第百三十一話 探求:属性根源説(2)
”ヒノモトの智慧”とも呼ばれる、研究機関と教育機関、その両方を兼ね備えた帝都大学から来たという三枝教授率いる研究グループと、秋月が並んで座っている。ここしばらくの間、いつも秋月の動きには驚かされてきたし、半ばそれを止めることを諦めていたが、ここまで行くとは思っていなかった。
俺の隣に立つ御月もぴくぴくと左頬を動かしていて、まさかのメンツに苦笑いしている。しかし教授たちの方も、あれが西武最強の大太刀姫かとざわざわ騒いでいて、お互い様なのかもしれないと思った。
「じゃあ、玄一。今から玄一の考えと、今までの成果を教えて?」
秋月にそう言われ、部屋の中央に立つ。掲示するようにされた板に情報を書き込みながら、話を始めた。
「まず、俺が霊力や無力、魔力に対して疑問を持つようになったのは、先の作戦の折、ある空想級魔獣と交戦した時の話からだ」
「俺は敵拠点を制圧するため、白雪の魔力を操る魔獣”千手雪女”と敵の本拠地で交戦した。相手はこちらを待ち構える形で空間を支配しており、場の無力を掌握することは不可能に思えた。しかしながら、俺がこの『火輪』の能力を使用した際に、俺の霊力量と奴の魔力量に圧倒的な差があったのにもかかわらず、その白雪の支配を揺るがすことに成功した」
話を聞きながらメモを取っていた教授が頷く。
「このことをきっかけに、霊力や魔力、そして無力には、それぞれ隠された属性のようなものがあるのではないかと考え、自身の能力を利用し実証実験に取り組んだんだ。俺の防人としての能力に密接に関わるものでもあるので、これらの書類は機密で頼む」
特霊技能『五輪』から起因する、複製属性を持った俺の霊力。その優劣を表した関係図、取得したデータに、教授の目がみるみる大きくなっていく。
「これは、俺個人が取ったデータに過ぎず、立証するのが難しい。しかしながら、俺はこの実験を通して、一つの結論に至った」
秋月が用意してくれていたっぽい資料をめくった彼らが、ざわざわと騒ぐ。
「無力に霊力、魔力といったものは究極的には全て同じものであり、優位性を持った何かによって、存在が決定しているのではないかと思う」
何故か自慢げな秋月が、チラリと教授の方を見る。彼の口角は、みるみる上がっていっていた。
「素晴らしい。我々が立てていた仮説に近い。それに説得力を持たせるための方法を……我々に教えてほしいということですね?」
「そうです。三枝教授」
「ふむ。なるほど……方法はいくつかありますが、試していきましょうか。秋月様。霊氷石と霊水を用意して頂くのは可能ですか?」
「もちろんよ。もうすでに手配してあるわ」
「お手数ですが、秋月様と御月様にも、同席していただきたく思います。観測者が必要です」
あらかじめ実験のための場は、秋月が用意していたのだろう。全員で、演習場への一角へ向かうことになった。
ぞろぞろと訪れた演習場にて。無力で満たされた静謐なる森の中に、小奇麗な小屋があった。中には、温度計や湿度計があり、実験の環境を確認することができる。そして部屋の一角に、最近発見された、”霊水”と”霊氷石”と呼ばれる液体と鉱石のような固体が置かれていた。
聞くところによると、これらは霊力によって触発され、燃える水や石となったり、爆発したり、それこそ霊技能、霊力のように様々な効果が見込める革命的資源なんだそうだ。無力が液状化、固体化したものなのではないかと言われており、研究が盛んになっている。
「玄一様。あなたの検証の問題点。それは、なんだと思いますか?」
「……この実証実験そのものが、俺の能力に依存しているため、再現性がないという点か?」
「その通りです。しかしながら、この霊水と霊氷石を用いることによって、その問題の解消がある程度可能になります」
そう言った三枝教授が、霊水の注がれた目盛り付きの容器を手にする。それを俺に手渡した彼が、ぐるーぷめんばーに実験の準備のための指示を出しながら、説明をする。
「玄一様。こちらの霊水と霊氷石は、様々な分野で注目されています。特に軍事的分野で、本来訓練した人間しか扱えない霊力の代替品として、注目を浴びているのです」
木箱に入った霊氷石を運び込んでいためんばーの一人を、三枝教授が呼び止める。
「彼は研究員です。軍人ではないですが一つだけ、発火の霊技能を扱うことができます。せいぜい、指先に灯すくらいのものですが、これがなんと」
霊水の注がれた容器に、彼が燃えろという願いを込めながら、指先に灯した火を水につけた。
その瞬間。火は高々と勢いを増し、まるで俺が『火輪』を用いて、敵を威嚇した時のように煌々と燃え盛っている。
これは、早々できることではない。
何かを思い出した御月が、静かに呟く。
「……これが、例の武器の仕組みか」
「ん、そうよ。御月。正確に言うと、〝砲弾〟とか〝弾丸〟だけどね。いつか本当に、ぺーぺーの兵士でも魔獣に勝てる日が来るのかもしれないのよ」
聞き捨てならない言葉が秋月から聞こえてきたような気がするが、今はするーしよう。
三枝教授が、頑丈そうな箱の中から、霊氷石が松明のように掲げられた、謎の器具を取り出す。
「この実験を、我々の方でできなかった理由がいくつかあります。しかし、秋月様のバックアップ、戦諸侯の山名様の賛同によって、諸問題が解決しました」
実験の準備をするぐるーぷめんばーを横目に、三枝教授は考え込む。
「我々がこういった実験をできなかった理由の一つに、人手不足があります」
「もしその……言うなれば、〝属性根源説〟とでも言いましょうか。そういったものが存在しているとしたときに、当人の属性を証明する方法がありません。例えば、発火の技能を持っていると紹介した彼の属性は、果たして本当に〝火〟なのでしょうか? もしかしたら、〝熱〟などであるかもしれません。このように、我々には完全に説明する能力がない。そうなったときに必要なのは、できるだけ多くの霊技能者に実験へ参加してもらい、何度も比べることです。内地ではその協力が得られませんでした」
「なるほど……まあしかし、仕方のない部分もあるだろう。能力を明かせというのに抵抗を感じる防人や兵は多い」
御月がうんうんと頷いた。俺からすれば、積極的に協力し、もっと研究を進めて魔物に勝てるようになればいいと思うのだけれど。
「それと、観測者です。先ほど置いたあの器具……〝霊力測定器〟ですが、あれは数値を出すことはできますが、実地的な感覚に欠ける。そこで、極めて優れた霊力感覚を持つ三人の防人に観測者として参加していただき、その判定に参加してもらいます」
「ん、大丈夫よ。内地の鈍り切った連中に比べれば、私たちの方がずっと鋭いわ!」
秋月が俺と御月の肩を抱き寄せて、俺たちを自慢げに見せつけている。しかし秋月は背が小さいので、俺たちが前屈みになるような姿勢を取っているのだから、少しみっともない。
「さ、実験開始よ! 玄一、とりあえず、二天隊連れてきなさい!」
秋月のビシッとした指差しに、研究グループの面々が、平服した。
二天は空に辿り着くか?〜二刀流の魔法剣士が故郷を取り戻すために最強を目指します〜 七篠康晴 @Nanashino053
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