第百二十八話 玄一くん秋月ちゃんのお怒りバレー対決(2)

 


 時は遡る。俺と秋月の議論が纏まらず、完全に決裂した時。一瞬決闘も辞さないという構えをとったように見えたらしい俺たちを御月が静止し、代替案による決着を、ちょっとニヤついたリューリンが提案した。


 他の兵員ならともかく、防人が模擬戦で決着をつけようとすれば、問題となる障害が多い。消耗して魔獣が襲撃してきたらどうするんだという話もあるし、戦闘の余波による被害も考慮される。絶対にできない。


 そこで、よく兵員たちが余暇に遊ぶという、競技で決めることになった。


 その競技は、排球。サーブやらなんかして、三回以内に返球し、相手のコートにボールを落とせば勝ち。非常にわかりやすい。


 体育館の中。線の引かれたコートの中央に立ち、ネット越しに対峙する。


「さて、私と玄一の組で別れるわけだけど……リューリンとノウルは、どっちにつくつもりかしら」


 鋭い目つきでコートの外にいる二人を睨む秋月。今回、御月は見学で、中立的な立場にあるであろう梢さんが、審判をすることになった。故に、リンとノウルが参加することになる。最も、三体一になろうが、負ける気はしないが。


「うーん……私はふりふりの御月ちゃんを見て喜ぶ玄一くんを見る御月ちゃんが見たいから……玄一くんちーむで」


「……いいわ。かかってきなさい」


 リンの言葉を聞いて、腰を床に下ろし、膝を抱える姿勢になっていた御月がビクッと驚いている。黒色の帽子を取って、その後顔を隠していた。


「ふん。くだらない。こんなのは時間の無駄だ。俺は帰らせてもらう」


 呆れた表情で眼鏡をクイッと動かしたノウルが、こちらに背を向ける。こいつ、御月の装備がくだらないなんて正気か? 時間の無駄だと……?


 はあとため息をついたリューリンが、ノウルを呼び止める。


「ノウル。そんなこと言わないでよ。もし秋月ちゃんちーむに入って勝ったら、次の派遣先、アイリーンちゃんと同じところにしてあげるから」


「秋月。奴らを徹底的に潰すぞ。審判。試合開始の準備はいいか」


「えぇ……?」


 爆速で手のひら返しをしたノウルに、これまた御月が困惑している。マジで何もわかってない顔をしていた。この中で気づいてないの、彼女だけなんだな。


「じゃ。この組分けでいくわよ。故意に直接ぶっ殺しにいくのは禁止だけど、ぼーるに対してはあり。能力の使用は、全面的にありで。十五点先に取った方の勝ち。これだったら、文句も出ないでしょう?」


「それでいこう。秋月。最も、ぐうの音も出ずに敗北するのは、秋月だけどな」


「今のうちに騒いでおきなさい。玄一……わからせてあげるわ」


 袂を分かち、自陣のコートへ行く。ものすごく真剣そうな表情をした秋月とノウルが、二人で作戦会議をしている。俺たちも、できるだけ対策を講じなければ。


「リン。俺はこの排球という競技のるーるを聞いて、その本質に気づいた」


「うん。玄一くん。それ何?」


 首をこてんとかしげ、こちらに問う彼女に、堂々と答える。



「排球。このげーむを左右するのは━━━━」



 右手を握り、霊力を体に灯す。閉じた目を、ゆっくりと開いた。



「制空権の確保だ」




「……えぇ?」


「リンは陸にいて、俺の強化、そして俺が弾いたぼーるを宙に上げることに、注視してほしい」


 翠色の霊力を展開し、敵陣の方を見据える。試合前の時点で、すでに勝負は始まっている。



「……俺が魅せる」



「めっちゃがちじゃん……」


 秋月たちの戦闘能力から、想定される動きを考え込む。それに対応できる自身の手札を、精査した。


「最悪地輪を使うことも……しかしそれでは体育館を破壊してしまう……まあいいか」


「全然よくないよ」


 敵陣。作戦会議を終えたのか、胸を張った秋月がこちらに向き直った。


「こっちは準備完了よ。もう始められるかしら?」


「ああ。いつでもやれるぞ。俺たちは」


「じゃ、審判の梢さん、よろしく」


「はっ」


 彼女が首にぶら下げた笛を咥えて、試合開始の合図をする。魔獣の皮でできたボールを高速で地に打ち付け、翼を広げたノウルが、ぼーるを宙にぶん投げて空を飛んだ。


 彼の右手に灯る深藍色の霊力がぼーるに炸裂するのと同時に、霊弾と羽根が、一斉に展開される━━!


