第百二十九話 玄一くん秋月ちゃんのお怒りバレー対決(3)
秋月とノウルを相手にした、本気の排球対決。汗が頬を伝い、ポタリと体育館の床に落ちた。
劣勢が続く。しかし、それもここまで。
俺のちーむめいとである、リューリンは競技者が背負うべき”勝利”へのこだわりを放棄した不届き者だ。そのため
「うわァーッ! た、たいちょぉーっ! なんとか上げました!」
「素晴らしい雛田さすが小隊長素晴らしい俺に任せろォーッ!」
彼女が秋月とノウルの隙を突き、ボールを天井すれすれの高さまで打ち上げる。風を纏い空を飛び、回転し逆さまになって、右足をまっすぐに伸ばした。手で打つよりも、脚で撃った方が強いと気づいた。
「喰らえッ!!」
「ノウル! 防御!」
「ダメだッ! 間に合わんッ!」
彼女達のブロックを全て突破し、霊峰の風を纏いし一筋の閃光が、コートを突き抜ける。着弾したボールを確認して、梢さんが笛を鳴らした。割と丈夫な体育館の床に、焦げ目が付いている。
「十対九。秋月様ちーむのサーブです」
両手でガッツポーズを作った雛田が、きゃっきゃと喜んだ。
「たいちょーっ! あと一点で追いつきますよ!」
「よくやった雛田! しかしこの試合は十五点先取だ! まだまだここからだ!」
「はい!」
体に残る霊力をさらに速く回転させ、纏いし暴風を解放する。ざわめく声が、観衆から上がった。
「ねえ、ノウル。玄一が一番えぐいけど、あの雛田っていう子、結構すごいことしてるわよ。……若さなのかしら」
「くっ……業腹な」
「う゛ぇっ!」
腕を組み、素直に感心した様子の秋月と、シンプルに苛立っているノウルが雛田を見つめる。防人の圧を感じ取った雛田が、ふるふる震えていた。こんな動きしてるけど、戦いになったらちゃんと動くんだよな。こいつ。
「そういえばたいちょー。御月ちゃんのためって言ってましたけど、具体的にはどんな感じなんですか?」
「話せば長くなる。言うなれば、御月を正しい道に導こうとしているところだ」
「……なるほど?」
「玄一くん今の発言キモいよ」
御月の横にいる、彼女と同じように膝を抱えて床に座ったリューリンが、ぼそっと言う。戦意もなく逃亡した敗残兵の言葉に、耳を傾ける必要はない。スルーした。
「……玄一? 土地でもお家でも刀でも新しい
悪い流れを感じ取った秋月が、こちらに停戦交渉を持ち込んでくる。こちらを買収しようなど。今の発言を聞いて、周りのざわめきが大きくなった気がする。
「断る。徹底抗戦だ」
「……ん。じゃあ、私がふりふり着てあげるから。ね?」
可憐な笑みを見せる彼女が、こちらを見る。俺たちの様子を見て、先ほどまでざわついていた観衆が、今度は不気味なほど静かになった。
「………………」
「なんで玄一くん黙ってんの」
「え? たいちょー。ふりふりてなんですか?」
息を大きく吸って、たった今乱れてしまった霊力の流れを統制する。誤魔化すように梢さんの方を向いて、指示を出した。
「梢さん! 試合再開の合図を!」
「あ、ごまかした。御月ちゃん。嫌な奴だね玄一くんは」
「…………」
「え? ちょ、たいちょー。あ、ねえ御月ちゃん。ふりふりて何?」
「雛田。集中しろ」
笛を咥えて、右腕を真っ直ぐに伸ばした梢さんが、ピッと音を鳴らした。
本当に殺し合いでもしているのではないかというぐらい激しい、防人同士の排球対決。兵員たちは瞠目し、またそれについていく
雛田は御月の親しい友人だ。そんな彼女が、同僚の手によって破茶滅茶に強くなってしまったのを、引き気味な気持ちで御月は見ている。最も、一番引かれるほどの実力を有しているのは、彼女自身だが。
「いや〜御月ちゃん。これやばいね。早めに抜けてよかったかな」
御月の隣に座るリューリンが、彼女に声を掛ける。先ほどから、奇妙なほどに沈黙を貫いている御月を見て、話をしようと思ったようだ。
「リン。お疲れ様。こんな風に……玄一と秋月が喧嘩をするのを初めて見たから驚いている。なんでだろう」
「……喧嘩しないぐらい彼らが仲良しなのはあってるんだけど、でもそれ以上に、御月ちゃんのことを大事に思ってるみたいだよ?......形が歪だけど」
うーと御月が唸る。その様子を見て、リンがにやにやしていた。
「いや……でも……」
御月がくしゃりと、黒の制帽を両手で握る。潤んだ瞳と紅潮した頬が、月色の輝きに覆われた。
「本当に恥ずかしい……今兵員達はなんで玄一と秋月が戦ってるのか知らないけど……理由が皆に知られたら……どうにも…….恥ずかしい……」
「……御月ちゃん可愛いなぁーっ!」
「な、リン!?」
リンが両手を広げ、御月の肩に手を回し抱きつく。その瞬間、ボールの落ちる音と、秋月ちーむに点が入ったと言う審判の声が聞こえた。
