巻き戻しブルー・ハイウェイ

天使 ましろ

第1話 メゾン ド アクロクリニウム

「Maison de Acroclinium」と書いて、「メゾン ド アクロクリニウム」と読む。これはわたしの父が所有するマンションの名前。テーマは「思いやり」。アクロクリニウムという花の花言葉。思いやりで溢れたマンションでありますようにと願いを込めて........。

そして洋館のようなこのマンション、花がとても多い。花が好きな父の影響だ。マンション内の敷地にはアクロクリニウムがたくさん咲いている。もちろん、ロビーにも花瓶の中でアクロクリニウムが飾られている。

このマンションのオーナーの父と母、そして双子の弟たちは揃ってみんなイギリスへと3日前に旅立った。わたしひとりがここに残った。このマンションに。そしてわたしが今はここの実質の現オーナーとなった。もちろん代理。家族が帰ってくるまでの。


こうしてわたしは慣れないひとり暮らしを3日前から始めたは訳ではありますが、ありがたい事に今は春休み。学校はお休みなのです。まあ、明日から学校なんだけど...。嫌だなあ......新学期。ついに高校3年生となる。友達の少ないわたしには新学期は地獄でクラス替えなんてものは1年間を生き抜くための大事なイベントなのだ。

「はあ...そろそろ起きようかな...」

朝方、眠りから覚めて明日への不安をつらつらと考えていたらずっとベッドの中でお布団にくるまっていた。空はまだ青白くほんのりオレンジを仲間にしているというのに。あ〜〜〜〜〜。


薄い桜色と萌黄色の洋館風の建物。ひとつひとつの部屋が大きく、まるでお姫様の住んでいる館.......1人にはあまりにも広すぎる部屋の一室でわたしの1日は始まる。

まず、ひとつひとつ大きな窓のカーテンをあける。ついでに窓も開ける。バルコニーには綺麗な光が降る、

「春休み、終わっちゃうなあ。」

バルコニーに出てしみじみと日光に当たりながらポツリと零す。

空は変な色だった。青くなくてなんだかんだ夢の世界にいるような。天使でも降りて来るんじゃないかと思ってしまう。

〜〜♪

バルコニーの隣から綺麗な歌が届く。この歌声を聴くのは毎朝の日課であってわたしの大切な愛おしい瞬間。

「アキ!おはよう!」

わたしの部屋の隣に住む神凪 燦(かんなぎ あき)。綺麗な顔に声、口元のふたつのホクロがチャームポイント!いつもわたしの傍にいてくれる幼なじみのひとり。アキの歌声はとても綺麗で私の荒んだ心をいつも癒してくれる。

「おはよう、タマ」

こちらを向くアキ。朝のはちみつ色の光に照らされてアキの瞳がアイスブルーに見えた。相変わらず、まつ毛長いなあ。

「タマ?タマキー?」

「ひゃ!?な、なに!」

ボーッとアキの顔をみてしまっていた。綺麗なアキの顔は本当に眼福で、ついつい見惚れてしまう。

「タマ、今日は大掃除の日なの忘れてない?」

え゛?

「ほら、朝ごはん、ユニが作ってくれてるから行くよ7階。あ、カナもついでに起こさなきゃ。また徹夜してなきゃいいけど。」

「あ〜〜〜、掃除ってしなくてもよくない!?今はパパとママ居ないし!わたしが大家的な、?実質、現オーナーだし!?」

「……」

「あ、あれ?アキ?........アキちゃん?」

「不潔.......」

そう言ってアキは部屋に戻ってしまった。

「あ!まって!」

隣のバルコニーに伸ばした手は行き場を失くしうなだれた。

はあ、お腹空いた.....