「うぉおおおおおおおおおお!!!!」








 敵陣より放たれる霊弾。突き抜ける藍色の羽根。ボールと共に突撃してくるそれを、霊峰の風で吹き飛ばし、なんとか打ち上げる。



「リン! 拾えェ!!」


「いや、ちょ、無理だよー!」


 霊弾と羽根が、ボールを何度も打ち付けて、明後日の方へ。このままではコート外に着地し、点数を入れられてしまう。せこい真似をぉおおおお!!


 途中で諦めたリンが、脚を止める。ボールが床に落ちるのと同時に、ピッという笛の音がした。


「八対三。隊長ちーむのさーぶです」


 屈辱のあまり、わなわなと体を震えさせる。悔しそうな姿も見せず、気だるげなリンを見て、頭がぷっつんキレそうになった。


「リン! 走れ! いけるって! 取れるから!おい!諦めるな! 俺も風動かしてなんとか軌道作ってるだろうが! おい! なんとかしろ!」


「いやいや流石に無理……そんな本気でやる気しないから」


「クソっ……!」


 敵陣。翼を叩き、宙に浮かんだまま腕を組んで、俺を嘲笑う男がいる。ニタァと笑みを浮かべた彼は、勝者の特権に浸っていた。


「ハハハハハ!! いい気味だクソガキ! あんな女を味方につけるからこうなるんだよぉおおお!! フハハハハハ!」


「……ノウル。貴方楽しそうね。でも、玄一の悪口言うのはだめよ」


「あっ……すまん」


「私のはいいのかな?」


 八対三。この三点は、ぼーるを一回で敵陣に返球し合う、剣と剣を交えるような、ノウルとの空中機動戦に勝利して手に入れた点だ。相手に取られた八点は大体、やる気のないリンのせいでぼーるを拾いきれず、やられている。


「クソ! リン! 本気でやれって! 防人の本気見せてみろよ! タマガキの防人としての誇りはないのか!?」


「……これに誇り賭ける?」


「当たり前だ! 御月のふりふりが懸かってるんだぞ!!」


 ぼすっという、何かに顔を突っ込んだような音が、コート外から聞こえる。


「……玄一くん。多分君後から頭抱えるよ」


「ダメだッ! リンじゃ勝てない!」


 後からではなく今、思わず頭を抱え、苦悩する。俺とて防人。彼奴とこちらの戦力差が士気の低さによって生じていることはわかる。しかし、解決する手段がない。


 そのとき。妙策が電光となり、頭蓋を駆け抜けた。


「そうだ! リン! お前審判やれ! 梢さんと交代だ! 梢さんなら━━」


「ダメよ玄一。リンは既に立場を表明したんだから、不公平になるわ。それに、梢さんが参加するのもだめ。審判が途中交代で出場なんて、これまたダメよ」


 秋月がダメダメ言う。人差し指と人差し指を交差させた彼女が、ダメ、と最後にもう一度言った。彼女の論理は正しい。反論の余地がない。


「うっ……クソォ!」


 残り七点取られたらまけ。こっちは歴戦のノウルと秋月を相手に、あと十二点も取らなきゃいけないのに。俺が……負ける?


