いたくないなら言わなくていいから。気が済むまでここにいな。それとも俺が勉強教えようか?」

「勉強はいらん.....」

「あはは、だと思った。」

ユニは優しい。勘がいいし、気配り上手。わたしには出来ない。出来る男だよね。人見知りはすごいのが難点だけど。

「ん?」

ずっとユニを眺めていたらユニはきょとん顔をした。

「ふふ、ユニの顔みてたらなんかすっきりしちゃった!あー!明日の学校やだなー!みんな同じクラスだといいな〜」

「タマ」

「もう帰るね!ユニ、ありがとう。美味しかった!おやすみ。」

わたしはユニに挨拶をして部屋を出ようとした。もちろん、入れてくれたハーブティは飲み干した。

「ちゃんと部屋に帰れよ。」

部屋を出る直前に手を掴まれ、念を押された。バレてる。

「あはは、もちろんよ。」

なんておかしな語尾でユニの部屋をあとにした。ユニの目を見れないまま。






7階を出たが、10階に戻る気力はなく、ロビーへ戻った。ユニにはバレていたみたいだがお構いなしだ。


そして今に至るのだ。

わたしはこんなにも孤独を感じたのはいつぶりか。3日前の今日、いや、もう四日前か。両親と双子の弟達はわたしを置いてイギリスへいった。ひとりここに残ると決めたのは自分だ。家族のことはとても大好きで大事だ。優しく愛情深く、思慮深い父と母。でも、才色兼備の未来のある双子の弟達がわたしにはいた。そんななか、父と母はわたしにもたくさんの愛をくれた。わたしにいつも優しかった。いつもわたしを優先してくれた。でも、優先されるたびにわたしは弟たちの未来をわたしは奪っているのではないかと思った。だから、わたしは高校2年生が終わった春に今回のイギリス行きを提案した。父と母はわたしと離れることをとても嫌がった。それが本当は嬉しかった。いかないで、いかないでって何度も思った。自分で提案したのに寂しくて仕方がなかった。孤独だった。矛盾している。でも、弟達は才能があって、ここじゃ夢が叶えられない。だから背中を押した。家族の背中を。立派なお姉ちゃんでいたかった。でも、パパとママはあの子達のものじゃない。わたしのパパとママを取らないで........。

本当はずっとそう思っていた。わたしは立派なお姉ちゃんじゃない。


そんな汚い自分を見せれたのはあの4人だった。


4人の幼なじみはわたしのそばにいつもいてくれた。わたしは嘘や秘密が嫌いだ。4人はわたしに嘘をつかない。絶対に離れない。そんな確かなものを4人はくれた。だからわたしは今寂しくなかった。思えば小さい頃からいつもわたしのそばにいてくれる。そばにいないことが考えられない。それだけわたしの一部だ。

だから、あの時、あのたった1枚の紙はわたしの心を酷く抉った。知らない、あの紙をわたしは知らない。あの紙は何?あの紙はアキの大切なもの?何よりも大切?........わたしより?

「あ〜〜〜〜〜」

嫌な自分ばかりでてくる。やめてしまいたい。こんなことはできることなら。でも、心臓がずっとぐるぐるとまわっている。きもちわるい。もう、いや........ !


バタバタ、バタバタっ


「!?」

突然の音に振り向くとそこには息をきらした4人がいた。

「深夜帯、エレベーター止めてるから、階段きっつ!汗かいた!」 桜花

「はぁ、はぁ、階段って結構くるね?」 ユニ

「わぁ、月の光、綺麗だね。」 カナ

「タマキ、ここにいたんだね」 アキ


「え゛」

状況が読み込めない。汗だくの男4人がわたしの目の前にはいる。なんで?

「あの、どういう状況?」

多分わたしは今めちゃくちゃ不細工な顔をしている。だって状況が読み込めない!何故、ここに4人がいるんだ?

「タマキ」

混乱しているわたしをよそにロビーのソファに座るわたしの前にアキはしゃがんでわたしの手を握った。名前を呼ばれずっと見つめてくる。アキから目が離せない。あぁ、月の光に照らされてアキのアイスブルーの目はキラキラしていた。綺麗だね。

「ユニから聞いた。ごめんね、俺もタマが変だったの気づいてた。でも、聞けなかった。ごめんね。」

アキが謝った。アキのせいではないのに。でも嬉しかった。それがとても嬉しかった。

「えっと、いや、あのね、アキのせいじゃ―」

「ううん、俺が悪い。カナからも聞いた。あの部屋にあった白い紙はね、日記!日記書いてたんだよ。夜毎さんには以前話してたんだけどね、恥ずかしくて言えなかった。日記書いてること。」

日記........。え!?日記!!!

「あ!日記!日記かあ〜!そっか、そっか!」

なんでもよかった、あの白い紙がなにかなんて。でも、気になった。アキの部屋の変化が、アキが別人になったようで知らない何か怖い。私の知らないアキが怖かった。でも、アキから話してくれた。それだけでよかった。

「ふふ、ふふふ」

笑いが止まらない。こんなにもわたしの心は簡単に軽くなる。

「仲直り?」

「オウカ、これは別にアキとタマは喧嘩してないからな」

「オウちゃん、まだ寝ぼけてるの?」

「いや!寝ぼけてないから!起きてる!喧嘩じゃないなら安心!ぐっすり寝れるわ!」

この場にアキだけでなく、オウカ、ユニ、カナも来てくれていることが嬉しい。

「えへへ、オウカもユニも、カナもありがとう!」

3人は満足したように頷いた。

「じゃあ、タマ、今度はしっかり部屋に戻りなね。」

「うん!ユニ、心配かけたね!」

「全くだよ、タマ」


こうしてわたしたちは深夜1時、自室へと各々戻って行った。わたしは春休みの課題をほんの少し残していた事に気づいて、絶望したが心は軽かったし、

課題なんてへっちゃらだった。まあ、今夜は寝れないけれど。






朝。

「おきて、おきて、タマ?カーテン開けるよ?」

んん、眩しい。開けたらダメだよ。ねえ、

「アヤメ?ナツメ?どっち〜 ?」

閉められたカーテンから微かに除く日の光が眩しい。風に乗って花の香りがした。いい匂い。あれ、窓わたし開けっ放しだったかな?ちゃんと閉めなきゃなあ。でも、この花の香りを嗅げるのはいいなあ。ん?あの子たちってそう言えばいま―

「どっちでもないよ。アキだよ、俺。」

「あき?」

「うん」

「あき、アキ、燦!?」

ガバっと上体を起こし目を覚ます。そこにはアキがいた。

「はい?なんで?」

「起きて来ないから起こしにきた。もう朝だよ、どうせ、課題残してて終わってなかったんでしょ?添削しといたから後で見直してね。ほら、ご飯食べに行くよ。遅れるよ、学校。」

そう言ってアキは部屋を出ていった。プライベートもなにもない。ってそんなことより早く起きて準備しなきゃ!あ〜〜〜!忙しい!新学期だ〜嫌だなあ。


春の風に、花に揺られて、わたしの新学期、高校3年生ははじまった。

わたしたちはこれから色んなものを知り、出逢う。

それでもわたしたちはずっとずっと一緒にいる。


たくさんのひとに出逢っても、何があってもわたしたちはかわらない。



これは甘い甘い毒。

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巻き戻しブルー・ハイウェイ 天使 ましろ @am_noenoe

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