第百二十六話 鬼の二天隊(4)



 三週目。最終日。全ての総当たり戦を終え、小隊長たちを集合させた場所。他の兵員は、休ませている。


 大版。隊の名札を差し込めるよう、細工の施された順位表に、梢さんが木の板を差し込んでいく。彼女が一番上に差し込んだ木の板には、雛田小隊と記されている。


「やった! やったよ! 何が起きるか知らないけど、勝ったぁああああ!!!」


 二十一勝九敗。まさかの勝率七割。圧倒的な強さでこの総当たり戦を制した雛田小隊に、皆が拍手を送る。雛田小隊は終始士気が高く、情報を徹底的に収集し、勝つべくして勝ったと言えるだろう。信頼関係の構築に成功し、隊員たちが雛田を信じてその指揮についていったのもよかった。


 あとシンプルに、この若さで昇進するだけあって、雛田自身が強い。己を鼓舞する鬨の声が、何故かご飯の名前だけど。


 この順位表は、上位五部隊だけを示すようにして、それより下は見せないことにしている。


 ボコボコにやられた隊を晒すのはなんか気が引けるし、上手くいかなかった小隊長の悔しそうな顔を見れば、そのような行為も不要だろうと思う。自尊心を傷つけすぎるのは、少々良くない。悔しいという感情が、あいつのせいで、みたいなものになって、不仲になられても困る。


 俺の横に立つ伏木さんが号令をした。


「なお、上位五部隊には少ない額ではあるが、それぞれ賞金と、勲章を与える。おめでとう。また、最上位部隊である雛田隊は、大隊長が指揮する中隊に編成する」


「え゛っ」


 大きく両腕を上げて、大笑いしていた雛田が硬直する。


「……? なんだ?」


「い、いえ……光栄です」


 雛田はどうしたんだろう。まあ、いいか。大きく手を叩き、皆の注目を集める。


「俺たちはこれより明日、最後の週、四週目に突入するわけだが、ここで今、四週目の訓練の内容を発表したい」


 ごほん、と喉を鳴らした俺の動きに、隊長たちがビビり散らしている。伏木さんは苦笑し、梢さんはウキウキとしていた。


「対防人戦と、対魔獣戦だ」


 雛田の口が、あんぐりと開く。何を言っているんだろうという他の小隊長の顔つきが、特徴的だった。


「まだ具体的なことは言えないが、本当に対防人戦と、魔獣戦の訓練をする。後の空き時間で、みんなは作戦会議をしてきてくれ。あ、梢さんと伏木さんも今回は参加で。むしろ主導していいよ」


「それと、こっからは木刀とかじゃなくて、真剣で、行きます」


「えっ……えっ???????」


 横からスッと、梢さんが出てくる。


「流石にそれは危ないかもしれません。出撃する前に、離脱者が出るのも問題でしょう」


「うーん。じゃあ、刃が潰れてる模造刀で行こう。本気でぶん殴れば、殺せるけど」


「それなら問題ありません。それで行きましょう」


 小隊長たちの顔を見る。皆、随分と強くなった。しかしまだ足りない。この四週目で、俺の求める能力を会得できれば、さらに強くなれる。


「解散」










 うーん。残暑の日差しの中吹き飛ばされ、地面をゴロゴロ転がり回る。雛田小隊。泥まみれ。


「雛田ァ! お前んとこ、一番だろうが! なんとかしろ!」

「いや無理無理無理無理!!! ちょわ、こっちキタァぁああああ!!」


 黒の制服。澄んだ鉢金を頭につけ、長さの違う木刀を二本握った彼が、こっちにくる。


「馬鹿野郎! 錯乱するな! 死ぬぞ! 頑張れ! どうして戦わない!」


 迫り来るたいちょーが、応援しながら木刀を振るった。何で敵に応援されてるんだよ。何とか刀を差し込み、かろうじて防御する。あ、隣の隊の小隊長が吹っ飛んだ。つかこの一撃、重くね? 木刀じゃないでしょ。ひどいよ。


 あ、二本目来た。無理。ごぶえ。


 ドスっと地面に刀を落とし、崩れ落ちる。その様子を横から見ていた梢さんが、彼の隣に行った。


「八分か……情けない」


「いえ……あの……これは流石に……」


「ダメだ。俺がいない間に、みんなに死なれたら困る。出来るだけ、時間を稼げるようにならないと」


 この訓練の、事前ミーティング。


 彼曰く、特霊技能を持ち、防人と同等の実力を持つ人物━━それこそ血盟のような━━敵が現れた時に、対抗できる防人が到着するまで、何とか部隊を持たせてほしいらしい。そこで彼が敵として扮し、第八大隊と戦うという訓練を行っている。


