第百二十七話 玄一くん秋月ちゃんのお怒りバレー対決(1)

 



 最前線。月砦に集結し、魔物との戦いを続けるタマガキの防人と兵員たち。後方に待機する、予備部隊との交代であったり、タマガキに帰る機会は多かったものの、かなり長い時を、月砦とカゼフキ砦で過ごしている。


「隊長。今後の予定ですが……」


 軍施設の渡り廊下。資料を手にしながら、俺の横を歩いている二天隊副官の梢さんが、報告をする。秋の始まりに西部戦線に訪れてから、二天隊は魔物との交戦を繰り返しており、実戦経験のある、使える部隊となった。


 郷長である山名からは褒められ、御月や秋月からも、すごいと言ってもらえたので、なんか嬉しい。しかし、これは俺がすごくて、というわけでもなく、部隊の者たちのおかげなのだろう。みんなにも、伝えておかなきゃな。きっと喜ぶ。


「もう、冬も終わるな。春が近い。あっという間だな。なんか」


「そうですね。西部の防衛線も安定していますし、前のような激動の日々ではないですから」


「しかし、まだ寒いな。隊の者たちが温まれるよう、豚汁でも作るか」


「それは良いですね」


 春が近い。俺がこのタマガキに訪れてから、一年の時が経とうとしている。ある種の感慨深さというか、不思議な感傷を、胸に抱いていた。


 あれから、四年になるのか。


 …………



 西部戦線。仇桜作戦や幾望の月作戦のような、大規模反攻を行う予定は、今のところない。現状を維持し、戦力を充実させ、西進を開始したいそうだ。戦争というのは、戦う人間だけがいれば良いわけではない。開戦するのに伴う準備、そして軍を維持させるだけの補給が、必要となる。


 陥落した他の郷を奪還するほどの戦力を揃えるとなると、まだまだ、時間がかかるだろう。しかし、西部はかつての力を取り戻そうと、成長を続けている。


 タマガキも俺が訪れた時に比べたら、ずいぶんと移住者が増えたらしい。西部の勝報が相次いでから、帝都から新たな事業の展開をしようと様々な人が訪れているそうだ。加えて、四立名家しりゅうめいか、白露家の全面的な支援がある。



 白露秋月しらつゆあきづき


 彼女は、白露家の令嬢なんだそうだ。彼女は家出した、と言っていたけれど、対外的には、西部に派遣された、ということになっているらしい。



 秋月、とんでもないところのお嬢さんだったんだよな……前々から思ってはいたが、初めて知って、その存在を教えられた時にはびっくりした。しかし、だからといって態度が変わったりするわけでもないが。


 資金、物資の確保、施設の建設、技術、西部官営のありとあらゆるものに、白露家が関わっているらしい。


 秋月曰く、これは投資なんだそうだ。未来の、さらなる利益のための。ここまでの支援、一体何を対価に求めているのかと考えていたが━━━━


 防人といった西の軍高官にしか知らされていない機密ではあるものの、新兵器群の開発、そしてその実証実験を、彼らが西で行なっているらしい。もしかしたら、それが関係あるのかもしれない。他にもまだ、あるだろうが。


 帝都の方では、霊脈およびそこから産出される霊氷石と呼ばれるものを、利用できる技術が発見されたそうで、革命的と言っていい技術の進歩があったと聞く。まだまだ確立したものではないそうだが、この話をしていた時秋月がイラついていたように見えたので、話は聞いていない。


 企業間の対立。様々な思惑が交錯し、暗闘が続いているようだが、俺は故郷に行ければいい。話を知っておくのは大事だが、首を突っ込むのはやめておこう。


「では、隊長。こちらの空き時間は、どうされるつもりで?」


「ああ。そこは、俺の能力を利用した実験を続ける。すまないな。スケジュールの管理を任せてしまって」


「いえ、これも副官の役割ですので」


 彼女がこちらに微笑んだあと、資料を確認していく。俺が戦いに集中できるのは、いろんな人のおかげなんだな、と実感した。


「隊長。この後の予定ですが、タマガキの方から来客があるようです。防人の方々に、集まってほしいと」


「……誰だろうか。防人を集めるなんて。まあ、いい。すぐに向かう」


 軍靴を鳴らし、進んでいく。肌を突き刺すような冬の冷気が、辺りを包む。差し込む陽光に、春の片鱗を見た。








 月砦。軍施設。その一室の中。月砦に待機していた、全ての防人が集結する。


 ここは机と椅子を並べた、会議室の中だ。そこには、気怠そうに肘を机についているリューリン、ちょこんと座って、なぜか楽しげにしている秋月、前髪を弄って、髪の毛を整えている御月、そして、眼鏡を拭いているノウルがいた。