うなだれながらわたしは着替えをし、部屋を出た。目指すは7階。


春休み、最後の日が始まる。






「わ〜!美味しそう!!」

「タマ!遅いよ。さ、席に座って。」

「あ!ごめん!いま、いま!...あ!」

「今度はなに?」

「みんな、おはよう!!!」

「「「「おはよう、タマ」」」」」


メゾン ド アクロクリニウムの朝。私は四人の幼なじみと朝ごはんを食べる。場所は7階のユニこと雛桐 夢仁(ひなぎり ゆに)の部屋。ユニはわたしとアキと同い年の男の子で幼なじみ。綺麗なお顔は世間にウケ、モデルをやりながら学校へ通っている。料理や流行、美容等にいち早く敏感で女のわたしよりも女子力が高くわたしはもはやもう女子なんて思われてないだろう........自分で言っててちょっと悲しいな。そ、そんなユニは料理上手なのでいつも朝ごはんを作ってくれます!本日もとっても美味しそう!定番のthe和食!から中華料理、はたまたイタリアンにフレンチ!何でも作れます。お嫁に欲しい。

「タマ、オレンジ?水?」

「お、オレンジ」

「ん、.....アキは珈琲にカナは水、オウカはお茶で大丈夫か?」

「完璧だよ、ありがとう」

「ありがとう、ニっちゃん」

「さすがだよ、ママ」

おまけにこの通り、気が利くし尽くし上手。

「おい!誰だママって言ったのは!」

うちらのママ的存在です。

「いただきまーす!」

「ねえ、タマちゃんあげる」

お皿に置かれたのはミニトマト。

「代わりにもらう」

お皿に乗っていた卵焼きがひとつ連れていかれる。

「わ、わたしの卵焼き....」

卵焼きを盗んだのはカナこと天方 奏(あまかた かなで)。この子もアキとユニ同様、同い年に幼なじみ。他人に無頓着であまり話さない。目元のホクロが素敵だと、無口なのが推せる!と学校の王子様らしい。本人は無自覚で興味がなく私たち以外とはほぼ話さない。あと、目を離すとすぐにいなくなってしまう。ずっと一緒だけどカナについていまも分からないものが多い。猫みたい。

アキが笑いながら卵焼きをくれた。

「どうぞ」

「あ〜アキ〜〜〜.....ありがとう!!」

ユニの卵焼きはみんな好きだからいつもユニは全員に作ってくれる。大切にゆっくり食べているとよくカナに取られてしまう。そんなわたしにいつも他の3人は分け与えてくれるのだ。そして分け与えてくれたひとにはそっとわたしも苦手なトマトを渡す。

「よ〜し、ご飯を食べたら俺は各家庭、部屋に置く花を買いに行くよ。なあ、アキも来るだろ?」

メゾン ド アクロクリニウムは大掃除の日、必ず入居者に花を送る。きっとここにいる人は花が好きなはずだから。それが入居するための条件のひとつだから。そして、メゾン ド アクロクリニウムには家族が多い。家族で住む用の部屋もあればひとりで住む部屋もある。まあ、もちろん家族用のところに家賃を払えるのならばひとりで住んでもいい!父が不在のいま、花担当は花に詳しいオウカこと羽宮桜花(わくおうか)に任せている。

「あ、でも、俺まで抜けたら掃除要員少なくならない?」

「はは、大丈夫。ユニとカナ居るし。従業員の皆さんだっている。それにすぐ戻る。」

「ちょっと!!わたしだっているわよ!!!」

オウカはたくさんの言葉を知っていて、花にとても詳しい。そしてちょっと口がすぎる。でも、ひとのことをよくみている。口うるさいけど。顔はいいし外面もよく友達も多い。ずるい。とにかくずるいやつ。

「ほら、アキ行ってきなよ。俺とカナいるから。タマのことも任せてよ。」

「うん、アっちゃんとオウちゃんの選んできた花、楽しみに待ってるよ。」

「ほら、どうする?アキ」

「いく!」

わたしもアキとオウカの選ぶお花、楽しみだなぁ。

あとみんなわたしの心配しすぎ。なんで?