 しかしながら、彼の期待に、私たちは応えれていない。しかし、ちょっとどうしようもない部分がある。それを考慮して、梢さんがおずおずと手を挙げた。


「あの……何というか、段々隊長の狩り方が上手くなってきているというか……一応対策は練ってるんですけど……」


「雛田ァ! この八分の内三分は、梢さんが稼いでくれたものなんだぞ! お前も頑張れ!」


「聞いてない……一生懸命でかわいい……」


 意味不明なやり取りを続ける二人を眺める。疲れすぎて、声出ないねん。ばかやろー。ばかとか言っちゃダメだけど。たいちょーに。部下だし。ちくしょー。






 三日後。


 これでも能力を縛っているという彼を相手に、何度も、全員で、全力で立ち向かう。石とか弓とか撃ちまくる、ちくちく攻撃作戦。全力で散開し、まとめて倒されないようにする作戦。毎回毎回、なんか能力変えてくる彼に、みんな驚いてた。何種類あんの? それ?


「だいぶ時間を稼げるようになってきたな。雛田」


「はぃ……たいちょー……」


 たいちょーは嬉しそうだけど、私たちはぜんぜん嬉しくない。やっぱり防人を相手に勝利を収めるというのは、絶望的だ。たいちょーに勝てるびじょんが、全然浮かばない。


 というか、御月ちゃん西部最強ってことはうちのたいちょーより強いってことだよね……すごいなぁ。あ、でも手加減してるのか。うちの隊長。二人とも私より年下なのに、防人っておかしい。


「これぐらいできれば今は十分だろう。この経験は、のちに活きる」


「じゃ、じゃあ、終わりなんですか? これ!?」


「? ああ。そうだぞ。次は、対魔獣戦だ」


 あ、忘れてた。対魔獣戦もやるの。防人はともかく、魔獣戦なんてどうやってやるんだろう? まさか、今から魔獣捕まえてきたりしないよね。この人。





 演習場。湖の近く。


 木の見張り台の上。高所に陣取り、皆の動きを俯瞰しながら準備を始める。体の霊力を回転させ、展開。無力を染め上げていく。



 腕に水輪を纏わせて、集中。無力を掌握し、湖と大気中から水を集め、巨大な水塊を宙に浮かべた。


 その様子を眺める、うちの隊の隊員たち。伏木さんと梢さんが、本当に出来るのかという感じで身構えていた。最前列にいる雛田は、呑気にきれーとか言いながら、口を開けている。


 頭の中にイメージするのは、分かりやすい形。分かりやすい能力をした、あの魔獣。俺が初めて撃破した魔獣である、戦略級魔獣”血浣熊“。


 水塊が、顔を、腕を、脚を、形作っていく。奴の形を模した水の魔獣は、ズシンと、大地に着陸した。出来るだけ、動きも寄せないといけないな。そう思って、奴に前傾姿勢を取らせる。


「全隊抜刀! 展開せよ!」

「散開し取り囲め!」


 状況を即座に理解し、俺がやらせたいことも察した梢さんと伏木さんが、部隊に号令をかける。遅れて事態を把握した各隊の隊長が、それぞれ動き出した。悪くない。


 水の爪牙が、彼らに向く。







 蒸し暑さの残る夏の終わり。水飛沫に輝く虹が、なんかめっちゃきれい。雛田小隊。びしょ濡れです。


「交代しろ! 私の隊が受け持つ!」


 後方から展開する梢さんの隊が、私たちに代わって前へ出る。私たちの前には今、彼の霊技能で出来たであろう、水の魔獣がいた。


 一戦目。”血浣熊“という魔獣を模した敵。二戦目。蛇っぽい、トカゲっぽい翼の生えた魔獣。三戦目。木の魔獣と━━どんどん形を変えて、戦わせられた。


 彼がその魔獣の動きを再現しようとしているのか、一体一体、いちいち動きが違う。血浣熊は後ろ足を軸足にした動きが目立ち、蛇の魔獣は空を飛んだ。


 攻撃を受けても、彼が手加減してくれているのか、あんまり痛くない。けれど、直撃を食らった人は、死亡判定、ということになって、その場から退くように言われた。


 高台の上。集中し目を閉じて、手を組む彼の姿を見る。もしかして、これは彼の訓練でもあるのかもしれない。


 第八大隊。全員が一度に展開し、偽りの魔獣との戦いを続ける。最初は一撃を貰い、死亡判定を受けて、撤退する兵員も多かった。しかし、段々と死亡率は下がり、魔獣を集団でいなすような、そんな戦いができている。


 幻想級上位以下の魔獣であれば、精強な部隊であれば耐えられるし、上手くいけば傷も負わせられると、彼が言っていた。みんな普通に気にしていなかったけど、要求する水準が、踏破群ぐらいなんじゃないかな?