 加えて、見慣れたいつもの面子の中に、一人の男がいる。


「……テイラー? 久しぶりだな」


「諸君らのおかげでわざわざ出張だよ。まあ、楽しい仕事だから構わんがな」


 仕立て屋ていらという店をタマガキで営む、背の低い、無精髭を生やしたテイラーという男がそこにはいた。彼の店は最先端をいった、センスのよい、洒落た服を売っていて、昔、彼は魔獣の素材を利用し、俺に装備を作ってくれたりした。そんな彼が、どうしてここに。


 とりあえず、ついでに連れてきてしまった梢さんと一緒に、着席する。


「さて。全員揃ったようだから、俺がここに訪れた理由を話そう」


 テイラーが立ち上がり、鷹揚に話し始める。


「『幾望の月』作戦の直後、タマガキの郷長である山名から、俺にある依頼があった。それは、敵の首魁である空想級魔獣の素材を利用した、装備の作成」


「奴が着ていた白い着物を、俺が仕立て直し、西部最強、大太刀姫が装備するための、別のものにしてほしいと」


 御月がびくんと驚いている。彼女は事前に、話を聞いていなかったのかな。御月とは対照的に、彼女の隣に座る秋月はにこにことして、ふんふんと鼻歌を歌いながら体を揺らし、楽しそうだ。


 空想級の死体は塵となり、消えてしまったと聞いていたが、その衣服だけは残っていたという。まさかそれを利用して、御月のための装備を作ろうだなんて。


「金に糸目はつけず、西部最強に相応しいものを作れ、との要望を頂いた。今後、外に出る機会もあるから、質と見た目を両立した、逸品を用意しろとのことだ」


「しかしながら、防人は装備にこだわりを持つものが多い。そこで、諸君らの意見を聞こうと、ここまで訪れたわけだ。様々な案がある。まずはこちらを、チェックしてほしい」


 彼がドンと、机の上に資料を置く。そこには立体的に装備のデザインを示すイラストや、コンセプトを記した文が書いてある。中々にふぁんきーな案もあったが、これを見てほしいとのことらしい。


 眼鏡をかけ、資料に目を通すノウルが、呟く。


「これは魔獣戦の時に邪魔になりそうな装飾だな。没」


「……構わねぇ。どんどん選別してくれ」


 俺も資料を手に取り、それぞれに目を通す。あ、この服とか御月が着たら、絶対可愛いだろうな。あ、これも可愛い。これ可愛くない。没。







 机の上。様々な観点から選別し、残された五つの案。そこからさらに選別して残ったのは、タイプが近い、二つのもの。


 一枚の紙を手に取ったリューリンが、説明する。


「えっと、一つは飾緒をつけた白の軍服だね。コートの上着付きで、下は結構ピチッとした感じのズボン。御月ちゃんが持ってる勲章全部つけたら、大将みたいな見た目になりそうだね」


 その案を激推ししていた秋月が、胸を叩いて高々と宣言した。


「ええ! 絶対かっこいいわ! 私が着たらちんちくりんだけど、御月だったら、絶対に似合うもの! この服に、御月の長身と黒髪が絶対映えるわ! 間違いない!」


 えっと、白のブーツを履いて、あとベルトは黒で、装飾は月色でしょ? と秋月がガンガン行く。その熱意に押されて、隣に座る御月が、ちょっと引きながらも、嬉しそうだ。



 しかし!