保護者面のすごい幼なじみたちとのアクロクリニウムの大掃除が始まった。略、アクロム大掃除。

大掃除はわたし達5人と、ここの従業員のみんな。わたしの家族はイギリスだからいないけど、ほかのみんなの家族や住居人もお仕事でいない。ちなみにここの従業員達もここに住んでいる人が多い。もちろん住んでない人もいる。

わたしはまず一番上の階の10階から。10階はわたしの家族、そしてカナ、アキ、わたしの部屋がある。基本10階は身内だけしか行けない階となっている。ここのマンションは階段もあるがもちろん上層階の人はエレベーターを使う。10階だけはボタンが押せない。10階はカードキーがないといけないのだ。持っているのはわたしとアキ、カナ、ユニ、オウカ。限られた従業員の人達。10階に住んでいないユニとオウカはわたしの父にアキとカナによく会うでしょ?っていうのと、わたしがヘマして無くすからって言って渡されたらしい。ほんと心配しすぎ!

「タマちゃん、つぎ、アっちゃん部屋。」

「あ!うん」

10階を担当していたわたしとカナ。ユニは掃除が得意でテキパキ動けるひとなので従業員のみんなと掃除をしていた。私たちはとりあえず、従業員の夜毎さんと三人で掃除をしている。夜毎さんは23歳といいう若さでとても優秀なため10階のキーを持っているひとりだ。アキと特に仲がよく、よく一緒に話している。目元のホクロがカナと一緒だけど数はアキと同じだった。柔らかそうな白に近い髪の色をしていた。

「よし!アキの部屋開けるよ!スペアで!」

わたしはアキの部屋の前に行った。大掃除というのはだいたいはアクロムのロビーや階段、各階の通路とかだが、私たち幼なじみは自分たちの部屋掃除も同時に行う。毎年のお約束。


バサっ


開いた扉からは大きな音とともに真っ白の紙が宙を舞った光景があった。たくさん。

「え」

わたしは間抜けな声とともに立ち尽くした。アキの部屋は窓が全開になっていた。風に乗って花びらが部屋の中に入っていた。白い紙と花びらが風に揺れていた。それ以外は綺麗にしている。ほんのりとアキの香りがした。

「あ〜。アキったらしょうがないね。」

といいながらと夜毎さんは何事もなかったかのようにテキパキと散乱している白い紙を集めていった。わたしが拾う隙なんてなかった。カナは拾った白い紙をぼんやりと眺めていた。夜毎さんがさりげなくそれを回収した。

「?」

わたしは何がなんだか分からず相変わらず、立ち尽くしていた。

「ささっ、掃除しちゃおっか!」

夜毎さんがにこにことした顔でいう。

「うん、まあ、アキのことだから全然綺麗なんだけど。」

カナがアキの事を「アキ」と呼ぶのは珍しい。いつもは愛称だから。カナはみんなのことを必ず愛称で呼ぶ。タマちゃん、ニっちゃん、オウちゃん、それしてアっちゃん。珍しいな、何かあったの?

「ほら、タマちゃん。ボーッとしてたらサボってたってニっちゃんに言うよ。」

「え!!!それはだめ!」

カナの言葉にモヤモヤとしながら掃除をはじめた。夜毎さんとカナもあの白い紙には一切触れなかった。

わたしはずっと白い紙が何か気になって気になって仕方がなかった。だって、ずっと一緒にいた幼なじみだ。知らないことがあるなんて思ってもなかった。アキは何かあるんだろうか。わたしには分からない何かを隠している?なんだろうか。直接聞く?いやいや、わたしだけが知らないなんて悔しい。カナと夜毎さんは知っているのか?もし知らなくて、普通に気にならなかった?んん、はあ、わかんないなあ。


その後もわたしはアキの部屋の白い紙が忘れられず黙々と掃除をした。


そうしてオウカとアキが大量にお花を持って帰ってきた。選んだ花は 「ストック」。花言葉は「見つめる未来」だと、オウカが言っていた。


この先もかわらない明日が続くと思っていたのはわたしだけだったようでこの日、何もわかっていないわたしは笑顔で綺麗だね!と笑っていた。


アキは少しだけ寂しそうにそうだねと笑っていた。


あぁ、そうだ。わたしの名前は伊万里珠樹(いまりたまき)。

このメゾン ド アクロクリニウムの現オーナーで明日から高校三年生となる。4人の優しい幼なじみがいつもそばにいる、平和主義で人見知り、ひだまりの中しか知らない浅はかで平凡な女の子だ。

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