 負けたくないという強い意志に応えて、自ずと緋色の霊力が体に灯った。


「秋月。じゃあ梢さんじゃない、全く別の人間なら、連れてきていいんだな?」


「……そんなに言うならいいわよ。交代人員で、防人の私たちに勝てる子がいるとは、思えないけどね!」


 頭の中。今現在手が空いており、いい具合に戦えそうで、やる気のある奴を探す。


「よし! そこの兵員!」


「はっ!」


 防人同士で排球対決をやっていると聞き、野次馬観戦に訪れはじめた兵員の一人を、鋭い剣幕で呼び止める。


「俺の中隊のある小隊長を呼んでほしい……雛田を呼べェ!」


「いや……俺が行くッ!」


 風を広げ、飛び出した。






 ぽかぽかの春の陽気が恋しい。しつこい冬の残滓が、鬱陶しーよ。雛田小隊、待機中。


 肌寒い中にたいちょーが用意してくれたという、豚汁を啜る。おかわりおいしいね。ずっと忙しかったし、死ぬかと思った時もあるけど、任務のない今、ゆっくりできている。


「いや、雛田さん。うちの大隊長、普段は厳しいですけど、優しいときもありますよね。防人なのにこうやって、私たちにも気を遣ってくださる」


「あはは。そうだねー。でもこの反動で何が起きるかわからないから、怖いかなー!」


 きゃっきゃと楽しく雑談をしながら、隊の子たちとゆっくりする。こんな穏やかな日々が、ずっと続けばいいのに。


 その時。全くの突然。吹き抜ける烈風と共に、ドアがものすごい勢いで開けられた。


「う゛ぇっ!? た、たいちょー?」


「雛田ァ! 来い! 隊長命令だ!」


 お箸と豚汁を机に置いて、立ち上がる。ああ。もう。口にしたら、こうして現実になっちゃうんだから……


「わ、わかりました! それで、どこに?」


「これで失格にされたりしたらたまったもんじゃない! 雛田。時間が惜しい。行くぞぉっ!」


「え゛っ!? ちょ、たいちょー、首根っこ掴まないで! 服伸びちゃうからあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


「雛田さん!?」


 人生で初めて、誘拐される。廊下で空飛んで、壁にぶつかっちゃいそう。あ、曲がり角で脚掠った。これぶつけてたら、骨折れてたんじゃないかな?


 そこそこ時間が経って、目的地が近いのか、隊長が減速した。少し、漏らしそうだったかも。恥ずかしいけど。








 雛田の首根っこを親猫が子猫を運ぶように掴んで、空を突き進む。風を霧散させ、体育館に舞い戻った。


 リンをコート外にしっしと追い出し、ぷるぷるしている雛田を置く。凄まじい速度で帰還し、人を抱えてきた俺を見て、観衆がざわざわと声を上げた。


「雛田。初撃は全部俺が捌く。それをなんとか、宙に上げろ」


 ふうと一息ついて、意外にサクッと立ち直った雛田が、きょろきょろと辺りを見回した。


「えっ……排球やるんですか? 私得意なんですよ! 任してください!」


 胸をどんと叩いて、えっへんと宣言した雛田が、敵陣の方を初めて見る。


 敵陣の中。紅葉色の霊力と、深藍色の霊力は混ざり合って、立ち昇るように。本気で勝ちにきている二人の、鋭い眼光が、新たに現れた雛田に突き刺さった。それにびびる彼女が、鷹に睨まれたリスのような顔つきをしている。


「うぇ゛っ……うそん」


「あれ、あそこにうずくまってるの御月ちゃん……?」


 相手が防人二人だと思っていなかった雛田が、瞠目する。加えて、本当に恥ずかしそうにしている御月の姿を見て、困惑していた。



「問題ない。俺が捌く。雛田。経緯は省くが……これは御月のための戦いなんだ」


「えっ……? そうなんですか? 御月ちゃんのためなら、負けられないですね!」


「その意気だ雛田! 素晴らしい! お前を連れてきて良かった!」


 ゆっくりと歩いて、コートの外へ。魔獣の皮で出来たぼーるを手にして、風を再び纏う。審判をしている梢さんの姿を見て、え、とまた雛田が驚いていたけれど、すぐに真剣な表情に戻した。無理矢理連れ込んだ俺が言うのもなんだが、雛田、物分かり良すぎないか?


 試合再開の笛が、鳴り響く。ぼーるを宙に投げて、空を飛んだ。






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