「ちょっと待った。こっちの案を見てくれ。そっちはゴテゴテしすぎていて、戦闘向きじゃない。今の制服に近い、この案にするべきだ」


 俺が推すのは、先ほど秋月がお薦めしていたものに近いが、どちらかというと軽装なもの。秋月の案は確かに軍人受けが良いことを認めつつも、御月の戦闘スタイルから、いかにこちらの装備の方が有用かを力説する。


 白の制帽。黒のネクタイをしたシャツの上に、奴の着物を利用して作られるであろう、白の制服。月色の装飾に、肩部付近のみを覆う、小さなマント。どれも間違いなく彼女に似合う。


 しかし、俺がこの装備を推す真の理由は、そこではない。俺がこの服を推す理由。それは━━━━


「秋月。こっちはスカートだ。ふりふりしたこっちの方が、絶対に可愛い。御月なら、絶対に似合う。御月の可愛さが、遺憾無く発揮されるのは間違いなくこちらだ」


「にゃっ!?」


「……何を言ってるのかしら?」


 俺の意見を聞き、突如として両手で机を叩いて、立ち上がった秋月が言う。沸点低、というリンのツッコミは、次ぐ秋月の言葉に掻き消えた。


「玄一。悪いけどね、貴方何も分かってないわ! なんんんんもおおおおおお分かってない!」


 彼女の人差し指が、ビシッと俺を指す。


「こっちのむちゃんこカッコイイ軍服の中から漏れ出る、御月の可愛さがいいんじゃないの! かっこかわいいのが一番よ! 御月はかっこかわいいが一番似合うんだから!」


 鬼気迫る表情の秋月。正直、お互いの意見がぶつかり合うのは、なんとなく事前に察していた。案を選別していく段階で、薄々感じていたのである。会話の中で遠回しに案を破棄するようお互い牽制していたものの、キープして離さなかった。


 しかし、譲れない! 


「違う秋月! 御月は素で可愛いんだ! そんな余計なものを大量につけて……! 満月を曇天に埋めるかのような愚行!」

「なあにゃなにゃなななな……!」

「玄一くんなんで詩的なの?」


 顔を真っ赤にしてよくわからない声を出す御月。至って冷静なリューリン。引き気味のノウルとテイラー。秋月と睨み合い、譲れないもののために戦う。


「衣服はあくまでも、御月を引き立たせるためにあるべきだ!」


「違うわよ......御月だからこそ、このめちゃんこどちゃくちゃカッコイイ服に負けないんじゃない。玄一。御月が可愛いのは同意見だけど、貴方趣味、出しすぎじゃない?」


「それは秋月ちゃんも同じじゃないかな......?」


 部屋の中。大論戦を繰り広げる俺たちを見て、大きくため息をついたノウルが、壁掛け時計をチラリと見た。







 秋月と、御月に似合う服について、ひたすら言葉をぶつけ合う。御月の顔、性格、ちょっと怪しい方向ではあるが、スタイル、ありとあらゆる方向から、戦いを続けた。所々で同意すべき意見はあるものの、結局議論は平行線で、合意に至らない。目をぐるぐるさせて、顔を真っ赤にし、あわわわと焦る御月に、リンがお冷を渡していた。



「玄一のバーカバーカ! 何も分かってないもーん!!」


「秋月の方こそ分かっていない!」



 お互い睨み合い、机の上にて対峙する。彼女とこんなに衝突したのは、初めてかもしれない。



「いくら玄一と言ってもね……御月のことでは譲れないわ!」


「それは俺も同じだ! 秋月!」



 秋月が、紅葉の霊力を広げる。それに対抗するように、翠色の霊力を展開して、風が資料を撒き散らした。びっくりしてキョトンとした顔をしている御月の、艶やかな黒髪が風に乗る。


「えっ」

「何してるんだか……」


 呆れ顔のリンとノウル。彼らを置いて、俺たちに割って入ろうと。


「や、やややや、やめろぉーーッ!」


 月色の霊力が月光となり、介入した。








 軍施設。兵員たちの訓練のため、レクリエーションのために建てられた、体育館。その中。


 蜘蛛の魔獣の糸を利用し、作られたネット。強固な皮膚を持つ、魔獣の素材から出来た特別なボールを手にして。


「えー、では、『御月ちゃんのお洋服案どっちが似合うのか排球対決』の審判を務めさせていただきます、梢です。よろしくお願い致します」



 彼女が笛を口につけて、試合開始の合図が近い。

 譲れない戦いが、始まる。


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