 最初は恐れ慄き騒いでいた兵員たちも、もうここまで来たらあまり驚いていない。水の魔獣に対する反応も、訓練の最初のころに比べたら、薄かった気がする。みんな、これが魔獣戦に活きれば、とポジティブだった。うちの隊長の異常なまでのストイックさが、みんなにも移ってる気がする。


 一定時間交戦を続けた後、水の魔獣が形を失い、地に落ちた。








 訓練の終わり。最終日。

 涼やかな風が吹き、それが完全な夏の終わりを告げている。しつこく残っていた夏の残骸が、静けさに包まれていた。


 隊員の皆が、やっと終わったと喜ぶわけでもなく、達成感を覚えているわけでもなく、ただただ、ああ、終わったんだな、という儚い感覚を抱いているように見える。


 この一ヶ月間。徹底的に彼らを鍛え上げた。無論、限界はある。踏破群に入隊できるようなエリートが配属されていたわけではない。皆、異動になったものを除いて、一般的な西の新兵だ。


 精鋭を集めた、強き隊となったわけではない。しかしながら、これは間違いなく、となった。俺の戦闘思想を受け継ぎ、最も強いと思う技能を会得して、俺に合わせるための、俺のための部隊。


「我々は明日明後日、休養を取り、その後、月砦配属となる。家族や友人に、挨拶を済ませておいてくれ。しばらく出向だ」


「皆、この一ヶ月の訓練、本当によくやってくれた。では、解散」


 応えた声は、疲れから少し弱々しい。しかしながら、自信と威厳に満ちていた。










 落ちる木の葉。私の愛刀に乱反射した陽光が、それを照らす。


 西部戦線。月砦より出撃した西部第八大隊は、魔物の領域に侵攻し、遊撃戦を展開しようと、散開。魔物の群れに各方向から攻撃を仕掛け、奴らを錯乱させようとした。おちょくるように、何度も何度も攻撃して、こちらに意識が向いた時、退避する。


「霊信号が来た! 雛田小隊、このまま西進! 戦域を広げ、索敵! 魔獣を見つけ出せ!」


 新兵の子達にとっては、初陣となるこの戦。全体の指揮の補助として、経験豊富な元特務隊の二人がついてくれているから、問題はない。けれど、いつ何が起こるか分からない。

 前方を行く私の隊の新兵が今、冷静に魔物を斬り捨てた。汗ばんで緊張しているようだけど、落ち着いている。


 その時。最前列を進んでいた、私も信頼する経験豊富な男性兵が、新兵を庇いながら突如として後退した。彼が飛来してきた、棘のような何かを斬り捨てる。


「雛田ァ! 戦略級魔獣が出てきた! 霊信号!」


「分かった! 雛田隊、全周囲に散開! 時間を稼げ!」


 指示を出すのと同時に、自分にできる最も強い霊力の波を、霊信号の符号の下発露する。これが、私たちのやり方。敵を見つけ出し、各地で夢中になりすぎない程度に交戦して、主力が出てきた時━━━━



 彼に知らせて、一気に獲る。



 新兵の子が、ひいと呻き声を漏らした。敵の魔力の圧は、私たちが出せる霊力を、はるかに上回っている。


 目の前にいるのは、球体の体を紫色の棘で覆った、ウニのような見た目をした魔獣。うねうねと高速で動く棘が足となり、それを駆使してこちらに向かってきている。あまりにも、不気味。


 蠢いていた棘が止まる。奴が先ほどやったように、棘を射出しようとした。


「退避!」


 全周囲に向け射出されたそれを、木の陰に隠れ、刀で弾き、伏せて、それぞれ回避する。回避し損ねた新兵の子の元に、一本の棘が行った。世界が静止したように、その姿が目に入る。


 守らなくちゃ。


 跳躍。刀の柄の頭を持ち、最大限に伸ばして、刀を差し込み棘を切り裂く。ギリギリなんとか助けられた。しかし、あの魔獣は木陰から飛び出た私を、次の標的と定めている。しかし、想定ではもうすぐに━━━━!




 秋風の突風が、森を突き抜ける。


 刀を構える凛とした音色と、揺らめく炎の輝きが、視界に映った。



「よく守った! 雛田!」


「たいちょぉおおおお!!!!」



 魔獣の元へ、一直線。宙を突き進み、二刀を右に構えた彼が、空を飛ぶまま、一閃。鋭い太刀風が吹く。翠色の霊力が、烈風となり落ち葉を吹き飛ばした。



 ウニの魔獣の体が、真っ二つ別れる。その隙間から、奴のどす黒い内臓が漏れ出て、なんかばっちい。



 彼が翠色の霊力を広げ、皆に撤退命令を送る。戦略級魔獣を撃破し、魔物もかなりの数を討ち取ったはず。もう十分だと、判断したのだろう。


「月砦に撤退するぞ。雛田。殿を俺とお前らで務める。ついてこい」


「了解!」


 西部第八大隊。通称、二天隊。新兵の子が、キラキラと輝く目で、たいちょーの背を見つめていた。これからきっと、何回も、こんな戦を経験していくのだろう。


 新兵だろうが、最年少の防人だろうが、老練なる兵だろうが、関係ない。私たちは、二天隊。


 私たちは、西を往く。





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