第百三十話 探求:属性根源説(1)
タマガキの郷の近く。秋涼の満ちる演習場。秋風となった翠色の閃きに乗せられて、紅葉の葉が空に舞い散る。緋色の霊力を用い、それを宙で燃やして━━その残滓を
ずっとずっと、ひたすらに霊技能の実験を続けている。その結果、謎が多かった自身の霊技能の、効果が分かってきた。
踏破群群長の関永。兄さんが指摘した『地輪』の持つ阻害効果のような固有の能力が他の『五輪』にもあると、明らかになったのである。
まず、『火輪』の能力。それは、
シラアシゲからの脱出。空想級魔獣との交戦。これら二つは、この能力無しになんとか出来るものじゃなかった。
烈火のように燃え盛る心こそが己の原動力であり、敵を打ち破る力になるという。この特徴に完全に気づいた時は、なんというか、言葉にできない感慨があった。
御月とかに話を聞いてみると、なんとなく気づいていたらしいけれども。
加えて、『風輪』の能力。この能力を特定させるのには、多大なる労力と時間がかかった。観測員として俺の部隊のものたちの手を借りたりして、大変だったのを覚えている。
『風輪』の能力。それは広がり。広範囲の無力を掌握することに特化したそれは、他の霊技能と比べ、無力の掌握を可能とする範囲、精度が、圧倒的なまでに抜きん出ている。
俺の扱う、『大手風』などといった、敵を探知する技能は、風輪のこの特殊な能力無くして、できるものではなかったらしい。ここ一年。何度も出撃する機会があったが、すぐに魔獣を見つけてぶっ殺しに行く俺を見たリンが、引き気味に聞いてきたので、気づきを得ることができた。ありがとう。リン。
ちなみに『水輪』に関しては、まだ何も分かっていない。こいつが、一番謎だ。それに、機動の『風輪』。攻撃の『火輪』。防御の『地輪』と、この三つがあまりにも使いやすく、『水輪』を使う機会があまりない。訓練のために、魔獣を模した生き物を用意するのには、役立ったが。
こんなふうにずっとずっと、何か分かることがないかって、実験を続けている。その結果俺の特霊技能の効果が分かったわけだが、これはあくまでも副産物であり、本当に求めているものは別だ。
そもそもこの実験を始めたのは、ある報告書が関係している。
それは御月が書いた、空想級魔獣上位“千手雪女”との交戦に関する、報告書。
あの戦いの仔細を記した報告書に俺も目を通したのだが、その中に興味深い一文があった。
曰く、俺が援軍として訪れた際。俺が発露させた緋色の霊力が、”千手雪女”によって支配していた無力を揺るがし、隙を生み出したのだという。
あのときも、訓練を続けている今も、俺の霊力が奴の支配に勝てるという感覚は浮かんでこない。しかしながら俺の霊力は、確かに雪女の魔力に対し、影響を与えたというのだ。
もしその理由というか、秘密を見つけ出すことができれば、魔物に対し、有利に戦いを進めることができるかもしれない。そう思って、ただひたすらに、検証を続けている。
「ダメだ。やっぱり、どうすればこの霊力と魔力、そして無力の関係性を表せるのか、そして証明することができるのかわからない……」
多くの失敗が、この一年間のあった。本来の目的に近づいたのは、自身の四色の霊力を使い、対立させてみた時。ちょうど、さっきやったように。
その際感覚的に分かったことなのだが、『火輪』が支配した無力を塗り替えるのには、『水輪』が最も効率的であることが分かった。具体的に言うと、感覚的に同量の霊力をぶつけてみた時に、一番結果が出たのは『水輪』だったのである。
『水』と『火』。この実験結果とともに、因果を感じずにはいられない二つだ。また、この理論に則れば、『火』と『雪』という━━両者の関係性も見えてくる。
しかし、感覚でわかります、だけではダメなのだ。何かはっきりとした証拠というか、理論というか、そういうものがやはり必要になる。無論その全てを証明することはできないだろうとは思うけど、仮説を立てるのに伴う、誰もが再現できそうな実験結果というのが必要になると思うのだ。
そして俺は、それを手にする手段を知らない。もし見つけることができれば、歴代の防人たちが有効な霊力の使い方を編み出し、霊技能を革新していったように、もっと効率的な戦いが全体でできるかもしれないのに━━━━
「玄一。君は休みの日でさえも、ここに籠もりっぱなしなんだな」
「うわっ!? 御月?」
唐突に後ろから声をかけられ、振り返ってみると、そこには落ち葉のついた制帽を払う、黒の制服を着た、御月の姿があった。遅れて、紅葉の木々の間から、トコトコと近づいてくる彼女の姿がある。
「ん、玄一! おひさ! 前線から帰ってきて、タマガキに待機していた御月と久しぶりに遊んできたのよ。ふふふ。羨ましいでしょ」