十四対十二。リューリンのアホを追放した後、雛田を入れて全力で戦った。しかし、相手は防人二人。いくら雛田が優秀だとしても、相手は人類を守る英雄。やはり埋めきれない差があり、次第に押されてきた。
空を舞う、魔獣の素材を利用し作られたボール。随分とボロボロになってしまったそれが、霊弾により打ち付けられ、加速する。片手を伸ばし、風を纏って加速した。
その時。真っ直ぐに打ち出されたノウルの羽根がボールをさらに加速させる。ダメだ。間に合わな━━━━
ダンと鈍い音を鳴らす、地に打ち付けられたボール。その時梢さんの長い笛が鳴り、試合終了の合図となった。勢いよく、秋月が両腕を上げる。
「ん、やったー! はい勝ちーっ! やっぱり年功からくる経験の差よね! ふふふ! 玄一はまだまだ私には敵わないわ! もっと練習してきなさい!」
「シャァッ!! リン! 約束は反故にするなよッ! フハハハハハハハァ! クソガキ。お前では俺にまだまだ敵わんということだァ!」
「……ねえ。ノウル。次玄一にひどいこと言ったら、本気で怒るわよ?」
「えっ……いや秋月も……え……すまん」
敵陣の中。喜ぶ秋月たちの姿を見て、悔しそうな表情をする雛田。その顔を見て、彼女を責める気には一切なれなかった。戦力差などわかっていた。原因は、それを埋めきれなかった俺。未熟な、練習の、鍛錬の足りない俺。
「……ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!! クソォッ!!!! 俺が弱いばかりにィッ!!!!」
「たいちょー……」
地に倒れ込み、両腕を何度も体育館の床に叩きつける。俺のことを心配する雛田の声が背中から聞こえた。惨めだ。
「で、たいちょー。御月ちゃんの、なんですか?」
こいつ割と心配してないじゃないか。
それはさておき、途中から訪れた兵員達の中でも、なぜ防人達がこのような熾烈な戦いを繰り広げたのかという、疑問の声が上がってきている。
「ああ。それは━━」
その時。スタッと俺たちのコートに、話題の人がやってきた。
「玄一。秋月も、あの、ほんとうに、お願い。恥ずかしいから……やめて」
「御月ちゃん。顔真っ赤じゃん。どしたの?」
御月が帽子を胸元で握りしめるように持っていて、雛田の言う通り、その顔が真っ赤っかだ。
「……玄一。分かったから。その、ふりふりの方にするから。もう静かにして。テイラーには伝えておいたし、静かにして。お願い。静かに、し、て。分かった?」
「ううううえ゛ぇええええ!?!?」
敵陣の方。こちらの話を盗み聞きしていた、秋月の目がまん丸になり、びょーんと驚いている。
「み、御月……そんな……後生だわ……すでに私手配して色々別に仕立てさせてるのよこっそり」
「あ、秋月も。分かったから。いくらでも着るから、本当に、お願い」
その時、ニヤッとした顔のリューリンが、ノウルに擦り寄る。ノウルが、こいつまさかという表情をして、梢さんの方に駆け寄った。表情が必死すぎるぞ。こいつ。
「審判! 結果はともかく、この排球対決は俺たちの勝利により終わった! 締めの言葉を言えッ! 防人命令だッ!」
「……えー。了解致しました」
ごほん、と一息ついた梢さんが、口にする。
「『御月ちゃんのお洋服どっちが似合うのか対決』。ふりふりの服を擁する玄一さんちーむを打ち破り、勝者はかっこかわいい服を擁する、秋月様ちーむとなりました。お疲れ様です」
その瞬間。空気が凍った。
兵員の一人が思わず口にした、は? という声が、体育館に響く。全員の視線が、西部最強である御月の元に注がれていた。
「な、なにゃななに、な、ななななばば、なななにゃな」
両手で両頬を抑えた御月の、月色の霊力が、どんどん強くなってきている。彼女の感情任せの霊力は、俺と秋月、ついでにリューリンとノウルに突き刺さった。コントロールが効いていない。
「わ、わたしは、は、恥ずかしいと言っているのに……」
「もう、玄一と秋月なんて、大嫌いだ!」
顔を真っ赤にさせた状態で、わーっと叫んだ御月が、体育館の外へ駆け出す。許容量超えちゃったねーなんて呑気に言うリンの言葉は、俺と秋月には届かない。
御月に大嫌いと言われたショックのあまり、二人膝をつく。ただただシンプルに困惑した雛田が、立ち尽くしていた。
ぐちゃぐちゃとなった状況の中。来客であり、一部始終を無言で見届けたテイラーが、俺と秋月の元に来る。
「……着用者の要望ということで、玄一案でいくぞ。しかし、秋月様には別個に依頼を頂いたので、それにも取り掛からせていただく」
「……分かったわ」
「……おう」
秋月と目を合わせて、頷き合う。とぼとぼと体育館の外へ向かい、彼女への謝罪の準備を始めた。
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