そういった秋月が、御月の脇の下に腕を差し込んで、ぎゅーっと抱きつく。
「……」
「羨ましい、ということはないと思うけど」
御月が苦笑して、制帽の鍔をつまみ被った。
「……ん。まあともかく、玄一休みの日なのに演習場いるらしいじゃない? だから、顔出しついでに休憩させようと思って。はい、これ水筒。あとたおると、お菓子」
「お、甘味処の和菓子か。嬉しいな。ありがとう。これ、お気に入りなんだ」
彼女たちの誘いを受けて、木陰。適当なところに座ろうとする秋月を止めて、サクッと『地輪』で机と椅子を作った。
「……玄一の能力本当に便利よね。ま、お茶しましょ」
我が物顔で椅子に座った彼女が、隣の椅子をぽんぽんと叩いて、俺を誘った。
前線の様子を聞いたり、最近あった出来事を聞いたり、雑談をすることしばらく。秋月や御月はずっと気になっていたのか、俺の”実験”が何を目的としているのかを聞いてきた。どうやら、俺の『火輪』と『風輪』の能力の秘密が分かった時点で、終わったものだと思ってたらしい。
自身が推測している仮説に加えて、その根拠となる自身の感覚について話す。”千手雪女”についての話をした時は、御月が真剣そうな顔つきで顎に手をやり、考え込んでいた。
「……なんか本当にすごいことしようとしてたのね。玄一。想像もしてなかったわ。すごいわ」
よしよしと言う彼女が、ナチュラルに俺の頭を撫でる。正直、やめてほしい。でも、ちょっとだけやめてほしくない気持ちもある。
「玄一。だけどね、ちょっと私は怒ってるのだけど」
彼女がくしゃりと、俺の髪の毛を掴む。御月はそれを見て、目をまん丸にさせていた。
「玄一? なんで部隊の人たちには頼って、私には頼らないのかしら。その実験、発想自体はいいと思うけど、結局素人の域を出ないわ。私だったら、完璧なばっくあっぷを提供できるわよ」
「いや……その……秋月に頼ってばかりなような気がして、ちょっと嫌だったんだ。それに……」
「それに?」
彼女が一度手を離し、人差し指を頬に当て、首を傾げる。
「秋月、俺が何かを頼むと、とんでもないところまでいくじゃないか。あの、嬉しいんだけど、そこまでされるとちょっと申し訳ないというか……」
「ん、この前玄一専用の訓練場を作ってあげた時のこと? あ、それとも、釣りしたいって言ってたから近くに釣り堀作ったときの話?」
「……帝都から一流の菓子職人を呼んで、西部大会を開いたときのことだ」
「あら、そっちだったのね。間違ってたわ」
あーあれね、と覚えてなかったことを思い出したかのような素振りを見せる秋月を見て、御月のお目目がさらに大きくなったような気がする。
こ……これがアイリーンの言ってたあれか……なんて呟く声が聞こえた。あれって何?
「ん、でも気にしなくていいのよ。玄一。私は好きでやってるんだから。それに、嬉しそうな玄一を見たら、全部おっけーよ! 訓練場見たときなんて、年甲斐もなくはしゃいでたじゃない」
満面の笑みで、何も後悔していないと秋月が宣言する。その言葉が、嘘であるとは思わない。
「まあ……全部めちゃくちゃ嬉しかったし……全て俺の好みに百発百中だったんだけど……なんか……決定的に何かを違えているような気がして……」
「ん、何も間違ってないわ。それにね! 私自由なお金がそこそこあるのよ。大したもんじゃないわ!」
唐突に椅子から立ち上がり、翻るように右腕を伸ばした秋月が、再び宣言する。
「それに、私お友達も多いのよ! だから、玄一は万事私に任せなさい! 貴方がやりたいことは、全部私がなんとかやらせてあげるから!」
「後この実験の話はちょっとお金の匂いもするし、問題ないわよ! 私に任せなさい!」
高らかに笑う秋月が秋空に叫んで、おーと彼女が右腕を掲げた。遅れて俺と御月が、おーと呼応する。一体、何が起きるんだろうか。少し、心配だ。
一週間後。秋月から、俺が入院していた頃建設が始まり完成した病棟の中にある、会議室まで来てほしいと連絡を受けた。御月を連れ立って、二人で訪れた時そこにいたのは━━
「帝都大学霊学部所属の教授であります、
「玄一。三枝教授の研究グループもいっしょに呼んだから、色々できると思うわよ。じゃ、頑張りましょ」
軽くヒノモト最優の最高学府から教授を呼ぶ秋月に、開いた口が塞がらなかった。霊学を研究する教授って……下手したらそこらへんの防人より余裕で偉くないか?
絶句する俺。ニコニコしてる秋月と教授。顔を抑える御月。中々に混沌とした状況の中、最初の会議が始まった。
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